第7話 6月28日(木)



 立ち話もなんだからと、探偵につれられたのは喫茶店だった。チェーン店のような店ではなく、マスターがいるような本格的な喫茶店だった。入った事のない店で、とても緊張する。

 店の中は僕たち以外には誰も居ず、静かな時間が流れている。


「私はこういうものだ。この間手帳は見せたが、それだけでは足りないだろうと思ってね」


 そういって彼女は、席に着くなり名刺を渡してきた。思わず、名刺の受け取り方を頭でシミュレートするが、彼女は適当に片手で渡してきた。そんな適当ぶりでいいのだろうか。


「警視庁刑事部捜査第五課、斑鳩藍、ですか。捜査第五課なんてあるんですね。捜査二課くらいしかないと思ってました」

「捜査一課が強行犯、捜査二課が知能犯、捜査三課が強盗犯、そして捜査四課が暴力団だ。もっとも、警視庁に捜査四課はないがね」

「へぇー、なるほど」

「そして捜査五課は、特殊犯を扱う課だ。一般には公開されていないがね」

「特殊犯…………ですか…………」

「そうだ。ちょっと突飛もない事を今から聞くが」


 そう言って彼女は、一呼吸おいてからこういった。


「君は、超能力を信じるかね?」


 …………………………………………。

 やばい、この人やばい。

 警察関係者なのに探偵を自称して、捜査五課とかよくわからない部署の人間を名乗って、挙句の果てに超能力とか言い出した。


「りょーたん、この人ちょっとやばい人ですよ、ここは愛想笑いをしてごまかしつつ、早急に逃げるのがベターです」


 陽香もどうやら怪しい匂いを感じたらしく、撤退を進めてくる。


「君も知りたくはないかい? 輿水さんと真純さんの死の真相を」


 その言葉に、浮かしていた腰をもう一度椅子に落ち着かせる。


「…………その口ぶりだと、あなたは知っているように聞こえるですけど」

「いや、知らないさ。だからこうやって聞き込みをしているんじゃないか。少しは考えたまえよ」

「はっはー、殴っていいですか?」

「りょーたん落ち着いて!!」


 この女、ふざけているにも程があるんじゃないだろうか。さっきから人をおちょくる事しかしていない。


「ただし」


 さっきまで軽薄そうな笑みを浮かべていた彼女は、そこで初めて真剣な顔つきをした。



「だいたいの検討はついている。少なくとも、自殺ではないという事はわかっているさ」



「……………………二人の死は、自殺って事でけりが付いたはずですが」

「でも、君だって二人の死が自殺だなんて、納得してはいないだろう? ましてや、真純さんについては言わずもがなだ。なんせ君は、彼女の死体を直接見ているんだから」

「……………………」


 その事を知っているのなら、この人はたぶんかなりの事を調査済みなのだろう。

 陽香も何かを感じ取ったのか、さっきから静観している。


「さて、本題に入ろう。彼女たち二人の死については、不可解な点が数多い。一見自殺に見えるが、その直前に意味不明な行動をしているんだ。輿水さんなら腹部に包丁を指す行為、真純さんなら自分の手首足首をつるす行為」

「輿水の包丁って、本当だったんですか」

「ああ、そうだよ、細かい説明もしなくてはね。君は、知らなかったのかい?」

「ええ、まあ。噂話では聞いてましたけど、それが本当だったなんて」


 じゃあ、事件の詳しい説明をしようか。

 そういって彼女は、持っていたカバンからファイルをとりだした。中には写真やら書類やらがびっしり入っている。

 どうやら、そのファイルがこの事件の捜査資料というやつなのだろう。


「まず輿水さんの件だね。被害者は輿水凛、歳は十六。幼いころは公立榎見小学校に香っており、そこから公立鳴海中学校を経て、県立鳴海高校へ進学した。部活は料理部で、成績はそこそこ。理系科目が得意だったそうだね。どうだい、あっているかい?」

「……………………そんな事、知っている訳ないじゃないですか」

「はは、嘘は良くないな、賀上君。君は知っているじゃないか」

「……………………僕の事、結構調べているんですね、名前は名乗っていないはずですが」

「まあ君は一回取り調べを受けているしね。その時の資料で君の名前を知っていたのさ」


 それにしたって、いくらなんでも知りすぎである。そもそも取り調べでは、僕が輿水と幼馴染だなんて一回も言ってないし、聞かれてもいない。あくまで聞かれたのは、陽香の事についてのみだ。


「事件当日、その日は文化祭の片づけ日で、午後にもなれば人はほとんどいなかった。彼女のクラスや部活も、午後には解散となっていたらしい。そしてその後の彼女の消息は不明という訳だ。

 殺された時刻は、午後六時頃と見られている。音楽室で腹部を包丁で刺された時刻は、それより少し前だね、おそらくは。音楽室で何者かに包丁で刺された彼女は、その後なぜか屋上に向かっている。この時の腹部の傷は、死体の状況からかなり深い傷だったらしい。それにも関わらず、血痕の状況から、歩行のスピードは普通に歩くレベルだったらしい。つまり急いではいなかった。また、包丁からは被害者本人の指紋しか検出されなかった。そして屋上にたどり着いた彼女は、そこで靴を脱いで揃えて、自分の腹部の血でメッセージを残してから、飛び降りた。これが大まかな事件の流れだ」


 どうやら、学校で流れていた噂話はほとんどが正しかったらしい。ただ、勿論初めて聞いた情報もある。


「その、腹部の血で書かれたメッセージというのは」

「ああ、それか。ただ一言、“死にます”だよ。被害者の人差し指が血で濡れていたし、まあ本人が書いたものだろうとみられている」

「そうですか……………………」

「なんというか、本当に自殺としか思えねーです」


 陽香の言葉に、内心でうなずく。自分で腹部を刺したという点以外は、どう見ても自殺にしか思えない状況だ。自殺という証拠があまりにも残りすぎている。

 違和感を覚える程に。


「だからこそ、自殺を疑うべきなのさ。ここまで証拠が残っているのは、いくら何でも奇妙にもほどがあるだろう」

「!」


 内心で考えていた事を、まるで読み取ったかのように斑鳩さんは返答した。


「さて、次は第二の事件、真純さんについてだね。彼女は事件当日、部活に出ている。合唱部の方だね。しかしそんなに遅い時間まで練習はしていなかったらしい。五時頃にはもう帰ったと、部活の友達が証言している。その後真っすぐ帰宅したとすれば、五時半には家につくだろう。実際、自殺したとみられているのもそのぐらいの時間帯だしね。

 そして彼女は遺書を書き、首を吊った。しかしそこで問題が出てくる」

「手首や足首を吊るした事ですか」

「そうだ。この際理由は置いといても、どうやってやったのかという点が解決しない。一応遺体の状態から、死ぬ直前に吊るされたらしいという点は判明したが、しかし肝心の方法はわからないのさ。それこそミステリー小説のようだ」

「……………………」


 横目でちらりと、陽香の方を見る。今話しているのは、陽香自身の死についてだ。何かショックを受けていなければいいんだけど……………………。


「そっかー、あの紐は、死ぬ前に結んだんですか。一体誰がやったんですかねー」


 ……………………どうやら本人は何も気にしてないようだった。というか、気にしてないにも程がある。もうちょっと、深刻そうに受け止めろよ。


「このように、彼女たちの死には不自然な点があまりにも多い。少なくとも、自殺だったという事実だけで済ましていい問題ではないだろう。では単純な他殺か? しかしそれでは説明がつかない事も多い。自殺のようであり、他殺のようでもある。自殺とするには他殺とするにも不自然だ。では他にどんな可能性があるだろうか。そこで話は最初に戻る訳なのさ。超能力という、存在にね」

「……………………にわかには信じがたいんですが。本当に超能力なんて存在するんですか」

「まあそういうと思ってはいたよ。よし、では証拠を見せようかな。賀上君。これから私がする質問に、すべてはいと答えてくれ」

「はあ、別にいいですけど……………………」


 何をする気だろうか。というかこれは、うそ発見器のようだな。つまり彼女の能力って――――――。


「一つ目。年上と年下では、年上の方が好みだ」

「ぶはっ!!」


 急に予想外の質問が来て、思わず吹き出してしまう。


「なんなんですかその質問! ふざけているんですか!!」

「まあまあいいから、さっさと答えたまえ、君は年上の方が好きだ」

「…………はい」

「なるほど、年上がタイプか。じゃあ私なんてもろに君のタイプなのかな。24だし」

「いや、どう見ても年下にしか――――――二十四歳!?」


 マジか。とてもそうにはみえない。ふつうに年下だと思っていた。

 いやそれより、今この人は僕を年上好きだと言った。確かに僕は年上好きだけど、それを当てたのか? いや、そうは言っても、年上か年下かなんて、二分の一の確率でしかない。仮に外れていたとしても、誤魔化す方法なんていくらでもあるだろう。

 ―――――それよりも、陽香の表情が“りょーたん年上好きだったんですねー”と言わんばかりのにやけ顔なのを何とかしたかった。


「二つ目。海と山では海の方が好きだ」

「はい」

「山が好きなのかい。男子高校生なんて皆海が好きだと思っていたが。もしかして、泳げないのかい?」

「はい」

「そうかそうか、泳げないなら、海は嫌いだろうね。三つ目、友達は多い方だ」

「はい」

「なんだ、少ないのかい。私も友達は少ない方だが、しかし以外だね、君はそこまで集団に馴染めない性格ではないと思うが。四つ目、運動は得意である」

「はい」

「五つ目、勉強は得意である」

「はい」

「なるほど、勉強はそうでもないと。しかし鳴海高校は進学校だからね、謙遜しているのかな。しかし勉強だけではいけないな、しっかり運動もしないとね。六つ目、輿水さんか真純さんのどちらか、もしくはその両方と付き合った事がある」

「はい」

「まあ、付き合った事はないだろうね。あるいは、両方と付き合っていたという可能性を考えてはいたけれど。七つ目、家族との仲は良い方である」

「はい」

「それは重畳。いい事だ、家族との仲がいいというのは。八つ目、恋愛が苦手である」

「はい」

「それは良くないな。若いのだから、恋愛をするべきだ。それはきっといい経験になる


 ……………………さっきから、何事もないかのように振舞ってはいるが、しかし内心では緊張と恐怖でいっぱいだった。

 はいといいえしかないとはいえ、ここまで自分の事を当てられるだろうか。勿論、このレベルの質問は、事前に調べようと思えば調べられるだろう。しかし勉強の事について当てられた時は、はっきり言って寒気がした。

 僕は、勉強が得意ではないと自分では思っている。しかしその一方で、成績はクラスの中でも中間程度だし、そもそも鳴海高校は進学校だ。僕の事を調べ上げた人間なら、百人中九十九人は“賀上涼汰は勉強が得意である”と結論づけるだろう。僕が勉強を得意じゃないと思っているのは、あくまでも自己認識の話だ。

 にも関わらず、目の前の彼女は、僕は勉強が得意ではないといった。それはつまり、事実ではなく僕の認識を言い当てたという事だ。

 はっきり言って、普通では無理だ。こんなひねくれ者の性格を予想するのは。

 つまり考えられる可能性の一つは、僕の心を読んだとか、そういう話だ。


「九つ目」


 彼女、斑鳩さんは、含みを持たせたように九つ目の質問を切り出した。


「君は、輿水さんや真純さんの死について、重要な真実を知っている」

「!!」


 その質問は、今までのとは毛色が違った。今までの質問はいわば、心理テストのような内容の質問ばかりだった。でも、この質問は違う。間違いない、この人は僕が何かを知っていると思っているのだろう。


「……………………」

「おや、どうしたのかね、この質問はそんなにも答えづらいものだったかい」

「……………………知りませんよ、僕は」


 かろうじて出す事の出来た言葉は、軽く震えていた。陽香の方を見ると、陽香も心配そうな眼で僕を見ていた。それでも僕は、言葉を紡いでいく。


「輿水や陽香がなんで死んだのかなんて、僕が知る訳ないじゃないですか。むしろ僕が聞きたいくらいですよ」

「……………………そうか、よくわかったよ。じゃあこれで最期の質問だ。君は、輿水さんや真純さんの事件の、不可解な状況に心当たりがある」

「?」


 なんだその質問は。さっきと聞いている事があまり変わらないような気もするが……………………。


「…………心当たりはありません」

「そうか、まあだろうね。付き合ってくれてありがとう。それで、どうだったかい」

「はい?」

「とぼけないでくれよ、超能力だよ。これで、なんとなくわかったと思うけれど」

「…………確かに、信じざるを得ないかもしれません。嘘を見抜く能力ですか」

「この通り、ご名答。私の超能力は、相手の発言に嘘があるかを見抜く能力だ。中々に便利だろう? 超能力、我々はPSIと呼んでいるが、私のPSIはこういった調査に向いていてね、こうやって聞き込みをしているのさ」

「なんというか、凄いですね。初めて見ました、超能力ってやつを。まさかこの世に本当に存在していたなんて」

「はは、とか言って、その実あんまり信じていないじゃないか」


 ばれた。どうやらこの人の前で、適当なおべっかは通用しないみたいだ。


「さて、どうやら君に超能力の存在を認知してもらったところで、一つ相談がある」

「相談ですか…………」


 正直言って超能力については半信半疑であるが、それは置いといて、相談とは一体何だろう。

 怪しいところがありまくりとは言え、一応は刑事であるこの人が、ただの高校生に頼み事とは、いくら何でも不自然だ。


「賀上君、君に、今回の事件を捜査するにあたっての協力者になってほしい」

「はぁ?」


 協力者? 僕が? 何かの悪い冗談か?


「言っている意味が分からないんですけど…………」

「単純な話だよ。この事件、鳴海高校の人間が狙われていると考えるのが当然だろう。もし仮に次の被害者が出るならば、鳴海高校の人間である可能性が高いし、そうでなくとも、鳴海高校には犯人への重要な手がかりがある可能性が高い。しかし私が鳴海高校へ調査に赴こうとしても、所詮部外者、深く立ち入った話はできそうにもない。そこで、鳴海高校の関係者の協力があれば、調査もスムーズに進むと思うのだ。それに君が調査をするならば、なんら不自然な事もあるまい。君は大事な幼馴染を亡くしているのだからね。どうだい、私に極力して、私とともにこの事件の謎を解明する気にはならないかね?」

「………………………」


 理由は納得できる。結局、この人は、鳴海高校を調査するにあたり内部の協力者が欲しいだけなのだ。僕を、利用しようとしてる。

 

「りょーたん、ここははっきり断るべきです。こんな自称探偵で自称超能力者のいう事なんて真に受けないのが正しい判断ですよ」


 陽香も、斑鳩さんから怪しい雰囲気を感じたのか、断るべきだとアドバイスをしてくる。その表情はいつもと違い、とても真剣だった。確かに、この人は怪しい。この提案に乗ってしまったら、もしかしたら僕は大事なものを失ってしまうかもしれない。

 答えは決まっていた。


「引き受けます。あなたのためじゃなく、事件の解決のために、あなたに協力します」

「りょーたん!?」


 陽香が、驚きと困惑の入り乱れたような表情で僕をみる。

 分かってくれ、陽香。僕は、輿水と陽香、二人の死の真相が知りたいんだ。


「そういってくれてなによりだよ、賀上君。さてそれじゃあ、と」


 またも斑鳩さんは、バッグをごそごそとあさり始めた。さっきから陽香が僕の背中をポコポコ叩いているので、できれば早めに出してほしい。


「よっと、大分下の方に行っていたみたいだ」


 そういって取り出したのは、何てことない普通のスマートフォンだった。

 ……………………しいて特徴を上げるならば、大分キラキラでファンシーなカバーがついているところだろうか。色なんてショッキングピンクとか薄いピンクとか、まさにピンクって感じの配力だし。

 この人、こんな探偵服着といて、カバーこんなんなんだ。なんかショックだな。


「ほら、賀上君も携帯だして」

「え」

「何呆れているんだい、携帯を出したんだからやる事なんてただ一つだろう」


 彼女はそこで、僕の方を見てはにかんだ。


「番号交換だ。ふふ、なんだか青春みたいだね」

「……………………」


 言いたい事は割とあったけどスルーして。

 こうして僕の少ない連絡帳に、新しい人が追加されたのだった。


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