第10話 7月5日(金)



「よし、では行こうか」


 鳴海高校の校門前で、僕と陽香と、それとなぜか斑鳩さんは三人で集合していた。


「……………………行こうかって、僕はまだあなたのその恰好に納得してはいないんですけど」

「まあまあ、そう言わないでくれたまえ。確かに年齢的にはきついかもしれないが、幸いにも私はかなり幼く見られるほうだ。見た目から年齢がばれる事もないだろう」

「僕はあなたの年齢を知っているから、中々にきついんですよ」

「はは。君も言ってくれるじゃないか。しかし、この服を着るという事は、とてつもなく大事だという事を君だって知っているだろう。なにせ昨日君が発見したあの部誌は、おそらくとても重要な物的証拠である事は疑う余地もない。となれば、私自らが出向いて確認する必要があるのさ。私のこの、超能力でね。なにせ嘘を見抜く超能力だ。こればかりは、君に出向いてもらって電話越しなんていう方法は通じないからね。したがって、私がここにいる事も、私がこの恰好をしている事も、すべては必然なのさ。お分かりかい?」

「すいません、その恰好だけは意味わからないです」


 僕がここまで拒否反応を示すのにも、理由が当然ある。僕の今目の前にいる斑鳩さん。だからだ。

 ……………………中学校って!!

 斑鳩さんは今、二十四歳だから、つまり十歳近く歳をごまかした上での、女子中学生の制服という事になる。


「でも、そんなにきついですかね。りょーたんはともかく、私からすれば普通に似合っているです」


 確かに似合っている。それは間違いない。本人の言う通り斑鳩さんは幼い見た目だし、中学生の服を着て中学生と偽れば、誰も彼女が二十四歳だとは思うまい。なんだったら、普段通りの服装をしていても、中学生に間違えられるかもしれない。

 だがこの場合の問題は、見た目ではない。


「二十四歳の知り合いが中学生のコスプレをしているのは、結構きついものがある…………」

「何か言ったかい、賀上君」

「いえ、何も言ってません」

「嘘は良くないな。私の前で嘘をつくとはね」


 そうだったこの人嘘を見抜くんだった!


「……………………中学生の恰好が似合っているなんて、流石だなと、年齢を感じさせない可愛さがあるなと、そう言いました」

「おほめにあずかり光栄の極みだが、しかし賀上君。それも嘘だろう。まったく、そんな褒め言葉で私が君の嘘を許すとでも? やれやれ、私がそんな、漫画のキャラクターみたいなチョロさだと思われていたのなら、遺憾の極みだよ。ほら賀上君、正直に言いなさい。今なら、さっきの褒め言葉の分くらいは許してあげよう」

「……………………すみません、結構きついと言いました」

「よろしい。本当はよろしくないが、特別に許してあげよう」

「ありがとうごさいます………………………」


 そんな会話をしつつ、僕たちは鳴海高校の文芸部へと向かう。

 そもそも、なぜこんな事になったのか、なぜ斑鳩さんは中学生の恰好で鳴海高校に来ているのか、それは昨日の話だ。


『ふむ、なるほど。文芸部の部誌か……………………』


 昨日、生徒会室への侵入を果たした後、僕は夜の間に斑鳩さんへ電話をかけていた。斑鳩さんは忙しいみたいなので、電話に出ない可能性もあったが、斑鳩さんへの電話は予想に反しすんなりつながった。


「ええ、そうです。その部誌が、事件の手がかりになりそうなんです」

『で、賀上君。だいたいの事情は聞いたから分かったとして、肝心の小説には、何が書いてあったんだい?』


 斑鳩さんの問いかけに、僕は一瞬だけ黙ってから答えた。


「そのものずばり、ですよ」

「…………事件の内容。それはつまり、してあったという事か」

「ええ」


 文芸部長が書いたその小説、『罪と罰と謎』というタイトルなのだが、その小説内の事件が驚くほど今回の事件と一致したのだ。

 小説の内容は、ミステリーのようなホラーのような内容だった。

 とある島の洋館に、合宿で来ていた大学生の主人公たちは、その島に台風の影響で閉じ込められてしまう。そしてその洋館で、殺人事件が起きる。不可解な遺体の状況や、密室の謎。これらが主人公を追い詰め、そしてついには身内で仲間割れを初めてしまう。そんな中、新たな謎が現れる。ポルターガイストのような現象や、なくなる死体達。そして主人公たちは、ついに全滅してしまう。

 オチとしては、実は主人公たちはかつて人を殺してしまっていた。その被害者の呪いで殺人事件は起きていた。呪いによって被害者は自殺を選び、そして亡霊が遺体を猟奇的にしていたのだ。

 そして全員を殺した亡霊は、ひっそりとその島の奥深くで黄泉がえり、そこで物語は終わる。


『なるほど。どちらかといえばミステリーというよりホラーか。しかし文化祭の小説にしては内容が凝っているね。小冊子では書ききれないだろうに』


 僕の伝えた小説の内容を聞いた斑鳩さんの、最初の感想はそんなものだった。


「まあ、内容としてはダイジェストに近かったですよ。最後の方に、この小説を肉付けして文芸賞に送るって書いてありましたし」


 文芸部長からすれば、この小説のあらすじの評判を聞いて、実際どんな小説にするのか決めたかったのだろう。


『しかし、そこまで事件の内容と被ってはないだろう。確かに今回の事件、自殺とみられているし、そこには超能力が十中八九関わっている。しかしそれだけしか被っていないではないか。しかも小説では超能力ではなくあくまでも呪いだったし』

「確かにそこだけだとそう思うかもしれませんが、しかし本題はここからです。問題は殺され方なんですよ」

『殺され方?』


  小説の被害者は、全部で七人。そのうち最初の三人の殺害方法が、実際の事件と一致している所が多かった。


「まず最初の被害者は、飛び降り自殺です。この第一の被害者の死によって、事件は始まる訳なんですが。この自殺した遺体は、バラバラになってそれぞれが別の場所で見つかります。つまり自殺した遺体を動かした人間がいるのですが、全員にアリバイがあるという状況です」

『まあ、犯人が亡霊である以上、アリバイはまったく意味ないが。確かに飛び降りという点においてはそっくりではある』


 実際、飛び降り自殺という点しか一致してないが、一致率が高いのはここからだった。


「次の事件。被害者は天井につるされた糸よって宙に浮いた状態で発見されます。まるでマリオネットのように。しかも死因は窒息死です」

『それは…………かなり一致しているな。窒息死という点も、糸でつるされるという点も』

「第三の事件も一致してるんですよ。被害者は密室で発見されるんですが、壁や天井、床のいたるところに魔法陣がかいてあります。それはもう、部屋の中で下手に移動できないくらいに。この事から、この部屋は小説内で密室という事になっています」

『ふむ、魔法陣による密室か…………実に興味深い。おそらくその小説は、この事件のキーアイテムになりそうだ』

「ええ、おそらく、その文芸部長が何か知っているんでしょう」

『犯人、もしくはその関係者という可能性もあるが、しかし他にもう一つ可能性があるな』

「もう一つ?」

『その文芸部長が予知能力者だという可能性だよ』


 その言葉に、僕は愕然とする。

 僕は今まで、この文芸部長が事件の関係者だと思っていた。しかし、超能力者がこの世にいる以上、その情報も超能力で手に入れたものかもしれないのだ。


『犯人であるにしろ、犯人で無いにしろ、調査の必要があるな』

「じゃあ、明日その文芸部を当たってみます」

『いや待ってくれ。君だけでは危険だろうし、ちゃんと情報も入手できるかはわからない。私が直接出向く』

「はあ、でも、どうやってですか。学校の許可を取るにしても、理由が無きゃ厳しいですよ」

『はは、なあに、心配いらないさ』


 そこで斑鳩さんは、一呼吸おいてから決め台詞のようにこう言った。


『私に考えがある』



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