第13話 7月5日(金)
啓示。そして神様からの贈り物。
とても信じられない話だし、普通なら何か、天才的なひらめきだとか、偶然の思いつきをそう例えていると考えるだろう。しかし僕たちは違う。僕たちは知っているのだ、啓示、つまり予知能力がこの世に存在するかもしれない事を。
「えー、啓示って、どういう事ですかー?」
斑鳩さんは流石で、この話を聞いても動じずに中学生のふりを続けている。
「いや、何、何てことない話さ。いつものようにここで小説の内容を考えていたら、急に小説のアイデアが浮かんできたんだ。猟奇的な殺人事件、連続ずる自殺、疑心暗鬼を生ず仲間たち、そして誰もいなくなる…………。まあ思いついたのはここまでで、その辻褄合わせが大変だったけど」
小説のトリックに呪いを使うぐらいである。おそらく小説のおおまかなビジョンや雰囲気ありきで書いた結果、トリックの方が思いつかなかったのだろう。実際、呪いなんて本格的なミステリーでは禁じ手だろうに。
「このアイデアを思い付いたとき、これは神様からの啓示と俺は受け取ったね。ミステリーとホラーの融合。これこそが、俺の小説にふさわしいと」
「えー、凄いですー。才能のある人は、神様に愛されているんですねー!」
「はっはっはっは。そうだろうそうだろう。やっぱり才能のある人間は、アイデアだって突発的でかつ素晴らしいものなんだよな」
「調子乗らないの、零士。たまたまちょっと、よさげなアイデア思いついただけじゃない。そういう言葉は、賞を取ってからいいなさい。ねえ、璃流華ちゃん」
「え、私にふるんですか!? でも、実際凄いと思います。神様からのお告げだなんて。いいなあ、私も聞きたいなあ」
「え、そっち? 俺の才能についての話じゃないの?」
「でも、本当、凄いと思いますー。私もそうなりたいなー。でも私、小説書き続けてると頭痛がしちゃって。小説家とか向いてないですよね」
「いや、そんなことはないさ。誰だって最初は辛かったり、苦しいものさ。でもそれを続けていれば、いつかチャンスや傑作に出会えるのさ。そう、俺みたいにね!」
「はいはい」
「じゃあ先輩は、最近は頭痛とかしないんですか?」
「ん、頭痛? まあ、しないね。最初はしてたかもしてないけど、最近は特には」
「やっぱり、小説を書ける人って、躊躇なく書けるんですねー! さすがだな-」
「はっはっはっはっは。まあ俺くらいになればね」
……………………斑鳩さん、凄いな。瞬く間に生駒先輩に取り入って、情報を聞き出している。しかし、頭痛? そんなこと、どうでもよさそうなものだけど。
「ねえ、君、賀上君だよね?」
いつの間にか、斑鳩さんと生駒先輩、そして坂神先輩の三人で、会話が盛り上がっていた。僕と瑠々島さん、そして巽君の三人は、会話に入る事なくのんびりしていたのだが、突然瑠々島さんに話しかけられた。
「あ、うん。そうだけど…………僕、自分の名前言ったっけ?」
「いや、言ってないよ。でも知っていたから」
「え?」
どういうこと? 僕は瑠々島さんとクラスも違うし、会った覚えは無いのだけれど。
「むうーーーーーーーー」
いつの間にか陽香は、瑠々島さんの後ろに立って僕を睨んでいた。怒っているのだろうか、頬っぺたをリスのように膨らましている。わかりやすい怒り方だが、怒っている理由についてはさっぱりわからない。
「ほら、賀上君。陽香ちゃんと仲よかったじゃない。私も陽香ちゃんとは仲が良かったから、話聞いてたの。陽香ちゃんから聞いてない?」
何がどうなるのか身構えていた僕だったが、その事実のあっけなさに肩を落とす。何かと思えば、ただ陽香の友達だというだけらしい。学年問わず友達の多い陽香だ、同学年の友達なんて珍しくもない。
むしろ問題は、陽香が僕に報告してくれてもよかったんじゃないかという点だ。
なので僕は、訴えるかのような視線を陽香に向ける。すると陽香は。
「いやー、うっかり言うのを忘れてたです」
その言葉を聞いて、怒りたく気持ちよりも呆れた気持ちが勝ってしまった。
「えっと、それでね。賀上君に聞きたいんだけど。陽香ちゃんの事について」
陽香ちゃんの事について。つまりそれは、陽香の死についてだろう。
「陽香ちゃんが自殺したって聞いて、頭の中真っ黒になっちゃって…………。陽香ちゃんには、本当にいろんなこと相談に乗ってもらってたから…………。陽香ちゃんの死は自殺だって聞いたけど、嘘だよね? 賀上君なら何か知ってるんだよね? ねえお願い、何か知ってたら教えて? 陽香ちゃん、何か心残りとかあったの? どうして陽香ちゃんは死ななくちゃいけないの?」
瑠々島さんは、机の周りを歩いて、僕の眼の前までくる。
真剣な眼だった。陽香の死について、本当に悩んでいるんだという事が分かった。僕はその眼を直視できず、つい眼をそらしてしまう。
分かっている。本当は眼をそらすべきではない。真っすぐ眼を見て、何も知らないというべきなのだ。僕が、何かを知っている事がばれれば、そこからこの潜入調査もばれてしまうかもしれない。それは、それだけはなんとしても防がなくてはいけないだろう。
でも、言わないのはとてもつらい。こんなにも、陽香の死を悲しんでくれている人に対し、嘘をつくのは忍びなかった。
僕が、なんて言おうか迷っていると、突然斑鳩さんに呼ばれた。
「お兄ちゃん、何話してるの?」
気が付くと、斑鳩さんたち三人の会話は終了していて、皆こちらを心配そうに覗いていた。見ていないのは、巽君くらいなものである。
「瑠々島。そこの彼に聞きたい事があるみたいだが、それは二人っきりの時にしてやれ。彼だって、こんな状況じゃあ話せる話も話せない」
「…………はい。わかりました部長」
瑠々島さんはそういうと、しげしげと自分の椅子に戻っていく。途中、僕の方を見て何かいいたげだったが、それには気づかないふりをした。
「そういえば先輩。さっき猟奇的な事件って言ってましたけど、私の読んだ小説にはそんなこと書いてないですよー? 普通の自殺でした」
「え。…………ああそうか、文化祭で配布したのは、修正したヤツだった」
「修正ですか?」
「そう修正。実はあれ、修正したヤツなんだよね。白黒で試したヤツを生徒会長に見せたら、こんな過激なもの、文化祭で配っちゃいけませーんなんて言われてね。まったく、いくら自分がそういうのに耐性ないからって、人の書いた小説にケチつけなくてもいいのによ」
「じゃあ、修正してない方の小説は、私が読んだのより凄いんですかー?」
「そりゃそうよ。何よりあの小説は、そういった猟奇的な死がテーマだからね。そこを直されちゃ俺の小説の魅力が半減だよ」
修正された後の小説は、すでに読んである。昨日の夜、陽香が自分の部屋から持ってきてくれたので、それを読んだのだ。斑鳩さんには今朝伝えた。
内容としては、被害者の猟奇的な死が大分マイルドにされており、みんな同一の、飛び降り自殺だった。これでは予知にはならないだろう。
「その元の小説って、誰が読んだんですか?」
「ん? 小説を誰が読んだか? そうだな、まずは俺は当然として、文芸部員は全員読んだな。あとはその小説を直すよう言った生徒会長だな。直接見たのはそのくらいかな。勿論、俺らの誰かが小説の内容を言えば、そこから広まるだろうど…………。誰か、他の人に言ったか?」
「言う訳ないでしょ、あんたの小説を好き好んで」
「私も、ここに居る人以外には言ってないです」
「…………僕も言ってないです。特に興味もなかったですし」
「おいこら巽」
つまり、現時点では小説の内容を知っていたのは五人に絞られるわけか。
文芸部長で小説を書いた本人である生駒零士、副部長である坂神みなも、文芸部員の巽葉に瑠々島璃流華、そして生徒会長であり、小説の手直しを命令した高峰晶紀。
しかし、この五人が知っていようがなんだろうが、あまり関係がないだろう。生駒先輩が予知能力者なのだとすればだが。生駒先輩が予知能力によって未来の事件を予知し、その内容を小説のアイデアにしたのなら、今回の事件の犯人はこの小説の内容を知らないだろうし、こうやって調査されている事も知らないだろう。
問題は、生駒先輩が予知能力者ではないパターンだが――――――――。
「それじゃあ先輩方、最期に質問したんですけどー」
「おお、いいぞ。どんな質問だ?」
「この学校で起きた、自殺事件あるじゃないですかー」
斑鳩さんは、ついに事件の事について触れた。おそらく、必要な分の情報はもうあらかた集まったのだろう。ここで、自分の肩書がばれても構わないから、最期の情報集めを始めたのだ。
「………自殺事件っていうと、二年の輿水と真純が死んだ事件だろ。でも俺たちは何も知らないよ。自殺したって事ぐらいしか」
「嘘、ついてるね」
急に斑鳩さんの声のトーンが下がり、生駒先輩たちは驚く。斑鳩さんが探偵モードにはいったのだ。これでもう、さっきまでの見苦しい女子中学生(二十四歳)ではない。
「嘘って…………」
「君たちは何か知っている。そしてそれはおそらく、小説の中身についてでもあるんだろう。うすうす感づいているんじゃないか? 小説と実際の事件が、少しずつ合致している事に」
「……………………」
その言葉に、文芸部員達は押し黙ってしまう。当然だ。さっきまで馬鹿みたいにはしゃいでいた女子中学生が、突然詰問するかのように話し始めたのだ。突然変化した現実に、ついてこいと言う方が無茶だろう。
「……………………そりゃ、気づくわよ。輿水さんが飛び降り自殺して、真純さんが首つり自殺したって聞けば」
四人とも、そして僕たち三人が一斉に押し黙っていると、坂神さんが重い口を開いた。
「でも、気づいただけよ。こんなのはただの偶然だって、関係ないって、そう思い込もうとしたの。それの何が悪いの? もし零士の、私たちの小説通りに自殺事件が起きていたとしても、関係ないじゃない! 私たちは小説をただ書いただけなのよ! 頼むから、私たちの所為みたいに言うのはやめて!!」
そうまくし立てた坂神さんの眼は、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
きっと、彼女たちは自分を責めたんだろう。小説通り起きる事件を目の当たりにして、もしかしたらこの小説があるから、事件が起きたのではないか、小説を書いてしまったから事件が起きたのではないか、そう考えたんだろう。
「斑鳩さん、もうこれ以上は…………。もう聞きたい事も聞いたでしょう」
瑠々島さんは、陽香の友達らしい。だとしたら、人一倍自分を責めたのではないか? 友達の死が、自殺が、自分たちの所為だと攻め続けたのではないか?
友達の死が、陽香の死が自分の所為だと責める気持ちはわかる。痛い程、どうしようもない程よくわかる。だからこそ、彼女がこれ以上辛い思いをするのは耐えきれなかった。
「斑鳩さんではない、藍ちゃんと呼びなさい。お兄ちゃん」
……………………今そんなこと言っている場合ではないでしょうが。
「では最後に一つだけ、質問をしたい」
僕が呆れていると、斑鳩さんはそんなことをぬけぬけといった。人が呆れているときにさっさと話しを進めるとは。
「君たちは、この事件に関して悪い事をしていないんだね? 犯罪を犯したりはしていないんだね?」
斑鳩さんは、そんな超ド直球な質問をした。この人は、何を考えているんだろうか…………。
「どうだい? 部長さん」
「…………してねえよ」
「では副部長さんは?」
「してないわよ、してるわけないじゃない。ねえあなた、これ以上部員をいじめない
「では、そこの二人はどうだい?」
「聞きなさいよ!!」
「…………俺は…………してないよ」
「私もです、犯罪なんて、何も」
「よし分かった、これで質問は以上だ。いや、邪魔して悪かったね」
そう言うと、斑鳩さんは席を立ちすたすたと扉の方へ向かっていく。
「正直な話、別に君たちを疑っている訳ではないさ。ただ私としても、事件解決のためには手段を選んでいる場合ではないのでね。むしろこうして、中学生の変装をして身分を隠そうとしていただけでも、褒められるべきではないだろうか。とにかく、私個人の意見としては、今回の事件は君たちの所為ではないし、君たちが気に病むことではないと思っているさ。本当だよ、私は嘘をつかないからね、君たちと違って。さてでは、これで私はお暇させてもらうよ、予定も詰まっているのでね。ではさらばだよ、君たち。君たちが犯罪を犯さなければ、もう二度と会う事もないだろう。部活を頑張って、立派な作品を書き給え。では賀上君、帰るよ」
そんな長いセリフを、いつも通りすらすらと言った斑鳩さんは、一足先に部屋から出ていこうとする。本当にこの人は、他人とペースがずれている。
追いかけて、僕も陽香も扉の方へ向かったその時、生駒先輩が斑鳩さんに話しかけた。
「なあ、そこの嬢ちゃん」
その顔は、とても憔悴しきった顔で、それでいてなぜか微笑んでいた。
「あんた、何者だい?」
その言葉に、斑鳩さんは振り向いて自信満々な表情で答える。まるでそれが、人生唯一にて絶対的な誇りであるかのように。
「探偵さ。覚えておきたまえ」
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