第23話 7月16日(火)
学校の休校期間は、さらに一週間延期になった。
校内での自殺事件は流石に隠し切れないだろうし、おそらくこれから、生徒が六人自殺した事も明らかになっていくだろう。
おそらく来年の入学志願者はごっそり減るだろう。私立でないのが幸いかもしれないが、数年の後に名前は変更になるかもしれない。まあそうなっても仕方がない程の大事件だったのだ。
「結局、瑠々島璃流華の動機は、復讐だったらしい」
いつもの喫茶店で、斑鳩さんはそう言った。ある程度の事情聴取が終わり、火曜日、僕と陽香は斑鳩さんから事件の説明を聞くために喫茶店に来ていた。
「二年前のいじめ事件、その被害者である巻波萌花と瑠々島璃流華は親友だった。しかし巻波萌花は転校して、転校先で自殺した。そのことを知った瑠々島璃流華は、実行犯である水無月巫女と加佐見華を強く恨んだ」
あの後、瑠々島さんは死亡が確認された。即死だったらしい。
屋上から飛び降りたらしいが、飛び降りたとみられる場所に靴と遺書がある以外は、普通だった。
人が飛び降りていて普通もないが、しかし今までの凄惨で悪趣味な遺体の状況からすれば、十二分に普通と言っても差し支えはないだろう。
屋上で発見された遺書に関しては、斑鳩さんに渡した。というより、現場に来た斑鳩さんが回収した。さすがに遺留品を触る事は憚れた。
「もっとも、最近までその二人が実行犯である事は知らなかったらしい。高峰晶紀が事件を隠蔽していたからね。実行犯の二人とは別に、高峰晶紀もその二人を庇ったのさ。彼女は大人に対して媚を売っていた、隠蔽も容易かったのだろう。勿論それだけでは隠蔽もできないだろうが、そこはなんというか、運がよかったのだろうね。兎に角事件は隠蔽され、それを知った瑠々島璃流華はその三人を強く恨んだ。水無月巫女、加佐見華、そして高峰晶紀をね」
今斑鳩さんは、その遺書の内容を整理して僕たちに教えてくれている。遺書の内容は一度精査され、事実確認をされたらしい。つまり僕たちが聞いている内容は、間違いなく真実だろう。正直言って、あまり素晴らしいものではないが。
「隠蔽された情報をなぜ知ったのかは定かではないが、とにかく彼女はそこでその三人に強い殺意を持つ、そしてその頃、彼女はある超能力に目覚める。それは洗脳といってもいいし、あるいは呪いといってもいいかもしれない」
僕も陽香も、斑鳩さんの話を黙って聞いていた。
外は雨がひどくで、うっかりすると聞き逃してしまいそうになる。雨の音がひどいのもあるが、斑鳩さんの声が小さいのもあるだろう。
それは周りに気を遣っているのだろうし、あるいは気持ちの問題なのかもしれない。誰のとは言わないが。
「彼女の超能力は、心の中で強く願った事を叶える超能力だったらしい。本人の書いた遺書に書いてあるからそうらしいというだけで、確たる証拠はないのだがね。それに詳細も不明だ。おそらくは洗脳や憑依の類だと思われる。そして彼女はその超能力で三人を殺す事を決意するが、そこで登場するのが例の文芸部長の書いた小説だ」
斑鳩さんは、頼んだグレープフルーツジュースを飲みながら、重々しく話している。その表情は、事件の解決を喜んでいる様にはとても見えなかった。
「彼の書いた小説を見て、彼女は思いつく。この小説のように事件を起こせば、巻波萌花がよみがえるんじゃないかってね。……………………はっきり言って狂人の発想だ。おそらく彼女は、その時錯乱していたのだろう。ふつうの神経では考え付くまい。勿論三人を殺したところで、巻波萌花が帰ってくるわけじゃない。しかし超能力を知ってしまい、そんな奇跡もありえるんじゃないかと彼女は勘違いしたのさ。そして彼女は、儀式的な殺人事件を起こすことにした」
斑鳩さんの話す内容は、僕たちが推理した事と一致している部分も多かった。しかし内面、つまり動機の部分に関しては、まったく予想もできないような心理だった。
「正直に言ってしまうと、輿水凛と真純陽香が死んだのは、ただの数合わせらしい。儀式を起こす人数である、五人。この人数にするために適当に選んだとの事だ。しかし良心の呵責により自殺を決意。最後に自殺することで、巻波萌花が生き返る事を願う、そう書いてあったよ」
数合わせ。僕の推理は当たっていて、そして当たっていた事に複雑だった。
つまりはやはり、輿水と陽香の死に理由がないという事で。
「…………以上で、遺書の内容は終了だ。そしてこの事件も終わった。そう考えてもいいだろう」
斑鳩さんはそう言って、瑠々島璃流華の遺書を締めくくった。
「……………………」
「何か言いたげだね、まあ仕方がないよ。こんな終わり方では、涼汰だってすっきりはしないだろう」
「…………ええ、まあ」
正直言って、凄くもやもやしているというのが正直な感想だ。それはなんというか、憎むべき犯人が自殺してしまい、怒りの矛先を向ける相手を見失ったというのもある。しかし今僕の心を支配しているのは、別の理由である。
「なんというか、納得できないんですよね」
「納得? 瑠々島君の残した遺書にか?」
「ええ。なんで瑠々島さんは、陽香を殺したのかなって思って」
「…………理由はない。それが彼女が遺書で残した言葉だ。つらいだろうが、それが事実なんだ」
「いえ、そうじゃなくって、むしろ殺せない理由の方が強いんじゃないかなって」
瑠々島さんは、陽香の死について思い悩んでいた。じゃなきゃ僕に、あんな風につめよったりしないだろう。
僕には、文芸部を訪れたあの日に、瑠々島さんが言った言葉と涙に嘘はないと、そう思いたかった。
「それに、死んだ人間もなんだか足りないなって」
「足りないかい? 小説通りでは、確かに猟奇的な死を遂げたのは五人だったはずだが」
「十人ですよね?」
あの小説では、最初に猟奇的に死んだのが五人、そして仲間割れで死んだのが二人、そして一人が行方不明で、一人が自殺して、最後の一人が呪いで死んだ。計十人が死んだ事になる。
「仮に仲間割れとか最後の自殺を除いても、死んだのは七人です。五人じゃない」
「…………それは、良心の呵責というやつではないかね? それに五人殺した時点で、もう大まかなターゲットである水無月君、高峰君、加佐見君を殺しているんだ。これ以上殺す必要もないんじゃないかと判断したんじゃないかな」
「そしたら、その三人を最初に殺すんじゃないですか?」
そもそも、いくら小説通りの見立て殺人を行うという理由があったとしても、殺したい三人を差し置いて、関係ない二人を殺そうとするのは不可解だ。まず最初に、三人を殺すだろうに。
小説の内容を再現したいのなら、しっかり七人、もしくは十人を殺すべきだ。あるいはただただ殺したい人間がいるのなら、さっさとターゲットの三人を殺すべきだ。
正直に言うと、この事件で瑠々島さんのやりたかった事が見えてこない。なんというか、瑠々島さんの思考が読めないのだ。
あるいは、心が見えないと言うべきか。心なんて、ないのかもしれないけど。
「……………………涼汰。納得いかないのはわかるが、これ以上考えない方がいい」
「でも―――――――」
「君はもう、日常に戻りなさい」
そういって斑鳩さんは席を立つ。そして何も言わないまま僕の横に立ち、そのまま僕を抱きしめる。
「「――――え?」」
宙を浮いている陽香が、唖然とした顔で僕の方を見ているのが分かった。
そんな陽香以上に困惑しているのが僕だ。突然の事に対し、動揺する余裕もなく固まってします。
子供みたいな体形の斑鳩さんでも、女性が近づけば勿論ドキドキするのが男子高校生というものだ。柑橘系の香水の匂いと、女性の体の柔らかさに、心臓がバクバクなっている。
「い、斑鳩さん? 何を――――――」
「もういいんだ、涼汰。君は今回の事件で深く傷ついた。もういいんだ。もう事件の事を忘れてもいいんだ。君は明日から普通に学校に行って、普通に友達と過ごすべきなんだ。今がどんなにつらくても、それでも君は自分の明日、あるいは未来について考えるべきなんだ」
「そんな―――――」
忘れてしまうなんて、そんなことはできない。輿水や陽香が死んだのに、そして多くの人が死んだのに。
僕だけが事件の事を何もかも忘れて、のうのうと暮らすだなんて―――――――。
「いつまでもそうやって苦しんでいては、輿水君や真純君が悲しむだけだろう」
「あ…………」
陽香が悲しむ。
僕はそう言われて、とっさに陽香の方を見る。陽香は僕の前で、悲しそうな眼をしていた。それでも陽香は、微笑んで僕の事を真っすぐ見ていた。
「もういいのです、りょーたん」
陽香は僕に優しく語り掛ける。
「もういいのです。私はりょーたんに、こんなに必死になってもらって嬉しいのです。だからりょーたんがこれ以上、苦しんだり悲しむ必要なんてないのです。私はりょーたんには、いつも笑顔でいてほしいのです」
そういって陽香は、斑鳩さんのいる側とは反対側に近づき、斑鳩さんと一緒に僕の事を抱きしめる。
「それが、私の好きなりょーたんだから」
その言葉は僕の心を震わして、いつの間にか僕の眼からは涙があふれていた。
「…………すみません、なんだか涙が――――――」
「いいんだよ、涼汰。好きなだけ泣くといい」
「今は泣くべきです、りょーたん」
二人に抱きしめられて僕は、思いっきり涙を流す。それはあの日陽香の遺体を見つけてから、初めて流す涙だった。
そして僕は、このおぞましく凄惨で、そして悲しいだけの事件が、ようやく終わったんだと感じる事ができた。
こうして。
連続自殺事件の容疑者である、瑠々島璃流華は死亡した。
そして数日後、斑鳩藍の自殺した死体が発見され、今回の事件はようやく幕を下ろしたのだった。
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