魔女の鍵 - ファンタジー(Rachel.Adamsの写真)

 冬の冷たい風が、色を失った森を吹き抜ける。

 地面には薄く雪が積もっており、そこは黒と白の世界になっていた。

 その世界に、異彩を放つ女性が一人、佇んでいる。

 黒と白の世界にあって、彼女の深紅の服は、目立っていた。


 足下まですっぽり覆う丈の、長袖の深紅のワンピース。後ろから吹き付ける風が、その裾を大きく前方になびかせている。

 女性の顔は、彼女自身の黒髪で隠されていた。彼女自身が隠したのではなく、風が髪をはためかせ、顔を隠していた。

 わずかに見える首元と手の肌の色は、死人のように白かった。


 そうして、もう一つ異様なことに、彼女はその左手に 1フィートほどの大きな黒い鍵を持っていた。

 その様な大きな鍵を何に使うというのだろうか。

 巨人の家の扉の鍵だと言われれば、なるほどそうかと納得できる、それほど大きな鍵だった。



 風が止む。

 泳いでいた髪はおとなしくなり、彼女はあいている右手で髪を耳にかけた。

 現れた顔はやはり白。黒い瞳と、身に纏う服と同じ深紅の唇。

 彼女は、白い空を見上げる。

「あと、もう少し」

 太陽は、もう見えなくなっていた。


 やがて、闇が世界を覆い、星々のわずかな光が届くようになった。

 女性は鍵の柄をしっかり握ると、星空に向かって突き上げた。

 そして、呪文を唱える。

「ネチャンヒー ヴェキル ヒュールフ」

 鍵の先端から、一筋の光が空に向かって伸びる。そして、空の鍵を開けた。

 空から星がこぼれ落ちる。それは、近隣の村へ、町へと降り注ぐ。


 夜明け近くになり、ようやく星は降ることをやめた。

「ルハージェ ゾイエン ゼホールフ」

 女性が呪文を唱えると、空に鍵がかかり、彼女の手元の鍵も光を放つのをやめた。

 彼女は、一晩中上げていた腕を、ようやく降ろした。


 夜空がため込んでいた光を、解放した。太陽は地上に降った光を集め、その力を強めていく。

 これからは昼の時間が延びていく。

 けれども、太陽はその光を夜空に奪われる。地上に降った光を集め終われば、奪われる一方となり、昼の時間が短くなる。


 彼女は、一年に一度、こうやって空の鍵を開け、夜空から光を取り戻す。

 それが、彼女の魔女としての仕事だった。自然と共に生きる魔女としての。



 夜がすっかり明け、村や町に新年おめでとうの声があふれる。

 子供達は、起きると真っ先に枕元を確認する。そこにあるのは、小さな星の形をした甘いお菓子だ。

 それは、昨夜降り注いだ星の名残。


 子供達の喜ぶ声が、さらに新年を彩っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る