第7話 イケメンによる頭ポンの威力は凄まじい
翌日、本格的に熱を出した私は、家でひとり横になっていた。
今日が休日でよかった。平日だったら、私の分の仕事をかぶることになる間宮君に体調管理くらいちゃんとしろって、絶対、嫌味を言われるだろうから。
昼前になって、ジムに連絡しなくちゃならないことを思い出し、憂鬱になりながら電話をして事情を話すと、
「もしかして、本当は昨日も具合悪かったの?」
と電話口の一条さんが聞いた。
「あの、それは、その……」
会社のトラブルなんて言わず、最初から具合が悪いと言えばよかったと思いながら、しどろもどろになっていると、電話口から小さなため息が聞こえて来た。
「具合が悪いことを言い出せないくらい、俺はお前の事追い詰めていた?」
怒鳴られるかと思っていたのに、神妙な声で聞かれて、はいそうですとも言えない。
黙り込んだ私に一条さんはそれをYESと受け取ったのかNOと受け取ったのか、それは分からなかったけれど、それ以上何も言わず、代わりに、「何か必要なものある?」と聞いた。
「え?」
「食料とか、飲み物とか、家にあんのかって聞いているの。一人暮らしなんだろ、お前」
「あぁ……大丈夫です。だいたい必要なものはあるので」
昨日、渚君がたくさん持ってきてくれたから、週末はしのげそうだ。プリンを口にするには、まだ胸の痛みが大き過ぎるけど。
「いいから、必要なもの言えよ。持って行くから」
「え? 大丈夫ですってば」
「とにかく、今からそっち行くから」
「えぇ?! ちょ、ちょっと、一条さん?!」
苛立った様子で、彼は一方的に電話を切ってしまった。
えー。ここにくるの?!
高校の頃のジャージに、親から送られて来たチャンチャンコ、おまけに髪はボサボサで、昨日からお風呂も入っていない。
来られたら正直、迷惑なんですけど!?
焦っている間に、ピンポンとインターホンが鳴った。
はやっ!
いくら近所のジムとは言え、普通に歩けば15分くらいかかる距離なのに、走って来たのだろう、数分で現れた彼は、少し息を切らした様子でインターホンの画面に映った。
「おい、早く開けろ」
相変わらずの傲慢さは変わりませんね。
「あの、今、人前に出られる姿じゃないんで……」
「はぁ? この俺が心配して来てやっているのに、何を言ってやがる。お前はもっと俺に恥ずかしい姿を晒しているだろうが。開けなきゃドアぶち壊すぞ!」
本当にドアを蹴りそうな勢いで怒鳴られたので、私は渋々ドアを開けた。
「風邪、うつっちゃいますよ?」
「たるんだお前の体と違って俺の体は
いちいち、一言多いんだよな……。
心配して来てくれたなら、もっと言い方ってものがあるじゃないか。
「食欲ないので……」
「今、お粥作ってやる」
「え、いいですよ……」
断っているのに、一条さんは勝手に家に上がり込んで、冷蔵庫の中を物色した。
親切の押し売りとはこのことだな。
「あっ。お前、なんでこんな砂糖の塊を山ほど忍ばせてんだよっ!」
ズラリと並んだプリンを見た途端、一条さんが青筋を立てた。
「ち、違うんです。ちょっと、それは頂き物で……」
「これは俺が持ち帰るからな」
「えぇ!?」
「悪い?」
ギロリと睨まれて、私はいつものように、すごすご退散した。
もういいや。どうせ胸が痛くて、食べられないし。
「お前は、寝てろ。適当に台所使わせてもらうから」
「なんだか、すみませんね。こんなプライベートまでお世話になっちゃって」
「パートナーの体調管理もできないようじゃ、トレーナー失格だ」
さすが。きめ細やかなケアをうたったマンツーマンコースだけのことはある。
「35万も払った甲斐がありました」
そう言ったら、一条さんは何か言いたげな顔をして、だけど、ふいと後ろを向いて、料理を始めた。
それからしばらくして、小さな土鍋を持った一条さんが部屋に入って来た。
「ほら、食え」
いつでも命令調なんだよな。私は飼い犬か。
心の中でブツブツ文句を言いながら、お粥を一口食べた途端、そんな文句も忘れるくらいの美味しさに、私は驚いて目を見開いた。
「なにこれ、中華料理屋さんで食べる本格粥の味がする!」
「当たり前だ。俺が作ったんだからな」
「どうすれば、こんなに美味しく作れるんですか?」
「乾燥昆布と、鶏肉があったから、それでダシとった。本当は干し貝柱と鶏ガラの方が旨いんだけど」
おぉ、素晴らしい。
イケメンで、スポーツマンで、料理も出来るのか。
隙が無いな、一条侑。
これで、優しかったら完璧だったのにな。
私はそんなこと思いながら、ペロリとお粥を平らげた。
「そういえば、一条さん。炭水化物食べちゃってよかったんですか?」
そう言ったら彼は一瞬黙ってから、私の顔を見つめた。
「やっぱりさ、1ヶ月で痩せるのはやめないか?」
突然、真面目な顔をするから、戸惑うじゃないか。
「どうしたんですか……?」
「急に無理な運動して、食事制限なんかしたから、体がついて行かなかったんだよ」
「いえ、違いますよ。疲れて、コタツで寝ちゃったからなだけで」
「どっちでも同じだろ。結局、疲れさせたのは俺のせいだし。嫌なんだよ、無理なダイエットをされるのは」
珍しく、彼は弱々しい瞳をした。
私を心配している? 多分、それはそうなんだろうけど、なんていうか、それだけじゃなくて……。
彼の瞳から、ある種の不安や恐怖を感じた。多分、それは今回とは別のところにありそうな気がする。
「いいな? ちゃんと3ヶ月後にはお前を理想の体型にしてやる。だから、すぐに痩せたいなんて言わず、ちゃんと俺の指導の下で計画的に痩せていけ」
一つ一つ、言い聞かせるように、彼は言った。
多分、これは断っちゃいけないやつだ。
今まで見せたことのないような真摯な顔をする彼に、なんとなく、そう感じた。
「分かりました」
私も同じように真面目な顔でうなずくと、「いい子だ」と彼は私の頭にポンと優しく手を置いた。
あぅっ。
イケメンによる頭ポンの威力、凄まじい!
その上彼は、
「いい子だから、風邪治ったらご褒美な」
と甘く囁いた。
その日、さらに熱が上がったのは、きっとこのせいなんじゃないかと思う。
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