自由研究は小人の観察 - 不思議

 買い物からの帰り、運転していたタケミは空き地の隅に、炎天下の中立ちすくむ知り合いの少年を見つけ、路肩に駐車した。

 暑くなっては食材が傷むと、エアコンをかけたまま、少年のもとへと駆け寄った。


 少年、イワオは困っていた。

 夏休みの自由研究は、虫の観察にすることに決めた。虫籠と虫取り網を持って出かけた。

 虫を探して、この空き地まで辿り着いた彼は、隅に岩を見つけたのだった。岩といっても、イワオから見ればであって、実際には大きな石というところだった。

 戦果の少なかったイワオは、その下の虫を捕まえようと、その岩を持ち上げたのだった。


 そう、持ち上げたまではよかった。

 右に少し移動するまではできた。

 だが、そこで止まってしまった。岩を下ろすことができなかったのだ。


 重いものは、持ち上げるよりも下ろす方が大変なのだ。

 持ち上げる時は、重力に逆らうだけの力をかけてやればいい。維持するのも、それに見合う力をかければいい。

 けれども、下ろすとなれば進む方向は下なのに、力は上にかけなければいけない。力加減を間違えれば、腕ごと地面へ持って行かれてしまう。

 ならば、この際岩を落としてしまうか。けれども、できるだけ岩を楽に持とうと、イワオは自然とお腹に岩を付け、背中を少し反らせる形で持っていた。

 岩の下には足がある。このまま離せば足が岩の餌食になってしまう。

 少しだけなら、前に出せるが、それでも安全な位置には届かなかった。


 そうこうしているうちに、体力はどんどん削られていく。

 真夏の太陽は容赦なく、イワオを照らし続ける。

 そんな時、イワオの耳に女神タケミの声が届いた。

「イワオ君、そんなところで何してるの」

「姉ちゃん、たずけ、て」


 イワオの状況を悟ったタケミは、正面から石を支えるのに手を貸した。

「いい、ゆっくり下ろすからね。徐々にしゃがんでいって」

 しゃがみ込めば、もう少しで地面というところまで達成できた。

「よし、じゃあ12の3で離すからね。1,2,の3」

 同時に手を離し、ようやくイワオは岩から解放された。


 イワオがあまりにも時間をかけたため、岩の下にいたであろう虫たちは、とっくにその姿を隠していた。

 けれどもイワオは自分の右足の近くに、もっと面白いものを発見した。小人がそこで寝ていたのだ。

 もう少し右へ移動していれば、踏みつぶしていたかもしれない。イワオはそう思った。


「イワオ君、疲れたでしょ。乗せてってあげる」

 先に来る前と戻ったタケミが呼んでいる。

「うん、姉ちゃんありがとう」

 イワオは小人を虫籠に入れると、車に向かって走り出した。


 ◇


 その夜、ようやく目を覚ました小人は驚いた。

 草の中で寝ていたはずなのに、全く知らない景色の中にいる。

 透明な壁に阻まれた小さな部屋に自分はいる。上を見れば、細かい格子状の屋根と、出入り口と思しき部分。

 小人は、勢いよく飛び上がると、両の手で出入り口を押し開けて外へ出た。


 小さな部屋からの脱出に成功した小人は、改めて現状を確認する。

 どうやら、自分は寝ているところを人間にとらわれたらしい。ドジをした。

 犯人はおそらく、同じ部屋のベッドで寝ている幼さの残る子供だろう。

 自分がここから逃げるのは容易い。帰らなければ家族が心配するから、帰らないわけにはいかない。

 けれども、朝起きて、自分がいなくなっているのを知ったこの子は、どう思うだろう。


 しばらくこの子の相手をすることはできるが、そう考えて厭々と首を振る。

 我々の存在がおおっぴらになるのは困る。

 うん、大きく頷き、心を決めた小人は、網戸を少しだけ開けて、外へと飛び出した。


 明け方、自分の体ほどあるカブトムシを持ち上げて、小人は子供の部屋へ帰ってきた。

 カブトムシを虫籠に投げ入れると、蓋をする。

 カブトムシには悪いが、自分の身代わりになってもらおう。

 小人は外に出ると、網戸を閉め、帰路を急ぐ。

 さて、朝起きてカブトムシを見つけたあの子は、どのような反応をするだろうかと。

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