怪談・人間椅子 - ホラー(種本:江戸川乱歩著『人間椅子』)

 電気を消した部屋の中央で、スマートフォンの画面が淡い光を放つ。

 部活動の合宿の夜、練習で疲れてはいたものの、一部屋に布団が 6セット。それぞれに少女が入り、頭を付き合わせれば、やることは限られている。

 恋バナか、怪談話である。


 季節は夏と言うこともあり、この場は怪談が選択されていた。

 電気を消し、暗くしているのも、雰囲気を出すためだ。スマートフォンは、蝋燭ろうそくの代わりである。


 一人が話し終わり、「誰もいなくなったのにどうして話が伝わっているんだ」などと、品評が行われる。

 一段落すれば、次の話し手へと進む。


「それじゃあ、次は私の番ね」

 それだけ言って、彼女は話し始めた。



 ウチはお父さんの書斎があるんだけど、大切なものを私が壊しちゃったらいけないからって、立入禁止だったのね。

 別に、お父さんしか入れない部屋ってわけではなくて、お母さんもお祖父じいちゃんも自由に入ってよかった。

 ただ、お祖母ばあちゃんは昔何かしでかしちゃったみたいで、立入禁止。私の立入禁止も、そのお祖母ばあちゃんがやっちゃったのがあるから、小さい子供は余計に何をするか分からないからで、立入禁止にされてたみたい。

 だから、とばっちりみたいな。


 でね、中学一年になった時に、解禁されたの。「もうちゃんと、分別はついているよな」って。

 書斎の扉の前で、お父さんから合い鍵をもらって、「ほら、開けてごらん」って。なんかね、すっごくドキドキしながら、鍵を回したことを覚えてる。

 あと、もう一人前だって認めてもらえたんだって、嬉しかった。


 書斎には、お父さんが集めた色々なものがあった。本とか、石とか、標本とか。

 本以外のコレクションは、見るだけはいいけど、触っちゃダメだって言われた。本は好きな本を読んでもいいけれど、大切に扱うことと、書斎から持ち出さないことを約束させられた。

 その約束を破ったら、お祖母ばあちゃんみたいに、ずっと立入禁止になるんだろうなって、なんとなく分かってた。


 本を読むのに、持ち出す必要なんて無かった。書斎には、お父さんの作業用のデスクセットの他に、二人掛けのすごく座り心地のいいソファーがあったから。

 お父さんが集めた本だから、古い本は古くて、ちょっと読みにくかったりもしたけど、面白い本はそんなの関係なく面白くて。

 エアコンもつけ放題というか、お父さんのコレクションのために、常に入ってたのね。


 いい感じの温度と湿度に調整された部屋に、座り心地のいいソファー、沢山の本、これはもう、入り浸る条件バッチリ。

 そんなわけで、結構書斎には入り浸ってた。本を読んでいるならいいことだって、放置されていたし。


 空調の整った部屋で、気持ちよくソファーに座って、本を読んでいたらどうなると思う? 眠くなるよね?

 その日は、前の日に次の日は休みだからって、夜更かししちゃって、もう眠くなる要素満載なワケ。

 ちょっとだけ昼寝しようと思って、ソファーの横になったの。二人掛けだから、足を丸めれば、寝れるから。


 本当に、ほんのちょっと、10分くらいだけ寝るつもりだったんだけど、がっつり寝ちゃった。

「起きなさい」

 何か声がするなって目を開けたら、お父さんがドン。めっちゃ焦った。

 単に寝てただけじゃなくて、読んでた本を枕にする形になってたのね。これはもう、怒られるなって。


「そこにちゃんと座りなさい」

 ただならぬオーラに、慌ててピシッと座っちゃう。背筋ピン、両手は膝の上って感じ。それで、何を言われるのだろうって、ビクビク待ってる。

「人間椅子って、知ってるか?」

 予想の斜め上の言葉で、頭が回ってなかった。それでも必死に考えて、出した答えが「空気椅子のこと?」だった。

 我ながら、本当にお馬鹿な答えだと思う。筋トレで空気椅子をやってる人にさらに負荷を与えるために座ったりはするけどさ、絶対に求められてる答えじゃないよね。


 お父さんは、うつむいて、大きな溜息と一緒に、首を左右に動かした。

 お馬鹿な娘でごめんなさい。

「江戸川乱歩の『人間椅子』だ。この部屋のどこかにあるから、今度探して読んでみなさい」

 そう言いつつ、どんな話なのか、簡単に教えてくれた。

 私は、それを聞きながら、どうしてそんな話をするんだろうって思ってた。


 簡単にどんな話なのかって言うと、椅子職人が自分が中に入り込める椅子を作って、入った状態でホテルに納品されるの。

 で、椅子職人は夜中に抜け出して、盗みを働いたり、自分が入った椅子に座る人、もちろん座る側は中に人がいるなんて全く知らないわけで、その人との感触を楽しむって感じ。

 ホテルが潰れて、椅子職人の入った椅子を買った人の奥さんが、毎日長時間その椅子に座って作業してるんだけど、その奥さんに椅子職人から実は……っていう手紙が届くわけ。


 あらすじを聞き終わった後も、それがどうしたの? って感じなのね。よくわかっていない私に、お父さんがかっちり説明してくれた。

「今座ってるそのソファーな、実は中に人が入れるようになってる。おまえ、最近おじいちゃんのことを避けてるだろ。で、お祖父じいちゃんはかわいい孫とふれあいたくてだな」

 それを聞いた私が真っ先に考えたのは、気持ち悪いだった。お祖父じいちゃん何やってるのって。

 お父さんは、それを知ってたのに、私に何も言わないし、家族だからって、そんなの無しでしょ。

 確かに、その頃お祖父じいちゃんには冷たくしてたけど。


「で、入れるのは座面の下だ。通常なら問題ないが、全体的に人一人分の付加がかかった状態が長時間続けば、下に敷かれた人はどうなると思う? 残念ながら、圧死する」

 自分で、血の気が引いていくのが分かった。気持ち悪いとか、そんなの飛んでいった。

 私は何も知らなかった。でも、私の所為でお祖父じいちゃんが……。


「嘘でしょ?」

 そう、きっとこれは、単に怒るよりも効果的だと、嘘をついたのだと。そうであって欲しいと思った。

 お父さんは、何も言わなかった。

 それまで、私の前にどんと立って見下ろしていたのに、しゃがみ込んで私と目線を合わせた。右手でそっと私の左肩をつかんで、目線を合わせたまま首をゆっくり左右に二度振った。

 お父さんは何も言わなかった。でも、お父さんの目が、「かわいそうに」って言ってた。



 話し手が語り終えると、部屋は静寂に包まれた。

 その静寂を破ったのは、誰かの声ではなく、カチャリと部屋の鍵を開ける音だった。

 全員の視線が、エントランスと部屋を分ける襖へと向く。

 襖があるため見えないが、ドアが開き、閉まったのが音で分かった。次は、襖の番だ。

 襖がわずかな音と共に開き、エントランスの淡い光が、室内に入ってくる。現れた人が誰なのかを理解して、全員の緊張が解けた。


「何? 静かだから、寝ているのかと思ったのに。この部屋が優秀だと判断するわけにはいかないわね。明日も練習があるんだから、早く寝なさい」

 見回りに来た顧問に、「はーい」と緩く答える。

 張り詰めていた空気は、すっかり解けていた。

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