第11話 7月5日(金)
斑鳩さんの考えというのが、この中学生のコスプレだったのだ。
「なあに、この恰好をしていれば、まだぎりぎり学校にいても不自然ではない。中学生が高校を見学していると思うだけさ。それに、中学生なら、誰も知らない人間も不自然ではない。完璧とは言えないが、まあ次善の策だと思うよ」
とは本人の談だが、個人的な意見を言わせてもらえば、ただの趣味だと思う。そういえばこの人、普段の恰好もコスプレめいていた。
ともあれ、僕たち三人は、文芸部の部室前まで来ていた。
「それで、斑鳩さん。どうするんです、ここまで来ましたけど」
「そうだね。とりあえず文芸部長と接触し、そこから情報を聞き出そう。小説を書いた時期、書いた理由、アイデアはどこから出したのかを、さりげなくね。それと、他の文芸部員にも注目しておかなくては。文芸部長が小説を書いたから、怪しいのは文芸部長だけとは限らない。他の人間が、その小説をなぞる形で犯行をしている事だって、十二分に考えられるからね。とにかくそんな感じだ。ああ大丈夫、この話は、私の方でうまく聞き出すよ。君は、ただ何となくそこにいてくれるだけでいい。勿論、それとなく会話を盛り上げてくれると助かるがね」
「…………確かにそこらへんの事も大事ですけど、僕は、あなたのその恰好について聞いているんですよ。どうするんです、そんな恰好して。向こうだって、多少は怪しむんじゃないですか」
「はは。そこも心配はない。大丈夫、私に任せておきなさい」
斑鳩さんはそういうやいなや、いきなり文芸部の扉を開けた。まだこちらは心の準備ができていないにも関わらずだ。そもそも僕は人見知りで、友達だってほとんどいないんだ。そんな人間が、初対面の人間しかいないような場所に転がり込もうとしている事が間違っている気がする。
「失礼しまーーーーす! 文芸部の、部長さんはいますかー?」
いかにも頭の悪そうな、女子中学生のコスプレをした二十四歳がそこにはいた。もしかしてこれ、女子中学生っぽさを演出しようとしているのか。そうだとしたら頭が痛くなる。
「はい? …………えっと、あなた中学生? どうしてこんな所に…………」
入口に近い机に座っていたのは、おそらく三年生だろうか。生徒会長ほどではないが、おっとりとして優しそうな人だなと思った。
「えっと、すみません先輩。僕の関係者です。えっと、その…………」
しまった、斑鳩さんと僕の関係性を話しておくべきだった。馬鹿正直に、彼女は刑事で自称探偵で、自殺事件の調査のために来ました、なんて言ってみろ。追い出されるどころの騒ぎじゃない。
そんな風に僕が迷っていると、斑鳩さんは突然僕の腕に絡みついてきた。まるで恋人のように。
――――――――――は?
「私―、おにいちゃんに頼んでもらってー、学校の見学にきたんですー。それで私、中学校で文芸部だしー、文芸部の部誌を、この間の文化祭で見て、すっごくよかったなって思ったので、ちょっとお話聞きたいなーって思って、来ちゃったんですー!」
どうしよう。すごく頭が痛い。この人は、何を考えているのだろう。
妹? バカなのか? しかもその本当に頭の悪そうなキャラ設定はなんだよ。いないよそんなあほそうな文芸部員は! しかも僕が兄かよ!!
「うわー、ドン引きなのです」
陽香はそう言って、ひどく冷たい目で僕たちの方を見ていた。――――――というより、完全に僕の方を見て言っている。完全に僕に対してドン引きしている。
僕が言わせたのでもないし、僕が腕にしがみつけと言ったわけでもない。しかし幽霊の陽香に、その事を伝えるのは不可能だった。
「そ、そういう訳で、どうですか。お時間取らせてもらっても、よろしいですか?」
この状況についていけず、声が震えてしまったが、しかし動揺がこの程度で済んだのだから、逆に偉い方だろう。
「えっと、ちょっとまってね。…………
この先輩と、文芸部長は仲がいいのだろうか、呼び捨てで部室の奥の方に声をかける。
「はいはい、そんな大声だすなよ、聞こえてるって。お客さんだろ、中々殊勝だねえ。こんな所にわざわざ見学かい」
部屋の奥からぬるりと現れたのは、背の高さを猫背で打ち消しているような体格で、制服をぼさぼさにしてきている、そんな人だった。深くにも、シンパシーを感じてしまう。
「とりあえず、自己紹介かな。こっちのが
そういって文芸部長こと、生駒零士先輩は語り掛けてきた。その視線は、文芸部を見学に来た斑鳩さんの方ではなく、僕の方を向いていた。
「これから色々とあるかもしれないけど、今後ともよろしく」
その含みのある言葉は、どう考えても部活の見学に来た人に言うセリフではなかった。
頭痛はまだ止まらない。
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