第19話 7月11日(木)



 翌日、僕は学校にも行かずにぶらぶらしていた。

 …………もちろん、学校をさぼっている訳ではない。サボりたい気持ちはかなりあるし、今日学校があったら間違いなく行ってないだろうけど、そもそも学校は休校だ。生徒会長である高峰先輩が死んでから、学校は今まで休校である。そろそろ期末テストだってあるだろうに休校になって、これからどうするんだと思ったが、どうやら夏休みを一週間短くするらしい。

 とにかく、そんなわけで学校はなく、しかし連続自殺事件の調査をしたい僕は、あてもなく町をぶらぶらいしているという訳である。

 ただ歩き回っているだけで、ろくな成果は上げられないだろうが、しかし今できる事はそのくらいだと思う。

 斑鳩さんとは、連絡を取っていない。

 僕から連絡を取る事もできるが、しかし昨日の今日で厚顔無恥に連絡を取るのは、さすがに憚れた。そしてその心理は、向こうも一緒なのだろう、お互いに連絡を取ることはない。

 斑鳩さんも何か進展があれば連絡するはずなので、その連絡を待ちつつ待機といった具合だった。


「ちょっと、いいかい?」


 そんなわけで相も変わらず調査という名目の散歩をしていると、突然背後から声をかけられた。

 メインストリートからは奥まった場所にあるので、相手の顔が見えなくても、僕に話しかけたのだと分かった。


「はい?」


 どうせ何かのキャッチセールスだと思って後ろを振り返ると、相手は僕の知っている人だった。とは言っても、知り合いとは言い難いのだが。


「あ、あなたは…………」

「大分久しぶりだね。真純さんの事件の、取り調べ以来かな」


 そういってその人は、胸ポケットから手帳を取り出す。その手帳を見たのは、人生で二回目だった。


「警察の、烏丸からすま興覇こうはだ。ちょっと話したい事があるんだけど、いいかい?」


 暇でぶらぶらしていた人間に、断る権利などなかった。

 そして僕は、いつもの喫茶店につれてかれる。斑鳩さんと話をしたときにも来た場所だ。なんだろうか、ここは警察御用達なのだろうか。


「それで、なんの用なんですか?」


 僕はいつも通りコーヒーを頼んで、さっそく本題に入る。烏丸さんは、年齢が三十代くらいに見える。喫茶店の雰囲気にとてもマッチしている、ちゃんとした大人という風貌の人だと思った。


「陽香……真純陽香の事件は、自殺ってことになっているんじゃなかったんですか」

「はっは、その事件が自殺ではないのは、君だって知っているだろう」


 俺は、斑鳩から話を聞いているんだよ、烏丸さんはそう言った。


「斑鳩の所属している捜査五課は、警察内部でも特殊だからね。当然事情を知っている人間は、上層部と一部の人間に限られる。俺はその、限られた人間の内の一人なのさ」

「はぁ。じゃああなたも、超能力者なんですか」

「はっは、むしろ俺は、超能力なんて嫌いなタチでね。むしろ無くてほっとしているくらいさ。俺は協力者なのさ。警察が一般の方法で捜査した内容を、斑鳩達に伝える役目だ」


 斑鳩さんがいつも教えてくれる事件の詳細は、この烏丸さん経由の情報だったのか。初めて聞いた情報に驚きつつも、僕は納得してしまう。そうでなくては、あの人にそこまで調査することは不可能だろう。


「今日は、そう大した用事じゃないんだ。ただ、斑鳩の助手とやらを、ちょっと一目見ようとね」

「助手って、僕はそんな存在ではないんですけど」

「しかし、斑鳩は喜々として言っていたよ。信用できる助手ができたと」

「そうなんですか」


 口調こそぶっきらぼうになってしまったが、しかし内心は少し照れていた。なんであれ、信頼できると言ってもらえるのはうれしいものだ。


「最初は、君が怪しいと思っていたらしいけど。…………おっと、これは余計な情報か」

「そうなんですか」


 今度は、ぶっきらぼうな口調通りの内心だった。そうか、あの人、普通に僕の事を怪しんでいたのか…………。


「それと、もう一つ話したい事があってね。君、斑鳩と喧嘩したろう」

「…………僕はともかく、斑鳩さんは大人なんですし、喧嘩という形容はそぐわないとおもうんですけど」

「いいんだよ、喧嘩で。あいつは子供だから。むしろ君の方が、大人びて見えるくらいだ」

「はあ」


 まああの人、見た目中学生だしな。内面も、あまり大人って感じはないことは確かだし。


「昨日たまたま会ったとき、斑鳩に相談されたんだよ。心無い事を言ってしまったから、何とかして謝りたいけど、どう謝ればいいのかわからないってね」


 その相談内容は、なんというか中学生そのものって感じだった。親と喧嘩した事を友達に相談しているみたいな。


「あいつ、君に無神経な発言をしたんだろ? 話しを聞いたら、どう考えても斑鳩が悪いからね、アイツに代わって謝りにきたんだ」

「…………まるで保護者みたいですね」

「まあ、知らない仲ではないからね。俺が東京にいたとき、よく世話を焼いたのさ」

「そうですか」


 はっきりいって、あの人の世話をするのは大変だろうに。少しだけ、烏丸さんに同情してしまう。


「そうは言っても、あいつも昔はあんな感じじゃなかったんだよ。とある事件があってね、それ以来、あんな痛い探偵の真似事を始めたのさ」

「そうなんですか? 意外ですね」

「今日君に会いに来たのは、その話をするためっていうのも大きいのさ。あんまり誤解してほしくないからね」

「誤解…………」

「理由があるのさ。アイツが探偵を装うのも、人の気持ちに鈍感なのも」


 そして烏丸さんは、斑鳩さんの過去を話す。それは、まさしく斑鳩さんの罪だった。


「昔の話さ。あいつはある事件を追っていた。連続殺人事件でね、報道はされなかったが、かなり大きい事件だった。最終的には七人が死んだ」

「七人ですか…………殺人事件だと、そんなに被害者がでるのはかなり大きい事件ですね」

「普通ではまずありえない事件だからね。勿論その事件は、普通ではないんだけど」

「超能力ですか」

「そう、超能力者による犯罪だ」


 斑鳩さんが捜査するという事は、すなわち超能力事件だ。その上で、七人という数字は奇妙な縁を感じる。

 そう確か、例の小説で呪いによって死んだ人間が、七人だったはずだ。五人が猟奇的な死を遂げ、そして行方不明の人と主人公。最終的には十人死んだが、二人は仲間内で殺し合い一人はただの自殺なので、呪いで死んだ人間は七人で間違いないはず。


「人が次々と殺されていくのと同様に、捜査も進んでいってね。五人殺された時点である一人の人間が捜査線上に上がった。名前は伏せるけど、犯人はほぼそいつで間違いない状況だった」

「え、でも…………」


 犯人がそこで捕まったのなら、被害者が七人なのはおかしいではないか。


「しかしその容疑者は、斑鳩の親友でね。斑鳩は悩んでしまったんだよ。自分の超能力は間違いなく、そいつが犯人だと言っている。しかし自分の親友は、そんな事をしないと信じている。超能力か、信頼か。その二者択一を迫られたのさ。君ならどうする?」

「え?」

「同じような状況に自分がなったら、だよ。自分の友達が犯人かもしれないけど、信じたいってときさ」


 その問に、僕は考え込む。その間、僕の頼んだコーヒーと、烏丸さんの頼んだ紅茶が来たけど、僕はそれに口をつけずに考える。自分の能力と、友達への信頼。客観的に考えれば、自分の能力を信じた方がいいのかもしれない。でも、自分が同じ選択を迫られたとき、果たして友達を疑えるのだろうか。


「…………友達を疑った方がいいと思います。でも、同じ状況に自分が立たされた時、たぶん僕は疑う事が出来ないと思います」

「はっは、中々に正しいというか、普通の人としては模範的な回答と言えるね。勿論俺たちみたいな警察からすれば、友達を疑うのが模範的だが」

「…………烏丸さんも、やっぱり友達を疑うんですか」

「いや、俺は信頼を選ぶ。とは言っても、君とは理由が少し違うがね」


 そう言って、烏丸さんは紅茶を口へ運ぶ。そして少しも飲まずにカップを離す。…………何がしたかったのだろう。僕がそんな風に思っていると。


「…………猫舌なんだ」


 と、照れくさそうにいった。


「ごほん、とにかくだ。僕は超能力を信用していないからね。不確かな超能力より、自分が信じた方を信じるのさ。俗にいう、刑事の勘ってやつだよ」

「なるほど、自分の信頼を重んじるんですね」

「ああ、それもまた大事な事だからね。でも斑鳩は違った」

「じゃあ、超能力を信じたんですか」

「いや、違うよ。あいつは友達を、友達だからって理由で選んだんだよ」

「?」


 結局友達を選んだのなら、それは僕と、あるいは烏丸さんと変わらないはずだけど。


「ちょっと違う。俺は友達を、本当に信用しなければ選んだりしないさ。もし少しでも、疑う余地があるならば、俺は刑事として全力で捜査する。でも斑鳩は、本当の意味で信用した訳じゃなかった。友達だから、疑いたくなかったんだよ」

「……………………」

「君と一緒だよ。疑うべきと思いながらも疑えなかった。それは普通の人間なら正しいが、しかし刑事としては不適切だったのさ」


 そこで烏丸さんは、目を伏せる。おそらく、この話の続きをしたくないのだろう。でもここまでくれば、僕にもその話の落ちが分かってしまう。


「結局犯人はその友達で、斑鳩は犯人を逃してしまう。そして犯人は、続けて二人殺して、そこでようやく捕まったのさ」


 そこまで話し終えると、烏丸さんは紅茶を散々冷ましてから少しだけのんだ。


「それがあいつの、探偵を装った理由だよ」

「はあ。…………でもどうしてです?」

「ん、何だい?」

「どうして、斑鳩さんは探偵を自称するんですか。確かにその話は、衝撃的な話でしたけど、だからと言って探偵云々とは話がつながらないというか…………」


 その事件で、人間不信になったのならわかるが、しかし探偵というのはよくわからない。なんで斑鳩さんは、探偵を目指したのだろう。


「探偵ってやつはいつでも冷静で、たとえ真実がどんなに残酷でも、それに耐えられる。斑鳩はそう考えたのさ。たとえ友達が犯人でも、決して迷わないとね」


 僕の知っている探偵は漫画の世界の探偵なので、推理小説の探偵には詳しくはない。しかし僕でも知っている探偵たちは、たしかに友達が犯人でも、最終的には推理して真相を暴いている。


「あいつはそうやって、感情を押し殺したのさ。もう二度と、間違わないようにね。だからあいつは、人の気持ちをわかろうとしなくなったのさ」

「…………でも、それじゃあつらいだけなんじゃ」

「つらい道を選んだんだよ、だからね。それがあいつにとっての、罪滅ぼしなのさ」

「……………………」


 罪。

 それはつまり、斑鳩さんは友達を信じるべきじゃなかったってことなのか。でも僕はそう思いたくない。たとえそれが間違った選択だとしても、後悔するべきじゃないだろう。


「話はそれで終わりだ。時間取らせてもらって悪かったね。その話だけしておきたかったのさ」


 そう言って、烏丸さんは紅茶を一気に全部飲み込んで、席を立つ。伝票を持っているので、もう店を出るつもりだろう。


「話を聞いてもらった礼だよ。これで何か追加注文してくれ。これだけしか置けないが」


 烏丸さんは、財布から千円を取り出してテーブルに置く。


「いや、僕もこれで出るので、大丈夫です。お気遣いなく」

「おや、そうかい? じゃあこの千円は戻すけど」

「あの、最後に聞きたい事があるんですけど」

「ん? 何かい?」

「その、斑鳩さんが捕まえた犯人って、どうして殺人なんてしたんですか?」


 その話は、もしかしたら事件の参考になったかもしれない。僕はそう思って聞いてみた。


「ああ、その事かい。動機は単純でね」



「超能力を、使いたくなったらしい。つまりは、そんな大した動機なんてなかったのさ」



 それはなんというか。

 どうしようもない程にやるせない話だった。




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