第14話 7月5日(金)




「あの部活の人間が怪しい」


 結局、微妙な雰囲気のまま僕たちは退室し、そのまま生徒会室へ向かう。その道中の階段で、斑鳩さんはそんな事を言い出した。


「……………………さんざん、怪しくないとか疑ってないって言ってたじゃないですか」

「はは、犯人の前でそんなこと言う訳ないだろう。馬鹿正直に疑ってますなんて言ったら、次の犠牲者は私たちかもしれない。必要な嘘だったという事だよ」

「りょーたん、この人最悪なのです」


 陽香の意見におおむね同意だ。


「それで、文芸部の人が怪しいですか? 確かに、あの小説が事件の鍵になっているんでしょうけど、でも生駒先輩がただ予知能力を持っているだけなら、あの部活は事件と関係ない事になりますが」


 ただ予知能力を持っているというのも、それはそれでとても不思議な言葉だが、とにかく予知能力による事件の予知なら、逆にあの小説は重要な手がかりだ。


「おそらく、彼は予知能力者ではない」


 しかし斑鳩さんは、急にそんなことを言い出した。


「…………そうですか? 確かに生駒先輩は予知なんて言わず、神様からの啓示だなんて言ってましたけど、でもあれだけ小説と実際の事件に共通する事が多ければ、それはもう予知じゃないんですか」

「いや、そういう事ではなく。彼にはその、なんというか感じられないんだよ」


 同じ超能力者としての雰囲気がね、と斑鳩さんは言った。


「…………随分と、あやふやな意見ですね。雰囲気って」


 いくら自称と言えども、探偵のいう事ではないだろう。しかし斑鳩さんの言いたい事は全く別の事らしく、困ったように言葉をつづけた。


「いや、そういう事ではなくてね…………。なんというか、変化に対する動揺が感じられないんだよ」

「動揺?」

「そう、動揺。ここ最近予知能力に目覚めた人間なら、その能力に対してもっと戸惑うものなのだよ。当然だ、急に自分という存在が、予想だにしなかった遠くの存在になるのだから。もし仮に、彼がもっと前から、物心つく頃から予知能力に目覚めていたとしよう。その場合、彼の性格上、もっと調子に乗って自分の予知能力を言いふらすだろうね。ただの小説のアイデアを、神様からの啓示だとか何とか言って調子に乗るくらいだしね。それに幼いころから予知能力があれば、あんな性格にもなっていないさ。もっと控えめな性格になるはすだ。もっとも、これはただの経験則から言っているが」

「はぁ……………………」


 斑鳩さんは、階段の上の方で振り返らずに言った。

 纏めれば、生駒部長の言動は、予知能力を持った人間にしては普通すぎるという事か。


「でも、戸惑いがないってわけでもないんじゃないですか? 坂神先輩だって、あんなに怒ってたわけですし、部内でも色々とあったんじゃあないですか?」


 確かに生駒先輩は、調子に乗っていたように見えたし、普段通りに見えた。でもそれは、そう装っているだけではないだろうか。自分の小説が事件を予知してしまい、それでも部内の人間に不安を与えないように、通常通りに生きる事を演じていただけではないだろうか。


「怒っていたのは坂神君だけだろう。少なくとも私には、生駒君が気に病んでいるようには見えなかったがね。これに関しては、私の探偵としての勘もあるが、超能力も使っての意見だ。それなりの信ぴょう性はあると思うがね」


 それはそうかもしれない。特に、超能力なんてものを持ち出されては、何もない僕たちは納得するしかないのかもしれない。しかし、それでも、坂神さんのあの涙を、僕は忘れる事は出来ないし、気にしない事も出来なかった。


「それに、彼に超能力がないとする根拠はもう一つある」

「え?」

「勿論だろう。私だって、これだけの理由で断言はできないさ」


 探偵だよ、私は。

 そういって斑鳩さんは、振り返っていった。

 ……………………正直言って、斑鳩さんの探偵としての能力をあまり信じてはいない。確かに超能力はすさまじいし、その能力で数多くの事件を解決したのだろう。しかし、この人の捜査能力や推理能力が、とてつもなく高いとは思えない。というのも、思い込みが激しいのだ、この人は。自分の勘を頼るというか、おおよそ考えられない方法が正しい事だと思っている。


「それで、他の理由ってなんですか?」

「それは、彼の頭痛の件についてだ」

「頭痛?」


 確かに、斑鳩さんは生駒部長に頭痛の事を聞いていた。なんだっけ、小説を書いているときに頭痛がするかどうかとかだっけ? 正直、どうでもいい情報だと思っていたけど、そんなに大事な情報なのか。


「超能力に目覚める人間は、その予兆として頭痛の症状に悩まされる。他にも、幻覚や幻聴を見たり、時間を早く感じたり遅く感じたり、そういう現象が起きるのさ。これらの現象は人それぞれだが、確実に頭痛だけは発症するのさ。それこそ、立っていられない程に」

「……………………」


 なるほど、だから斑鳩さんは生駒先輩に頭痛の事を聞いていたのか。

 生駒先輩は、最近は頭痛なんてしていないと言っていた。確か、最近は頭痛はしないんですかー、と斑鳩さんが聞いて、生駒先輩が最近はしていないと答えたんだっけ。

 確かにそれなら、生駒先輩は超能力者じゃないのかもしれない。勿論、超能力者が全員もれなく頭痛がするとすればの話だし、生駒先輩が頭痛に気づかなかっただけという可能性もあるのだけど。

 ……………………やっぱりこの人、探偵に向いていないんじゃないか。確かに情報として、生駒先輩が予知能力者である可能性は低いかもしれないけど、それでもないとは言えないだろうに。


「さて以上の理由から、生駒君は予知能力者ではない事が分かった。では次にどんな事が言えるか。それは、なぜ小説通りに事件が起きたのかという事だ」

「え」

「だっておかしいだろう。あの小説はいうなればただの小説だ。にも関わらずあの小説にかいた内容通りに、被害者たちは自殺を繰り返す。そこには何か理由があると思わないかい?」

「理由、ないんじゃないですか。普通に偶然の一致という可能性だって十二分でしょう」

「確かにそれはその通りだ。では、そこに理由があるとしたらどうなる? 答えは一つ、あの小説の内容を知っていた人間が、小説通りに事件を起こした可能性だ」


 つまり、見立て殺人という事だ。斑鳩さんはそう言った。

 見立て殺人。つまり犯人は、あの小説の内容通りに事件を起こすことをもくろんでいるという話になる。しかし、それはつまり――――――。


「斑鳩さんは、あの文芸部の中に犯人が居るって言いたいんですか」

「具体的には、そこに生徒会長も入る。だからこそ、今から調査に向かうんだよ」


 そう、あの小説の内容を知っていなければ、見立て殺人なんて土台無理だろう。つまり、あの小説の内容を事前に知っていた人間、文芸部や生徒会長が怪しいという話だ。それにしたって、犯人があらかじめあの小説をこっそり読んでいたという可能性もあるはずだが……………………。


「それを考えてもしょうがないとは思うがね。私の超能力によれば、彼らは誰にもあの小説の内容を話してはいないみたいではあるし」


 たしかに、斑鳩さんは文芸部員には確認をしていた。しかしそれを言い出したら――――――。


「斑鳩さん、そういえば質問してましたよね。罪を犯したかって。あれを聞いたってことはもう犯人はわかっているんじゃないんですか」

「いや、それが彼らは嘘を言ってなかったよ。それだけじゃなく、あの会話の中で、

私が指摘した嘘以外は、

「じゃあ、それじゃあ」


 斑鳩さんの嘘を見抜く能力で、嘘をついていない事が証明され、そして誰もが自分は罪を犯していないと証言したという事は。


「じゃあ、あの中に犯人いないじゃないですか」

「そういう事になるね」


 駄目じゃん。全然だめじゃん。あんなに自信たっぷりに、文芸部に犯人が居るって言っておいて、結局いないじゃん。


「私は、文芸部が怪しいとは言ったが、犯人が居るとは言っていない。犯人どうこうは君が言ったんだよ。そして、私はまだ文芸部の人間にしか確認していない。これからまだ、生徒会長が残っている」

「確かにそうですけど……………………」


 正直いって、生徒会長が犯人の可能性はあまり高いようには思えなかった。


「っと、そんなことを言っている間についたようだ、ここが生徒会室だろう」


 話しながら歩いていたからだろう。僕たちはいつのまにか生徒会室の前に来ていた。これで来るのは二回目になるが、それでもまだ緊張はする。なにせ前回は潜入だったが、今回は真正面からの対峙だ。しかも斑鳩さんは、生徒会長を犯人だと決めつけている。その間に立たされるであろう僕の心境は、とても苦しいものだった。


「失礼するよ」


 そういって斑鳩さんはまたも勝手に扉を開ける。この人は、基本的に僕に対しての思いやりがないな。

 しかも今回は、文芸部の時と違い声色やキャラを作ってはいない。探偵斑鳩藍として、生徒会長には望むつもりらしい。つまり僕の立場がつらいものになるのは確定だろう。頭が痛くなるような状況だ。


「あら~、お客さんですか~。…………しかも、中学生さんかしら~」


 生徒会長の牧歌的な声に、僕は緊張の糸が少し緩くなる。そして別の意味で緊張してしまう。

 前回この生徒会室にお邪魔したときは意識しなかったが、この生徒会長、とにかく雰囲気がエロい。制服も大分きわどいし、スタイルだってかなりいい。この場合のいいは、モデル的ないいではなくエロいという意味でのいいだ。

 そののんびりとした口調も相まって、生徒会長の男子生徒人気はかなり高いものなのだ。


「りょーたん、なに鼻の下のばしているですかー?」


 陽香が抗議の声を上げるが、とりあえず無視しておく。


「そっちの子は、うちの生徒さんみたいだけど~」

「あ、はい。僕は二年の賀上です。こっちが妹の…………」

「探偵の斑鳩藍だ。生徒会長の高峰晶紀に聞きたい事があるのだが、君がそうかい?」


 せっかく人が妹という設定に乗ったのに、斑鳩さんは完全無視だった。自分が言い出した設定を速攻捨てたよこの人。俺が変な奴、というより変態みたいになってしまった。やだよ、年上の女性に中学生の恰好をさせてあまつさえ妹呼ばわりする奴は。


「あら~。可愛いわね~。探偵ごっこかしら~。どうぞどうぞ~、お姉さんが答えられる事なら、なんでも答えちゃう~」


 どうやら僕の妹という発言を聞いていたのか、探偵というのがごっこ遊びだと思われたらしい。

 ごっこ遊びをする中学生もまあいないだろうが、斑鳩さんはとりあえずそういう事にしておくのか。


「とりあえず失礼するよ。お話を聞かせてくれ」


と、中学生という点を否定せずに生徒会室の中に入っていった。この人本当、自分が中学生に見られる事をまったく気にしてない。

 斑鳩さんが中に入るのに合わせ、僕も生徒会室の中へ入っていく。


「どうぞこちらへ~。今お茶を入れるわね~」

「あ、どうもありがとうございます」

「すまないね」


 長机に僕たちを座らせると、生徒会長はお茶を淹れに部屋の隅へいく。電気ケトルと、紅茶用のティーポットがあるので、それで入れるのだろう。他にも、コーヒーメーカやパソコン、IHコンロ等、色々な道具が生徒会室にはあった。

 この間は気づかなかったけど、こうしてじっくり周りを見ると、中々どうして、設備が充実していた。


「高峰先輩、聞きたい事があるんですけど」

「あら、なあに? 賀上君~。どうかしたの~?」


 そういって高峰先輩は、僕の方を振り向いて微笑む。この微笑みで心臓の鼓動が早くなる。本当にこの人は、人を魅了する能力があるのだろうか。


「あの、この生徒会室って、やけに物が多いですよね? コーヒーメーカとか。何でですか? うちの学校って、そんなに予算ありましたっけ」

「ふふっ、私たちの学校は~、そんなに予算ないわよ~。生徒会の方にちょっと予算を回してもらって~、予算のあまりで買っているの~」

「え、学校の予算で買っているんですか」

「そうよ~。他の人には内緒にしてね~」


 なんというか、意外というか、そんなのありかって気持ちになる。普通、学校の予算でコーヒーメーカは出ないだろうに。


「随分と特別扱いというか、待遇がいいんですね生徒会って」

「というより、私のおかげって感じなのかな~。私の~」

「えっ」


 高峰先輩はそこで、今まで浮かべていた笑みを止め、真顔になる。それは今まで見たことのないような、真剣な顔だった。


「先生方は、私の言う事なんでも聞いてくれるの。それが私の能力」


 今までの間延びしたしゃべり方ではなく、しっかりと、ともすれば冷たいようにも聞こえるしゃべり方に、僕は何も言えずにつばを飲み込む。どうやら斑鳩さんや陽香も、同じように言葉が出ないようだ。


「…………冗談よ~。そんな超能力、ある訳ないじゃない~」


 あの冷たい表情が嘘だったかのように、高峰さんはいつも通りのしゃべり方と表情をする。それを見ると、さっきのあれが本当に嘘、あるいは幻だったかのように思えてきた。


「はい、紅茶です~」


 いつの間にか紅茶を入れ終えていたらしく、高峰先輩は人数分の紅茶とお菓子の載ったトレイを持ってきてくれた。なんというか、お菓子も普通の市販品ではないように見える。本当に、生徒会の予算はどうなっているのだろう。


「それで、要件は何かしら~」

「単刀直入に言おう。きみは先日、文芸部の部誌のチェックを行ったね、そして君はその部誌を直すように言った。間違いないね」

「ええ、そうよ~。ちょっと、文化祭で出すには過激だったから~」

「その部誌は今どこにある?」

「そこの棚の中に入れているわ~。この間までは出しっぱだったけど~、流石にどうかなって思って~」

「さすがにどうかな、とはどういう意味だい?」

「だしっぱなのは、よくないでしょう~?なんだってそうよ~」

「…………。では、あの小説の内容について、どう考えている」

「とっても過激だけど、面白いんじゃないかって思っているわ~。生駒くんは何かの賞に出すって言ってたけど、本当に賞をもらえるんじゃないかしら~。感想としてはそのくらいね~」

「その小説の内容を、誰かに言ったかい?」

「いえ、全然~」

「その小説、他の人間が見たと思うかい?」

「文芸部の人は見たと思うけど、その他の人は見てないと思うわ~」

「…………そうか」


 なんというか、さっきまでと違って淡々と話が進んでいる。さっきまではいろんな人がいたし、斑鳩さんも中学生を途中まで装っていたから、のんびりとした進行になっていた。しかし今回は、斑鳩さんが身分を隠そうとせず、真正面から質問をしているし、対する高峰先輩も、その質問に淡々と答えているので、スムーズに取り調べが進んでいる。

 その後も、いくつかの質問をした。


「加佐見華君の事を知っているかい?」

「そりゃそうよ~、同じクラスだもの~」

「輿水凛君や、真純陽香君は?」

「輿水さんって人は知らないけど、真純さんはなんとなく知っているわ~。あの人は、友達が多いんですもの~」

「最近、何か変わった事は?」

「学校の中で死んでしまった人が居る事が、変わった事じゃないかしら~」


その後もたわいのないような、しかし事件の内容に少しだけ触れるような質問をした。そして最後の質問が終わったとたん。


「よし、聞きたい話は以上だ。ありがとう高峰君。参考になったよ。最後に一つだけ、質問いいかな」

「ええ、どうぞ~」

「君は、ここ最近何かの犯罪を犯したかい?」


 その質問をした瞬間、またも高峰先輩の顔から笑みが消えた。


「…………それは、どういう意味かしら~」

「なに、ちょっとした雑談だよ、そう重く受け止めないでくれ」

「冗談にしても、笑えないわ~」


 二人の間に、どうしようもなく緊迫した空気が流れる。僕も陽香も、二人をただ見守る事しかできない。


「…………してないわ~。犯罪なんて~」


 しばらく重苦しい沈黙が流れた後、口を開いたのは高峰先輩の方だった。


「生徒会長が、そんなことする訳にもいかないもの~」

「…………そうか、よくわかったよ。では我々は立ち去るとしよう。行くぞ、賀上君」


 そういうと、またも斑鳩さんは早急につかつかと扉の方へと向かう。僕は急いで、出された紅茶を飲み干すと。


「あ、あの、すみませんでした」


 とだけ言って、斑鳩さんの後をおう。この件で、僕もとばっちりを受けて悪い印象を持たれてしまったかもしれないが、まあどうでもいい話か。

 斑鳩さんと陽香が先に廊下に出て、僕も続けて廊下に出ようとしたとき。


「ねえ~、賀上くん~」


 高峰先輩に、後ろから呼び止められる。


「後悔だけは、しちゃいけないわよ~」

「…………どういう意味ですか?」

「そのままの意味よ~。もういいわよ、話はオシマイ~」

「はあ、じゃあ、失礼しました」


 最後の言葉の意味も分からず、とりあえず僕は扉を閉めて、生徒会室から退室する。

 …………後に、僕はこの言葉の意味を痛い程思い知るのだが、当然この時の僕はそんなことに気づくはずもなかった。




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