第16話 7月5日(金)
「賀上君、だよね…………」
喫茶店での斑鳩さんとの会話の後、帰路についていたときの事だった。陽香と二人歩いていたら、後ろから声をかけられた。
「…………あれ、瑠々島さん?」
後ろを振り向くと、そこにいたのは瑠々島さんだった。
「…………えっと、どうしたの?」
正直言って、気まずいとしか言いようがない。なにせ僕たちは(というよりは斑鳩さん)は、文芸部を騙して情報を得ようとしていたのだ。しかも無神経な発言を繰り返してだ。
なのでこうやって、瑠々島さんと対面するのだけでもつらいものがある。
僕は思わず、陽香の方を見る。何とかしてほしいという眼で陽香を見つめるが、陽香は明後日の方向を見て眼を合わせようとしない。こいつ、逃げる気満々だ。
瑠々島さんは僕の問いかけに、どう答えるべきか迷ったような態度をとった。しかし意を決して、僕に話しかける。
「あのね、陽香ちゃんについてなんだけど…………」
そういえば、文芸部で瑠々島さんと会ったとき、陽香の事を気にかけてくれていた。たまたま僕を見かけたから、詳しい話を聞こうと思ったのだろう。
瑠々島さんは続けて話す。
「さっきはつい感情的になっちゃったけど、今なら落ち着て話せると思うから…………。陽香ちゃんの事、賀上君なら何か知ってるんだよね? その、探偵さんと一緒にいるんだし…………」
…………さて、どう答えたものだろう。
陽香の死について何か知っているかどうかを聞かれれば、勿論それは知らない。本人ですらよくわかっていないものを、僕が知っている訳もない。
しかし陽香の死については知らなくても、陽香の今ならばっちり知っている。というか今まさに、僕の隣にいる訳だし。
その事実を瑠々島さんに喋っても問題ないかどうかが、だからこの場合の問題なのだろう。
陽香は今、幽霊になってるんですよ。今もほら、あなたの目の前にいるんですよ。
そう言ってしまうのは簡単だし、あんなにも悩んでいる瑠々島さんに話したい気持ちもある。しかし話した所で信じてはもらえないだろう。なにせ陽香が見えているのは、おそらく僕くらいだ。
「………………………………」
話すべきか話さないでおくべきか。
迷って僕は、決断をする。
「……………ごめん瑠々島さん。僕も陽香がなんで死んだのか、よくわかっていないんだ。僕も瑠々島さんの力になりたいし、僕自身陽香の死について知りたい事は多いんだけど…………」
「別に言えばいいんじゃないです? 私が幽霊だって」
…………本人が気にしてないなら、言ってもいい気がしてきた。
しかし、分からないと言った以上、そういう事にして話を進めるしかないだろう。
「……………………そっか、賀上君も知らないんじゃしょうがないね。陽香ちゃん、死ぬ前に、何か変わった事でもあった?」
「変わった事?」
死んだあとなら変わった事はいくらでもあるのだが、しかし死ぬ前だとどうだろう、そんなに普段と変わらなかったような気もする。
「普段通りだったと思うよ」
「…………そう」
そう言って瑠々島さんは、複雑な表情を浮かべる。単純に知りたい事を知れなかったような表情ではなく、なんだろうか。
安堵のようなものが含まれていた。
「陽香ちゃんが死ぬ前にはさ、よく話してたんだ、陽香ちゃんと…………。いろんな事相談したし、いろんな事を聞いた」
「…………陽香は人懐っこいからね」
「本当にね。……………………事件の事、調べてるんだよね」
「うん、まあ」
「あの人の事も、調べてるの?」
「あの人?」
「水無月先輩の事」
水無月先輩。三番目の被害者で、魔法陣の中で自殺しているのを発見された。ついこの間発見されたばかりで、あまり情報は出回っていないはずだけど…………。
「なんで、水無月先輩の事知ってるの? そこらへん、あんまり情報出回ってないはずだけど」
「…………知り合いに関係者が居て。ちょっとだけ教えてもらったの。それで水無月先輩って、なんで死んだの? 殺されたの?」
「いや、自殺みたいだよ。大分奇妙な感じだけど、少なくとも今は自殺って事になってるみたい」
この情報は大分機密情報というか、あんまり人に教えちゃいけない情報だろうけど、しかし瑠々島さんが既に話を聞いているのなら、言っても大丈夫だろう。それにどうせ直ぐ噂になるだろうし。
「…………そっか」
すると瑠々島さんは、またも安堵の表情を浮かべる。
「なんか、ごめんね、変な事ばっかり聞いちゃって」
「ああ、いや別に気にすることじゃないよ。事件の事気になるのはしょうがないし…………。あのさ、瑠々島さん」
「なに?」
「僕も聞きたい事があるんだ」
言っちゃあなんだが、瑠々島さんには結構の情報を話した。その見返りとして、こちらがある程度の情報を聞いても問題はないだろう。
「生駒先輩の書いた小説、瑠々島さんはどう思ってる?」
「……………………」
小説。事件の事を予知したと思われる小説。
僕がその話をすると、瑠々島さんは俯いて黙ってしまう。
「あーあ、瑠々島ちゃんを怒らせたのです」
陽香がそんな風に、割と無責任な感じで言ってくる。確かに不用意な発言をしたのは僕だが、しかしそんな突き放すような発言はひどいんじゃなかろうか。
「えっと、瑠々島さん、ごめん…………」
女の子を怒らせた経験なんてほとんどない僕は、ただうろうろするばかり。やっとの思いで出た言葉は、なんとも情けない謝罪の言葉だった。
「…………ううん、気にしないで。小説だよね? でもごめんね、私はそこまでちゃんと読んでないの。だからあんまり内容については話せないんだけど…………」
「ああ、いや、別にいいんだ、内容について聞きたいわけじゃないからさ」
内容に関しては、原本を持っているぼくだ。瑠々島さんよりも詳しいと言っても過言じゃない。
「内容よりも、感想が聞きたいんだ。瑠々島さんがあの小説を読んで、どう思ったのか。それが大事なんだ」
「どう思ったのか…………」
瑠々島さんは真剣な表情で、しばらく考え込む。
「…………やっぱり、怖いって思ったよ。あんな内容だもん」
「…………そうだよね」
「でもそれ以上にさ」
瑠々島さんは、こう言った。それは僕の想像していた瑠々島さんの性格では、およそ出てこないであろうセリフだった。
「スカッとしたかな。だって、被害者の人たちって悪い事をしたんでしょ。だったら殺されてしょうがないよね」
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