第15話 再開したリベンジの陰で意外な再会が
「こんにちは、一条さん。今、お時間ありますか?」
会社帰りにジムに寄った私は一条さんを呼んでもらった。
「何、トレーニング再開する気になった?」
「あ、いえ。今日は、お礼を言いに来ただけです。こないだの」
「ふぅん、ケリつけたんだ?」
「はい。ケリつけるついでに、彼の急所にも蹴り入れてやりました」
「まじで? 若干、その男に同情するな」
苦笑いした一条さんは、少しだけ真面目な顔に戻して、
「もう大丈夫なのか?」
と聞いた。
「はい、大丈夫です。なんか、憑き物が落ちたみたいに、スッキリしました」
「あぁ、いい顔しているよ」
ふっとイケメンな笑顔を見せられて、うっかり見とれるじゃないか。
「で、いつから再開すんの? ジム」
「うーん。でも、ここに来る目的がなくなっちゃって。私、彼を見返してやりたくて、入会したんですけど、もう彼へのリベンジは別の形で果たしちゃったから」
そう言ったら、一条さんは何かを考えるようにして黙った後、
「お前さ、過去に傷ついた出来事を言ってみろ」
と言った。
「どうしたんですか? 急に」
「いいから言えって」
うーん。
「小学校の頃、スイミングスクールの男の子にトドが泳いでいるって言われました」
「他には?」
「クラスでお調子者の男の子に、どすこいってあだ名をつけられました」
「他には?」
「中学の頃好きだった人に、自分より体重の重い奴は対象外って、告白する前に振られました」
「他には?」
「もう……私を傷つけて楽しんでいるんですか? 思い出したくない思い出を、思い出させないでくださいよ!」
自分で言いながら結構な痛手を負った私は、彼に非難の目を向けた。
「違うって。なぁ、お前、ちょっと前にクリスマスツリー見に行った時にさ。痩せたら自信が持てるって言ったよな?」
「あれは……」
「俺は責任もって痩せさせると約束した」
突然彼はそんなことを言い出して、そして少し顎を上げて挑戦的に私を見ながら、ニッと笑った。
「お前はお前の過去にリベンジしたらいい」
◇◆◇
「花ちゃん、お久しぶり」
「あ。お久しぶりです。立花さん」
優しそうな笑顔を向けられて、私は一条さんが闇の帝王なら、立花さんは癒しの王子だななんて思い浮かべた。
「戻って来たんだ?」
「はい。なんだか、すみません。ジムにとってはいい迷惑ですよね。いくら永久保証だからって、長い間、居残られちゃ」
「全然。逆に助かったよ」
首を振って、彼は何だかクスリと笑った。
「侑は完璧主義でさ。スタッフへのあたりが結構厳しいんだ。でも花ちゃんがいると、それが和らぐから、いつもビクビクしているスタッフが今日は伸び伸びと仕事をしている」
「それって、叱られる対象がスタッフの方から私に移るためと言うことでしょうか? 確かに、いつも手厳しくやられていましたね、私」
頷いた私に、立花さんは楽しそうに微笑む。
「違うよ。花ちゃんに気を取られて、スタッフの細かい失敗まで、目がいかないってこと」
「あぁ、専属ですからね。分かりました、毎日通って、私がおとりとなり、彼の注意を引きつけます。皆さんには安心して仕事に取り組んでいただきたい」
シュッと敬礼すると、立花さんは苦笑いして、「そういう意味じゃなかったんだけど、まぁいっか」とつぶやいた。
「花ちゃんもたまにはプールに来てよ」
突然、話題を変えた立花さん。その誘いに、私は怯む。
「プールは、ちょっと……」
「泳ぐの苦手? 僕が教えてあげるけど」
「いえ、結構泳ぎは得意なんですよ。昔、一時ですけど、スイミングスクールに通っていたし」
「そうなんだ?」
「はい。でも、同じスクールの子にトドが泳いでいるって酷いこと言われてやめちゃいました。なので、プールにはあまりいい思い出がないって言うか、そもそも、立花さんの前で水着になるのなんて恥ずかしすぎます」
そう言ったら、立花さんはなんだかひどく驚いた様子で私を見た。
「どうか、しました?」
「花って……。美咲……花?」
「え? なんで、昔の苗字知っているんですか? 母が再婚して山田花なんて酷い名前になっちゃったんですけど」
驚く私に、彼は額に手を当てて、なんだか呆然として黙り込んだ。
「立花さん?」
「えっと……僕もね、小学校の頃、スイミングスクールに通っていたんだけど、ある日、年下の女の子に、自分のタイムを抜かれてね。すごく悔しくて、それで、僕は思わずその子に酷いことを言ってしまったんだ」
そう言って、彼はため息をつくように続けた。
「あいつはトドだからって」
「そ、それって……もしかして……」
「僕の名前は、立花亮介」
どっひゃー! 亮介! 虐めっ子でガキ大将で大嫌いだったあの亮ちゃん!?
信じらんない。この癒しの王子が、クソガキの亮ちゃん?!
「いやいや、立花さん。絶対、嘘でしょ? 一条さんが亮ちゃんだったならうなずけるけど、今の立花さんからは想像もつかない」
「僕もね、反省したわけよ。あの後、君がスクールをやめたって聞いて。きっと自分が傷つけたせいだって。だから、それ以来、女の子には優しくするようにしたんだ。今の僕があるのは君のお陰だね」
少し照れたような顔をして、亮ちゃんは苦笑いをした。
あぁ、こんなことって……。
二十年近い時を経て再会した、私の大嫌いな亮ちゃん。彼は、優しくて素敵な大人に成長していた。
「ごめんね、花。酷いこと言って。ずっと、謝りたかったんだ。本当にごめん」
「いいよ、亮ちゃん。でも、あの時、私がスイミングを続けていたら、スレンダーな女性になって素敵な人生を送れていたかもしれないから、それは亮ちゃんのせい」
一気に二人の距離感が縮まって、調子に乗った私はちょっとだけ意地悪を言ってみた。
「じゃぁ、僕が責任を取るよ。君の人生の」
そんな私の意地悪を、ニコリと素敵なスマイルであっさり返した亮ちゃん。
うっ。
ガキ大将だった彼は、女性の扱いもうまくこなせる男に成長したらしい。
きっと真っ赤になってしまっているだろう、自分と亮ちゃんとの恋愛経験値の差に、同じ十数年でこんなにも差が出るものなのかと、ため息が漏れたのだった。
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