第12話 7月5日(金)




 文芸部の部室内。

 それなりに長い机に、僕たち六人は二人と四人に分かれて座っていた。こちら側には、僕と斑鳩さん。そして向こう側には、文芸部員の四人が座っている。ちなみに数には入れていないが、陽香は中に漂っている。壁一面の本棚にある、SFだとかミステリーだとかの小説に興味津々のようだ。


「さて、それでは、もう一度部員の紹介をしようかな」


 四人の内、右から二番目に座っている生駒さんは、そう言って会話を切り出した。


「まずは俺、生駒零士。三年生で文芸部長であり、小説家志望だ。書いているのはミステリーが中心」


 そういって生駒先輩は、自分の胸を自身満々な表情で指さす。おそらく、小説家希望という点が誇らしいのだろう。確かに学生の内から小説家という夢を持っているのは凄いが、しかしそこまで誇らしそうに言う事だろうか。


「何言ってるの、ただ小説家目指しているだけでよくそんなに偉そうにできるわね。もうちょっと慎みを持って行動しなさい。―――――っと、私も自己紹介しようかしら。私は坂神みなも。三年生で、書いているのは詩とかね。一応文芸部副部長だけど、どっちかっていえば私が部長かしら。零士は部長の仕事まったくしていないから」


 さっき僕たちを出迎えてくれた女の先輩は、そう言って生駒先輩の方をにらむ。席は生駒先輩の隣、左から二番目だ。


「おいおい、なにを言っているんだ。俺が一番、この部じゃ小説家に近いんだ。だから俺が部長なのが当然だろうが」

「部長ってのは、部を纏めて取り仕切って、部長会とかにも顔を出す人の事を言うの。あなた、そのうち一つでもしているの?」

「ふん、リーダーってのはどっしり構えているもんだろう」

「リーダーじゃなくて部長の話をしているの」


 ……………………どうやら、この坂神先輩は、生駒先輩とよくケンカをする仲みたいだ。ただ、ガチの喧嘩ってよりは、どちらかというとじゃれ合いのような雰囲気を感じる。


「あのー、すみません。他の人の紹介を聞きたいんですけど…………」


 斑鳩さんが、手を上げながらおずおずと切り出す。さすがに、この喧嘩のようなじゃれ合いをいつまでも見ている趣味はなかったのだろう。部員の紹介を促す。そもそも、斑鳩さん的には部員の紹介すら余計だろう。斑鳩さんが興味を持っているのは、あくまでも部誌に書かれた例の小説の事なのだから。


「それじゃあ……僕が自己紹介します…………。一年のたつみようです…………。書いているのはエッセイです…………。よろしくお願いします…………」


 次に自己紹介をしたのは、一番左に座っていた人だった。髪が長く、前髪で目のあたりが隠れている。自分も暗い人間だと自負しているが、目の前の彼はそんな僕よりも暗い人間のように思えた。


「あ、りょーたん、私この人のエッセイ見ました! すっごく暗くて、めまいがしたのです。なんか、世の中を呪ってましたです」


 宙に浮いた陽香が、巽君の方を指さして言ってきた。なるほど、暗いエッセイか。確かにそんなものを書きそうな見た目をしている。と思うのは、彼に失礼か。


「次は私ですね。こほん、私は二年の瑠々島るるしま璃流華りるかと言います。書いているのは恋愛小説とかです。とは言っても、部長みたいにしっかり書いている訳ではないけどね。ともあれ、よろしくー」


 そういって、一番左に座っていた彼女、瑠々島さんはぺこりと頭を下げた。ふつうの、礼儀正しい人だなと思った。クラスメイトではないので別のクラスだろう。彼女は、手に数珠のようなブレスレットをつけていた。思わず凝視していると。


「あ、これが気になる? これ、ラピスラズリっていうパワーストーンなんだよー。願い事を叶えたりしてくれる石なの! 他にも色々、お守りとかボージョボー人形とか、そういう、願いをかなえるグッズていうのか、そういうの集めるのが趣味なの!」


 たかだかブレスレットを見ていただけなのに、やけに食いついてきた。


「えっと、瑠々島さんは、こういうの好きなの?」

「まあね、こういうのっていうか、オカルトかな。宇宙人とか、幽霊とか、古代文明とか。賀上君は、そういうの興味ないの?」

「いや、僕はあんまり…………」


 幽霊なら、今すぐそこにいるしな。…………ってあれ、僕、瑠々島さんに自己紹介してないよな。なんでこの人、僕の名前を知っていたんだろう。


「おいおい、話を逸らすなよ。自己紹介も終わったんだし、本来の目的である、この嬢ちゃんへの部活紹介をしようぜ」


 瑠々島さんへ、僕の名前を知っていることについて質問をしようとしたら、部長の生駒先輩が話を切り出した。

 そして生駒先輩は、斑鳩さんへ向き合う。猫背の体を、より折り曲げて斑鳩さんに体を近づける。


「さて、お嬢ちゃん、何が聞きたいんだい?」

「えっとー、この間の文化祭の、部誌についてなんですけどー」

「ああ、『波間の言の葉』か」

「あれの中の、部長さんが書いた、『罪と罰の島』っていう小説が気になっているんですー」

「おお、本当か! いやー、あれは自分で書いてみて、傑作だと思ったんだよ! あらすじしか載せられないのが残念だったが、あれを肉付けして本格的な小説にすれば、ちょっとした賞くらいはとれると思うんだよ!!」

「そんな事言って、今まで賞なんてかすりもしなかったでしょうに」

「うるさいぞみなも。賞に出している分、出してもないヤツよりはいくらかマシだ」


 横から生駒先輩に突っかかった坂神先輩のせいで、またも会話は打ち切られる。代わりに、生駒先輩と坂神先輩の他愛もない喧嘩が繰り広げられた。


「あの、先輩方? この子ほったらかしにして喧嘩はどうかと思いますけど…………」


 見かねた瑠々島さんが、仲裁に入る。多分こうやって、二人の喧嘩を瑠々島さんが止めるのが、いつものパターンなんだろうなと思う。ちなみに、巽くんはさっきから小説を見ているだけで、会話に入ろうとはしてこなかった。人見知りなのだろうか、気持ちはわかるが。


「おうそうだった、そうだった。みなも、喧嘩は中止だ」

「はいはい、言われなくてやめるわよ」

「それで、俺の小説だろ? いやー流石だね。俺の小説の良さが分かるなんて」

「はい。それでお聞きしたいんですけどー、あんな凄いアイデアとかって、どうやって出してるんですかー? 何か、コツとか、やっている事とか教えてください」

「いいだろういいだろう。教えてあげよう。あれはね」


 そして生駒先輩は、一旦言葉を紡ぐのを止め、思いっきりの決め顔でこう言った。


「啓示だよ。あのアイデアは、神様からの贈り物だったのさ」



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