幕間

高峰晶紀



その日、彼女は悩んでいた。


「うーーーーーーーん」


 場所は彼女の自室で、共働きの両親は今日家にはいない。彼女は昼間の自室で、一人考え事をしていた。


「うーーーーーーーん」


 生徒会長という役職についており、成績だって当然の事ながら素晴らしい。スポーツだって得意だ。まさに完璧、漫画の世界に出てきたような彼女だが、しかしそんな彼女にだって当然悩みはある。

 当座の彼女の悩み、それは学校で起こっているある事件だ。

 連続自殺事件。そういえば、しっくりくるのだろうか。ふつうの人ならば、大した事件とは思わないのかもしれない。確かに、短期間で生徒の自殺が相次ぐというのは、異常事態ではある。しかしそれは偶然で済まされる事態かもしれない。

 だが彼女の考え方は違う。これは誰かの仕組んだ事件である事は間違いがないと、彼女はそう確信している。ではなぜ? 彼女はそう確信できるのだろうか。それは彼女の持っている情報量にある。


(死因は確認したけど…………)


 自殺ではない。それが彼女の感想だ。

 彼女は他の生徒と違い、この連続自殺事件に対しある程度の情報を持っている。それは彼女の持つ情報網に由来するものだった。


(そもそも、彼女たちが死んでしまったとしても、私には関係ないのだけれど…………)


 彼女だって、自分の学校の生徒が死んでしまい、悲しいという気持ちは勿論ある。しかしそれだけだ。正直言って、名前の知らない下級生が死んだところで、彼女の気持ちは少ししか揺らがない。この場合の少しというのは、ニュースで人が死んだ事件を見たときくらい少しだ。

 彼女は、とてもドライな人間だ。それこそ、普段のおっとりとしたしゃべり方とは違って。というより、そのおっとりとしたしゃべり方は彼女の本来のしゃべり方ではない。彼女は普段、己を偽って生きている。

 そんな彼女である、死んだ輿水凛と真純陽香の事は気にしてもいないし、そんなことでは悩んでもいない。では彼女の悩みとはなんだろうか。それは三人目の自殺者にある。

 水無月巫女。三人目の自殺者であり、犠牲者でもある。そしてその人物こそ、彼女の悩みの原因である。



 水無月巫女と高峰晶紀は、友達である。一年の時は同じクラスであったし、今でも親交はある。彼女たちの関係を、親交という一言で表すのは短絡的ではあるが。


(彼女の死が万が一にも自殺ならば、特に問題はない)


 友達が自殺しても問題はないとしてしまうのが高峰晶紀という人間であり、彼女の本来の姿であるともいえた。


(しかし、彼女の死がなのだとしたら、


 彼女はそこで、淹れていたコーヒーを飲み干す。学生が普段飲むには高すぎる、豆から淹れたこだわりのコーヒーだ。


(もしそうだとしたら、私は無関係ではいられない)


 彼女は、水無月巫女が殺される理由に心当たりがあった。そしてその理由と、高峰晶紀は決して無関係ではないのだ。


(……………………もしかしたら、次に殺されるのは私かもしれない)


 そう考えると、彼女の肩は大きく震える。当然だ、彼女はまだ高校生、死の恐怖なんてものを体験した事はない。


「…………バカバカしい」


 そう毒づいて、彼女は座っていた椅子から立ち上がる。

 そんなことをくよくよ考えていてもしょうがない。そもそも高峰晶紀と水無月巫女の特殊な関係性を知っている人間の方が少ない。知っているとすれば当事者や関係者だが、しかしそれだって、むやみやたらと話したりはしまいし、恨みを持ってもいないだろう。

 おそらく一番恨んでいる人間は、死んでいるだろうし。

 そう考えた高峰は、コーヒーの片づけもそこそこに出かける準備をする。


(とにかく今は、自分の事で精いっぱいだしね)


 部屋着から高そうな服へと着替えて、メイクを整える。あくまでも派手すぎず、しかし素材の魅力を生かす、そんなメイクだった。それは、自分の魅力を知っていて、それを最大限生かそうとするものだろう。


「えーーと、今日の予定は…………」


 手元の携帯で、今日の仕事を確認する。

 連続自殺事件で学校はてんやわんや、授業もろくに行われないだろう。あるいはしばらくすれば休校になるかもしれない。彼女にとって、今は稼ぎ時でもあった。

 事実、カレンダーの予定は一杯だ。その忙しさを予測して、彼女は一瞬嫌な顔をした。しかしそれは裏を返せば、リターンも大きいという事でもある。そう思うと、憂鬱な気分も幾分かはましになるというものだった。


「それじゃあ、行ってきます」


 玄関までいった彼女は、そこで誰もいない家に向かって挨拶をする。

 そしてそれは、永遠の別れの挨拶になった。



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