第2の事件
第4話 6月27日(水)
陽香の遺体を見てからの事は、あまりよく覚えていない。
気が付くと、病院のベッドの上にいた。僕が陽香の遺体を見つけた後、陽香のお母さんが帰宅して陽香の遺体と僕を発見したらしい。その時僕は気絶していたらしく、こうして入院となった。
眼が覚めるやいなや、僕は警察署に連行された。なにせ僕は第一発見者だ。疑われるのは当然の流れともいえた。強面の刑事に事件当日の事を色々と尋問された。精神的に参っているときの尋問はとても負担が大きく、結局大した話もできないままに開放された。ただ、気持ちの整理がついたら、もう一度警察関係者が話を聞きに行くかもしれないと言われた。警察関係者というあやふやな言い方は気になったけれど、深く考えない事にした。何かを深く考える余裕もなかった。
通夜や葬儀は、その後執り行われた。遺影には友達と撮ったであろう写真が使われた。とても楽しそうな、いい笑顔だった。陽香のお母さんは居なかった。なんでも入院しているらしいと、母親から後で聞いた。自分の娘が突然死んだのだ、無理もないと言えた。
葬儀が終わって、自分の部屋に帰ると、突然涙がこぼれ落ちた。陽香が死んだんだと、その時初めて実感したのだ。
そして陽香が死んで一週間。僕は学校に行かずに自分の部屋のベッドで、ただぼーっと過ごしていた。何もやる気になれない日々が続いていた。
「………………………なんで自殺なんてしたんだよ」
自殺。それが警察の出した結論だった。
陽香の死因は首を吊ったことによる窒息死。そのほかにも手首や足首も紐でつるされていた。家や部屋に鍵はかかっておらず、最初は他殺だと思われたが、部屋に争いの痕跡がない事、他人が家に入った様子や証拠が存在しない事、そしてなにより陽香直筆の遺書が発見されたことで、陽香の死は自殺だと結論づけられた。
その話を、僕の事情聴取を担当した刑事から聞かされたとき、とてもじゃないけど信じられなった。
陽香はとても自殺をするような人間じゃなかったし、そして何よりあの遺体の状況で自殺と信じる方が無理だろう。
あんな冒涜的で、儀式的で、猟奇的な遺体を見て、なんでそんな結論を出せるのか、その方が不思議だった。
「……………………」
一人でいると、昔の事ばかり頭に浮かぶ。
陽香と輿水、三人でよく遊んでいた記憶だ。小学校の頃は、家も近かったこともあって三人一緒にいることが多かった。
近所の公園で遊びまわって、泥だらけになって帰って来たことは一度や二度じゃなかったし、家族ぐるみで遊びに出たこともあった。
高学年の時、あの事件があってからも、僕たちは一緒にいた。中学校になったら陽香が私立に行ってしまい、輿水とも疎遠になってしまった。
「なんで、僕は……………」
なんで僕は、いつも間に合わないんだろう。小学校のあの事件だって、僕が気づいていたら別の結果になったのかもしれない。輿水への気持ちだって、もっと早く気づいていればよかったんだ。そうすれば輿水の支えになれたかもしれない。陽香が自殺するほど思いつめいていたなんて、知りもしなかった。
「ちくしょう、ちくしょう…………」
小さなベッドの上で、ただ自分を責める行為だけが延々と続いている。
そしてこの行為は、とても終わりそうには思えなかった。
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深夜、僕は家を出て散歩をしていた。
気分をリフレッシュとかそういう建設的な理由ではなく、むしろかつての陽香や輿水との思いでの場所を巡ろうという、ナイーブで退廃的な理由だ。
通っていた小学校や中学校、商店、浅めの小さな川など、かつて三人で遊んだ場所を巡っていく。
「そういえば、色々と遊んだっけな……………………」
過去のきらびやかな思い出を思い出せば思い出すほど、僕の心は黒いヘドロに覆われたようになる。
なんで、どうして。そんな感情をあの二人にも、そして自分にも延々と向けてしまう。
「………………………」
もう時計の針はてっぺんを過ぎ、僕は近所の公園に来ていた。
この公園はそれなり大きい公園で、遊具の類も充実していたし自然も多かった。最も、最近では遊具も撤去されたのが多く、かつての思い出の中の公園よりも寂しそうに見えた。
「ふぅ、よっこいしょっと」
僕は、かろうじて残っていた遊具の一つである滑り台の、いちばん上の所に座る。ここに座ると、公園の中を一望できた。
眼を閉じる。すると、陽香と輿水の顔が思い浮かぶ。小学校の頃、中学校の頃、高校の頃。そして、最期の顔。
「っっっっ!!」
そこまで思い浮かべて、僕は眼を思いっきり開ける。
陽香の最期のあの顔は、忘れたい光景じゃない。むしろ、忘れるわけにはいかない。それが最期を見た僕のできる事だと思っている。ただ、陽香との思い出を思い浮かべているときに思い出すべきでもないと、そうも思っている。笑顔だけを、思い浮かべるべきだと。
「ううううぅぅぅぅ」
今まで堪えていた涙が、急にあふれ出した。悲しいのだ、どうしようもない程。二人を失ってしまって、僕は今どうしようもない程に孤独だ。
「ぐすっ、ぐすっ」
深夜の公園で、男子高校生が一人で号泣していたら、最悪警察沙汰になるかもしれない。そう思って、僕はとりあえず立ち上がった。
これから帰るまでに、涙が乾けばいいけれど。
そう思ったその時。
ドンッ!!
急に誰かに、背中を押された。
「!? ちょっ、なんで――――」
文句を言う暇も、誰が押したかも確認する暇もなく、転がり落ちるかのように滑り台を滑っていく。
急に変わっていく景色と、転がり落ちる意識に思考が追いつかない。
「おい、誰がこんな事を――――――」
滑り台の終わりまで滑り落ちて、そこでようやく僕は後ろを振り返る。
そして、滑り台の上に立っている人間を見て絶句する。
「なーに呆けた面してるんですか、りょーたん。情けないですー」
そこにいたのは、まぎれもなく、僕の幼馴染の真純陽香その人だった。
「な、な、な、なんで陽香が…………」
僕がそう聞くと、陽香は困ったように右手の人差し指で自分のほっぺを掻いた。昔からの陽香の癖だ。言いづらい事があると自分のほっぺを掻く。
「あー、それが、なんというか……………………」
陽香は、一呼吸置いた後、とても言いづらそうにこういった。
「実は、幽霊になっちゃったみたいなのです………………………」
「は?」
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