第16話 イケメンの彼女は小顔の天使?
その日、ジムに行くと何だかフロアが騒然としていた。
「何かあったのですか?」
受付の方に聞いたところ、「あぁ、早乙女ナナさんが来ているのよ」とのこと。
「早乙女ナナって、あのアイドルグループの早乙女ナナですか?」
「うん。ここのエグゼクティブ会員なの。もともと、一条オーナーのお知り合いだったらしいけど」
へぇ。一条さん、トップアイドルとお知り合いなんだ。
とりあえず、私はアイドルを一目見ようと、野次馬根性丸出しで、トレーニングルームへと入って行った。
彼女はプライベートルームへつながるドアの前で、みんなに囲まれて、天使の様な笑顔を浮かべていた。その顔の小さいことったら。それなのに、おめめはお人形さんみたいに大きくて、長いまつげに縁どられている。
あぁ、可愛い。可愛すぎる。
ポケーッとアイドルを眺めていたら、「おい、野次馬。さっさとトレーニング始めるぞ」と一条さんに、声をかけられた。
「あ! 侑!」
その時、鈴を転がすような可愛らしい声がフロアに響き渡った。それに反応したように、一条さんが眉を寄せる。
「もう! 来ているの分かっているくせに、どうして無視するのよ」
人だかりをかき分けて、ナナちゃんが一条さんの近くにやって来た。
今、侑って呼んだ。
「悪い、ナナ。これからトレーニングつけなくちゃいけないから」
ほぉ。侑にナナ。名前で呼び合う仲か……。
もしかして、二人はできているのか?
私はそりゃもう興味津々に詮索の目を向けた。
「今日は仕事休みなのか?」
「うん。雨で撮影が中止になったから、半日だけ開いたの。侑の顔見たくて、来ちゃった」
「せっかくの自由時間を、こんなところで時間つぶしてないで、どっか行ったら?」
「もう! せっかくの自由時間だからこそ、侑に会いに来たんでしょ! そんなつれないこと言わないでよ! ね、侑、プライベートレッスンしてくれるんでしょ?」
ナナちゃんは一条さんの腕に絡みつくようにして、ブンブンと彼の腕を振った。
黒だな。絶対付き合っているな。こいつら。
確信の域に入った私の前で、一条さんは、チラッと私のことを見て、
「ごめん、今日は、予約入っているから。他のトレーナーあてるな」
と言った。
途端、ナナちゃんは、可愛い顔を膨らませて、一条さんを軽く睨む。
もう、どんな表情しても可愛すぎます。早乙女ナナ様!
「ナナは滅多に来られないんだよ? その予約の人に他のトレーナーあててよ。ナナは侑じゃなきゃ嫌!」
「ごめんな。先約優先しないと」
困った顔で、ナナちゃんの頭をポンポンと優しく撫でる一条さん。
ナナちゃんは、頬をポッと赤くして、すねた顔で横を向いた。
おぉ、イケメンによる頭ポンはアイドルにも効果があるようだ。
「じゃぁ、ナナもその人と一緒にトレーニング参加させて。それならいいでしょ?」
「俺は問題ないけど……。いいか?」
一条さんが、私に視線を向けた。
「あ、はい。もちろん、構いません」
私は何気なく承諾してしまったのだけど、それがひどい間違いであったことをその後に知る。
それは、いつも行う体重測定の時、すでに発覚した。
先に体重計に乗ったナナちゃん。
うおぉっ。
その体重に慄く私。
41キログラム? やばい……。私が目標体重になったとしても、全然、届かない……。
「ほら、花子。さっさと乗れよ」
自分の番が来て、体重計に乗るのをためらっている私を、一条さんが追い詰めてくる。
少しは乙女心に気付け、悪魔。
私はしぶしぶ体重計に乗った。
その時、その数値を見たナナちゃんが、口元を手で覆った。
い、今、笑いました? 笑いましたよね? 絶対笑いましたよね?
そんな感じで始まった二人のトレーニング。
それは、すぐに地獄のトレーニングへと変わっていった。
二人並んで柔軟体操を始めた途端、周囲に人だかりができてきて……。
そりゃぁ、今人気のアイドルですもん。みんな、見たいですよね。ジムに来ていたお客様はもとより、スタッフの方まで集まっているじゃないですか。
鏡に映る彼女と並んだ自分の姿ったら、もう愕然とするしかない。
隣にいるのは、スラリと伸びた手足に、小さな顔の天使のような少女。
彼女が横にいるだけで、いつもの1・5倍は太って見える気が……。
なんなの、この公開処刑!?
多分、みんなはナナちゃんしか見ていないだろうけど、それでも痛すぎる。
あぁ、ジムが携帯持ち込み不可でよかった。もしみんなの手の中にスマホがあったら、今頃、彼女の横で半分くらい見切れた私が無様な醜態を晒してSNSに公開されていたころだろう。
迂闊だったなぁ。
彼女はエグゼクティブ会員だから、プライベートルームで実施するのだと思っていたのに、今日はすでに先約が入っていたらしく、通常フロアで実施することになってしまったのだ。
「ねぇ、花子」
柔軟体操を終えたナナちゃんが私に話しかけて来た。
「あ、花子じゃなくて花って言います。一条さん、間違って呼んでいるので」
「ふーん、で、花子は何歳なの?」
聞いちゃいない。
なんか、このやり取りどこかでした気がするな……。
「25歳です」
「あはっ。結構おばさんなんだね」
お、おばさん……。
そりゃ、18歳のあなたからしたら、7歳も年上ですけど。まだ二十代ですから!
「ねぇ、ナナ喉乾いちゃった。ミネラルウオーター持ってきて」
私は付き人か!?
と心の中で突っ込みながら、素直に取りに行ってしまう私。
その途中で、
「ナナちゃんの隣にいた女、憐れすぎるな」
「あれな。施術前、施術後みたいな?」
とお客さんたちが話している会話が耳に入ってしまった。
さすがに凹むわ……。
その後のレッスンは、一条さんがプライベートルームを予約していた会員さんと話をつけたみたいで、上のフロアでやることになった。
単に、人だかりができて収拾がつかないと思ったのか、あまりに惨めな私を憐れんだのか分からないけれど、その後の公開処刑を免れて私はホッとした。
どうせなら最初から話しをつけてもらいたかったですよ。
そのエグゼクティブ会員さんは、ナナちゃんのファンだったらしく、二つ返事で承諾したらしい。
トレーニングを終えて、サインをしているナナちゃんを遠目に見ながら、酷い一日だったと、私は大きなため息をついた。
「なに、落ち込んでんの」
「別に……ちょっと疲れただけです」
ビフォーアフターのビフォー認定されましたとも言えず、適当に答えたら、一条さんは私の顔を覗き込むようにして見た。
「お前、まさかナナと自分を比較して卑屈になってんの? っていうか、同じ土俵に立ってないんだから、無駄に自分を追い詰めるな」
ぐはっ。
最後の最後に、一条さんの手によってとどめを刺された。
もう、立ち直れない……。
私ははぁと大きなため息を一つ残して、無言のままにその場を後にした。
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