第6話 6月28日(木)



 結局その日は、何事もなく過ぎていった。

 そりゃあ勿論、細かな事件は多々あった。

 授業中陽香が話かけてきたから返事したら、あいつ頭おかしくなったみたいな眼で見られたり。

 陽香が変顔して笑わせてくるから我慢してたら、なにこいつみたいな眼で見られるし。

 体育の着替えでも陽香がそばにいるから、恥ずかしがってオドオドと着替えてたら、男同士の着替えで意識しちゃってる変態を見るかのような眼で見られるし。

 ……………………冷静に考えると、これ結構やばいな。今日来たばかりだけど、さっそく明日から、不登校になる事も視野に入れなくてはいけなくなってしまった。

 そして現在。僕は陽香と一緒に下校してた。


「どうしたんです?」

「いや、明日からの学校生活を憂いていた」

「ああ、友達いないから」

「気にしている事をばっさりいうなよ! 気を利かせてくれよ!!」

「でもほら、私が居るんですから、気にする事ないじゃないですか」

「幽霊はな、体育の時に一緒に二人組を作ってはくれないんだよ」


 ましてや、クラスで男色家の疑いがある人間と組んでくれる人は居なかったのである。おかげで、体育のぼっち恒例の先生との二人組になってしまった。


「でもそしたら、私が手伝えるのです。私、触れる幽霊ですし」

「いや、結局一人だから。はたから見えない事には意味ないから」


 今日一日を過ごしてわかった事がいくつかある。

 一つは、陽香はものに触ったり触らなかったりを自分で意識して変えられるという事。もう一つは、僕以外の人間には陽香は見えていないという事。重ねてもう一つは、他人に憑依できるという事だ。

 幽霊としては、かなり自由なタイプだと思われる。ただ、僕以外の人間には見えないという事実は、悲しい事実ではあった。

 それはつまり、陽香の両親には見えないという事と一緒だからだ。特に陽香のお母さんには、陽香の元気な姿を見せてあげたかった。まあ幽霊の姿を元気な姿を言うのかどうかはおいといて。

 陽香のお母さんは、心労がたたって入院中だ。なんでも、陽香の自殺が自分の所為だと思い込んでいるらしい。当の陽香本人はけろっとしているのにも関わらずだ。

 だからこそ、この陽香の姿をみせたいのだが――――――。


「……………………」

「いやー、そんなに見られると照れるのです」

「はぁぁぁぁ」

「ちょっと、そのため息はどういう意味ですか」


 この能天気な姿は姿で、ショックを受けんじゃないだろうか。


「そうだ、陽香。話変わるけどさ。どっか寄りたいところとかある? せっかく幽霊になったんだし、普段行けないところとかさ」

「んー、とりあえず今日は家に帰りたいです。まだあんまり家に帰れてないですし」


 そっか。幽霊になったのは昨日の今日。さすがに家に帰りたいか。


「よし、それじゃあ真っすぐ家に帰るかー」

「その前に、ちょっといいかな」

「え」


 気が付くと、


「やあこんにちは、久しぶりだね。この間は具合、大丈夫だったかい? そうでなくとも、今君は大変な状況だろうからね。むしろ私としては、今日君がこうして学校に行っているという方が驚きだったよ。てっきり家に引きこもっているかと思っていたからね。勿論、そうあってほしいというわけではないが。職業柄、身近な人の死で立ち直れなくなって人は大勢見てきたからね。君のような将来がある若者には、死を乗り越えてほしいと切に願っているんだよ、私はね。それで、今日君に話かけた本題だけれど、分かっているだろう。君の幼馴染である輿水凛さんと真純陽香さんの死について聞きたい事があるんだ」

「……………………えっと、りょーたん。この人は………………………?」


 後ろを振り返ると、どこかで見たことのある人が立っていた。綺麗な黒髪に真っ黒な探偵服。そして僕よりも小柄な体格。

 間違いない。陽香が死んだあの日、僕に聞き込みをした自称探偵だ。


「………………………えっと、自称探偵さん、ですよね」

「!!!!」


 目の前にいる人が探偵だと暗に陽香に伝えると、陽香は過敏に反応した。横目で見ると、何だか怖がっているようにも見える。


「自称とは、ひどい言いぐさだね。それで、時間いいかい? 真っすぐ家に帰らなくてはいけない理由が何かあるなら、引き留めないがね」

「………………………」


 そんな風に嫌味っぽく言われては断れず。

 どうやら今日一日は、何事もなく終わりそうにもなかった。



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