第18話 7月10日(水)



 気が付くと僕は、家の近くの公園に来ていた。

 かつて陽香と輿水の三人で遊んでいた公園であり、そして僕が幽霊の陽香と出会った場所でもあった。

 

「……………………」


 僕は、陽香と出会ったあの滑り台の上で、膝を抱いて丸くなっていた。涙はもう枯れて、ただむなしい気持ちだけを抱いていた。


「陽香……………………」


 小学六年生のあの日。

 陽香は女子トイレでいじめられていた。僕はその時、委員会の用事でどうしてもしなくちゃいけない仕事があったのだ。だから陽香の事を守れなかった。

 陽香は、輿水に相談をしていたらしい。いじめの被害についてだ。しかし先生に相談しても先生は聞く耳を持たず、結局あの日、あの事件が起きるまで何もしてくれなかったらしい。

 そしてあの日。陽香はカッターを取り出した。当然、いじめっ子たちも何か不穏な雰囲気を感じたのだろう。リーダー格の少女以外は逃げ出したらしい。リーダー格の少女は逃げ出さなかった。陽香が、本当に刺すとは思わなかったのだろう。

 そして陽香は、カッターでその少女を刺した。一回だけ刺して、その後は怖くなって逃げ出したらしい。

 しかしカッターは、陽香の想像していたよりも重傷を引き起こした。結局その少女は一週間程入院した。

 この件でようやくいじめ事件は明るみとなり、僕もこの時、いじめ事件の事を知った。

 結局陽香は、卒業を間近にして学校にこなくなり、そして私立の中学校に進学した。輿水と僕は、その件もあり気まずくなり、そして仲は疎遠になってしまった。高校に進学して、元気になった陽香と出会うまでは。

 実際、高校で陽香と出会わなければ、僕たちは一生引きずったままだったろう。あの日の出来事を、つらい記憶として蓋をしてしまったかもしれない。陽香との楽しい思い出ともに。


「……………………」


 認めたくなかった。

 あの日のあの出来事を、陽香の罪としてしまうのが。そして、それが理由で死んでしまった事も。


「陽香は何も悪くないだろうが……………。死ぬ理由になんて、なるはずないだろうが…………」


 ―――――りょーたんは、私を嫌いにならないよね?

 ―――――りょーたんだけは、私の事をずっと見ててね。


 あの出来事のあと、僕は陽香にそう言われた。小学校卒業間近に、この公園に呼ばれたのだ。

 傷ついて、苦しんだのだろう、あの時の、泣きそうな陽香の顔を僕はよく覚えている。

 その真剣な、悲痛な叫びに、僕は何と答えたのだろう。何を、あの時の陽香に言ったのだろう。


「何しているんですかりょーたん?」

「うわっ!!」


 ずっとうずくまっていたからだろう。僕は後ろにいた陽香に気づかなかった。


「よ、陽香! いつの間に…………」

「家にいるのも暇だったので、りょーたんの部屋に遊びにいってたのです。でもりょーたんいないから、どこ行ったのかなーって思って」

「ああ、そういう事…………」


 僕は、陽香にあまり顔を向けずに話し続ける。赤くなった眼を、陽香に見せたくないと思ったからだ。

 しかし陽香は、そんな僕の思惑を把握しているかのように、僕の眼の前に飛んでくる。


「何かあったんですか」


 陽香の、綺麗な眼を目前にして、僕は思わず視線をしたに向けてしまう。


「…………なんでもないさ。陽香の心配する事じゃ…………」

「嘘です。斑鳩さんじゃなくても、分かるです」


 陽香は、僕の顔をしたから覗き込む。そしてそのまま、僕の肩を抱く。


「言いたくないなら、言わなくてもいいのです。こうやってぎゅっとしてるので、ゆっくりなくのです」


 幽霊のはずの陽香の体は、とても暖かく。

 その温かさが、なんだかとてもうれしかった。


「う、うぅぅぅぅぅ」


 気が付くと僕は、またしても涙を流していた。今日だけで、どれだけ泣いたかわからない。でも、こうやって泣いてしまうのはこれで最後になるだろう。そんな風に思ってしまうほど、僕は陽香の暖かさに心を打たれていた。


「ううううううううううううううう」


 結局僕は、ずっと泣いていて。

 陽香はそんな僕を、ずっと抱きしめてくれた。



**************************************



「なあ陽香」


 その後、僕が泣き止んだのを確認した陽香は、すっと立ち上がって滑り台の下の方へ降りて行った。

 僕が泣いていた事をなかった事にしてくれているのだろう。僕はそんな陽香に、聞きたかった事を聞く。

 それは、陽香が生き返ってからずっと聞きたかった言葉なのかもしれない。


「陽香は、幸せだったか?」


 陽香は、自分が死んだ理由についてはわからないと言っていた。当然だ、陽香の死は自殺ではないのだから。

 でも、陽香はこうも言っていた。幽霊になった理由もわからないと。

 僕は、それは本当は嘘なんじゃないかと思っていた。僕に気を遣わせないために、嘘をついているのだと。本当は、何か心残りが、未練があったのではないかと。


「私は幸せですよ」


 陽香は、精一杯のまばゆい笑顔でそういった。


「確かに死んじゃったのは悲しいですけど、でもこうやって幽霊になって、またりょーたんと一緒に居られるので、私は幸せなのです」

「…………そうか」


 小学生のあの日も、そして高校で陽香に出会ってからも、陽香が死んでからも。

 僕は陽香に、何もしてあげられなかった。陽香を助けることができなった。それはきっと、僕の罪なのだろう。

 だから僕は、陽香のために何かをしたい。陽香の敵をとりたい。そう強く思った。



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