第5の事件
第20話 7月13日(土)
7月12日、加佐見華が自宅の風呂場にて死亡しているのを、母親が発見した。死亡推定時刻は当日深夜三時頃。家族が寝静まったころに自殺したと考えられる。
死因は溺死。というよりは窒息死だろうか。少なくともおぼれた訳ではないが、しかし単純な溺死とも言えない。
風呂場で溺死なら、風呂の大きさ如何によっては不可能ではないが、しかし死体発見時風呂に水は張っていなかった。ではどうやって死んだのかというと、風呂桶だった。風呂桶に張った少しの水で、彼女は自殺したらしい。
自宅には鍵がかかっていたし、被害者が大声を出せばすぐに気づかれる。よって被害者は、無言のまま静かに風呂桶に顔を入れ、窒息死したと考えられる。
――――――――というのが、僕が烏丸さんから聞いた話である。今回の事件に関して、斑鳩さんは情報を人づてに伝えた。
「そもそも、この情報は俺が手に入れたものだから、今までが人づてだったんだけどね。だから、これが正しい形なんだろう」
烏丸さんはそう言っていたけれど、しかし斑鳩さんが直接話をするべきだと、僕は思う。
そんな文句を言うために、僕は斑鳩さんをいつもの喫茶店に呼び出した。勿論、それだけが理由ではないけれど。
もう五人死んでしまった。このままでは犠牲者はさらに増えるだろう。そんなとき、こうして喧嘩しているのは流石にまずいだろうとおもったのだ。
とは言っても、僕がいたからといって捜査が進むわけではない。しょせん僕はただの高校生だし、結局高校へ潜入するのに必要だったってだけだ。
だからこそ、僕は斑鳩さんと仲直りをして、捜査に加わる必要があった。僕が一般人だからこそ、僕のいない間に事件が解決するとまずいのだ。なぜなら、犯人を教えてもらえない可能性がある。
陽香と輿水を亡くした僕だからこそ、二人を殺したヤツを知らなくてはいけない、そう思ったのだ。
…………勿論、斑鳩さんと単純に仲直りがしたいという理由もある。
「やあこんにちは、賀上君。久方ぶりだね」
待ち合わせの時間になり、僕が喫茶店に入ったときには、すでに斑鳩さんは中で待っていた。
「さて、まずは謝らせてもらおう。この間は本当にすまなかった。君の気持ちをないがしろにしてしまった。本当に、私はなんて愚かな人間なのだろう、悔やんでも悔やみきれないよ」
「…………そんな、気にしないでくださいよ。僕もついかっとなってしまって、大人げなかったですし」
「君は十分に大人だよ。少なくとも私よりはずっとね」
その言葉は偶然なのか、烏丸さんの言っていた事と一緒だった。
「…………烏丸さんから、斑鳩さんの過去を聞きました」
席についた斑鳩さんは、メロンジュースを頼む。本当にこの人は、頼むものが子供だと思う。
「…………あの事件の事だろう?」
「ええ、大まかですが」
その口ぶりからすると、烏丸さんが話をしたという事を、本人の口からきいたのだろう。
「あの事件があったからと言って、私の性格が許されるという話でもないがね」
「でも、大体の事情は分かりました。すみません、斑鳩さんの事を自称探偵なんて言ってバカにして」
「…………まあ馬鹿にしていたのは知っているから別にいいんだが」
斑鳩さんは、そこでため息をついてから、天井を見上げた。
「……………………私は、事件を追う人間として、やってはいけない事をしたんだ」
「……………………」
「個人的な感情を、疑いたくないという感情を優先して、本当に大事なものから眼をそらしてしまったんだ。結局市民の犠牲を出してしまった。これは、私の罪なんだよ。一生償い切れないね」
「そんなことはないですよ」
「えっ」
僕は思わず声に出してしまう。でも、そう言わなくてはいけないと思ったんだ。
確かに、斑鳩さんは間違えてしまっただろう。しかしそれを、罪だなんて思いたくないし、思ってほしくなかった。
「人を信じる事が、人の気持ちを大事にすることが、いけない事な訳ないじゃないですか」
「でも、私は――――」
「だってそんなの、悲しすぎるじゃないですか」
いつまでも自分を責めて、心を殺して探偵になりきって。そんなの、悲しすぎるじゃないか。
「斑鳩さんのやったことは、間違いだったかもしれないですけど、人を信じた斑鳩さんは間違ってはないですよ。それは、僕が保障します。絶対、間違いなんかじゃないです」
「あ…………」
斑鳩さんは、今まで逸らしていた眼を僕の方に向けて、そして涙を浮かべた。
「え、斑鳩さん!?」
「ああ、すまない。少し涙が……………………」
そう言って、斑鳩さんはポケットから、可愛らしいハンカチを取り出して涙を拭いた。斑鳩さんの顔が少しほころんでいる様にみえるのは気のせいだろうか。
「ありがとう、賀上君。その言葉で、救われた気がするよ」
「そんな、事情を深く知らないのに知ったような感じで…………」
「それでも、初めてだったんだ」
罪を、赦してもらったように思えたのは。
斑鳩さんはそう続けた。
「なあ賀上君、一つお願いがあるのだけれど、聞いてくれるかい?」
「は、はい。僕にできる事ならなんでも」
「あつかましいかもしれないけどさ」
斑鳩さんは、顔を赤くして照れたように、こういった。
「私と友達になってくれないかな?」
その言葉は。
いつものような芝居かかった声ではなく、斑鳩藍という一人の女性としての、言葉だった。
そんな風にお願いされて、断る人間はいないだろう。
「勿論、喜んで」
僕がそう返すと、斑鳩さんは一杯の笑顔で答えた。その笑顔もまた、とても可愛らしい笑顔だった。
「うれしい!」
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