※生ける屍 - 現代(泣けるゾンビもの)

あなたの恨み 晴らします


私の秘術を用いれば、死者を生ける屍にし、使役することが可能です。

死後、安らかに眠ることを許さず、休む間もなく働かせ続けるのです。

人ができないような危険な作業をさせましょう。

相手は死者、何も気にすることはありません。


恨みの相手から、安らかな眠りを取り上げようではありませんか。

そして、延々と続く過酷な労働を。


ご依頼、お待ち申しております。

※この秘術は生ける屍とするものです。おわかりですね? ご依頼はお早めに。(存命中からのご依頼も受け付けております)


******


 父が他界したと連絡が来たのは、出勤しようとした矢先だった。

 職場に電話をし、休みをもらう。夫に連絡を取り、私が娘を連れて一足先に実家へ帰ること、夫は通夜に間に合うようにすることを決める。娘の小学校に電話をし、事情を説明して、迎えに行く。

 喪服は全て私が持って行った方がいいだろうと、荷物を詰める。夫の夕飯はと、冷蔵庫を確認する。子供ではないのだし、どうにかするだろう。

 慌ただしく準備をし、忘れ物はないかと、これで大丈夫かと自分に問いかける。たぶん、大丈夫としか返ってこない。

 必要な準備は全て行ったという自信のないまま、娘を連れて実家へと急いだ。


 私が実家に着いたのは昼過ぎで、母と兄が必要な手続きはほとんど済ませてくれていた。

 綺麗にしてもらって、家に戻ってきていた父に挨拶だけして、昼食を取る。母と兄も色々と忙しく、昼食がまだだったため、一緒に食べることになった。

 父の死因は熱中症なのだそうだ。夜の間に発症し、朝活動を始めようとして一気にきて、助けを求める余裕もなく倒れ、発見された時には手遅れだったとのことだ。


 午後は、葬儀屋さんとの打ち合わせから、本格的に葬儀に向けて動き出した。

 お坊さんとの打ち合わせ、親戚への連絡、近所への連絡とやることは多い。遠くからきてくれる親戚には泊まってもらうことになるためその準備があり、通夜振る舞いや葬儀後の食事の手配もしなければならない。

 香典返しの手配、供養品の手配、位牌や卒塔婆の依頼もある。あれこれとやることは出てくるが、与えられる時間はわずかだ。


 私は、来客の準備を担当することになった。今晩の食材もなく、娘を連れて買いに出かける。

 その途中、不気味な張り紙を見つけてしまったのだった。

 元々は四隅を留めてあったのだろうが、右下が千切れ、風にあおられていた。死者を生ける屍にするというその内容は、普段ならあり得ないと一蹴するようなものだった。

 けれど、父の遺体と面会してすぐの私には、とても不気味なものに感じた。今の日本でそんなことあるはずない、自分にそう言い聞かせる。


 スーパーでカートを押しながら買い物をしている途中、たまたま噂話が耳に入ってきた。おそらく、父のことで私が死というものに敏感になっていたからだろう。

「田中さんのおじいさん、先月亡くなったんですよね」

「そうですよ。お葬式にも行きましたし。どうかしたんですか」

「ほら、今大きな工場建てているでしょ。あの近くを通った時に、田中さんのおじいさんに似た人を見かけて」

「道からだと、現場はそんなにはっきり見えないでしょう。気のせいですよ」

 言うまでもなく、私の頭には先ほどの張り紙のことが浮かんでいた。


 父は他人から恨まれるような人だった? いいえ。

 けれど、教師をしていた父だから、生徒の誰かがいたずらで依頼していた可能性は、否定できない。

 いえいえ、生ける屍なんてできるはずないのだから、何も心配することはない。そう、自分に言い聞かせた。



 夜、枕念仏をあげてもらい、ひとまず今日の行事は終わった。

 兄は自宅が近いため、ひとまず帰宅した。娘は寝かしつけ、朝から忙しかった母には寝てもらった。

 私は、蝋燭と線香をたやさないため、寝ずの番をする。火事の恐れがあるため、やるのなら誰かは起きているようにと言われていた。今は、消して寝る家も多いとのことだったけれど、父のためにできることはやっておこうということになった。

 寝ずの番をする代わり、明日の午前中は寝かせてもらえることになっている。


 夜に一人で遺体の近くになんて気味悪い、そういう風に感じる人もいるかもしれないけれど、私はそうは思わなかった。父が布団で眠るのは最後なんだと、なんだかしみじみ思った。

 誰も聞いていないのをいいことに、父にそっと話しかけたりもした。

「父さん、覚えてる。私が小学生の頃、キャンプに連れて行ってくれたことがあったでしょ。冒険してくるって森に入って、迷子になって、探しに来てくれたでしょ。迷ってなんかない、ちゃんと一人で帰れたなんて強がったけど、本当はどうしようって心細くて、そんな時父さんの声が聞こえて、本当はすごくほっとしたんだ。ありがとう」


 誰かが、秘術を掛けるためにやってきたらどうしようかと思ったけれど、何事もなく朝を迎えることができた。

 朝食を取り、母に蝋燭と線香の番をバトンタッチして、私は寝かせてもらった。


 寝ている間に、父は棺桶に入れられて、床の間の前に用意された祭壇の前に移動していた。

 昼過ぎに夫が合流し、親戚も集まりだした。娘は夫に任せて、私は裏方へまわる。

 通夜が終わり、通夜振る舞いが一段落した頃には20時をまわっていた。それでもほとんどの人は自宅へと帰り、泊まるのは私の家族を除けば二人だけだった。

 順番に風呂に入り、就寝する。私だけはもう一晩、蝋燭と線香の番をする。



 物音が聞こえたような気がして、私はダイニングから父のもとへ向かった。

「誰かいる?」

 もしかしたら、トイレに起きて父に会いに来たのかもしれない。

 返事はない。うっすら豆電球の明かりがある中、何かが違うように感じたため、明かりをけた。

 目に入ったのは、上半身を棺桶から出している父の姿だった。


 生ける屍。父を生ける屍にしてはいけない。

 とっさに私は台所に戻り、三徳包丁を持ってきた。

 これで父を殺せば。けれど、いいのか。

 父がゆっくりと顔をこちらに向ける。目が合った。

 迷っている場合じゃない。

 わたしは、全体重を使って、父に包丁を突き立てた。


 はっとして、目が覚めた。眠ってしまっていたようだ。

 父の様子は?

 棺桶のところへ向かえば、祭壇の蝋燭と線香が消えかけていたので、慌てて新しいものに換えた。

 父は棺桶の中で、昼間と変わらず眠っていた。

 あれは、単なる夢。私が変に意識しすぎていただけのこと。



 無事に葬儀を終え、火葬場で最後の別れをした。

 一時間ほど待ち、父はすっかり骨と灰になってしまった。

 けれど、これでもう、生ける屍になることはない。

 私は、妙にほっとしたのだった。

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