第八話:謁見と空腹

 

 この世界の大陸は全部で五つ。

 大陸はヴァンデミオンを中心に円を描くように並んでいる。


 ヴァンデミオンから見て東に位置するのがウーナディア大陸。

 北東に位置するイグル大陸、北に位置するブリディスト大陸。

 西に位置するサレフィート大陸に、南に位置するオキニア大陸である。

 アトリオンはオキニアの東、ウーナディアの南に位置する。


 大陸には様々な国があり、魔王が現れる前までは領土を増やそうと争いが繰り返されてきた。

 現在では表立った争いはないが、小さな小競り合いは続いている。


 バーンたちが最初に目指す大陸は、アトリオンを北に進むと辿り着くウーナディア大陸。

 この大陸には七第国家の内、二つが存在している。


 一つは、ウーナディア大陸の南に位置する騎士国家アーヴァイン。

 強力な騎兵隊を持ち、平原では無類の強さを誇る。

 騎士道を貫き、国民全て誇り高くあるべしという気風の国である。


 二つ目はエルフの治める国、森羅国家ウッドガルドである。

 エルフの女王が治めるこの国は国民の大半がエルフで、かつて迫害された経緯から他国との関わりを避けていた。

 しかし、魔王の到来と共に他国と共生する道を選んでいる。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 王都アトリオン。


 楕円形の島の中心からやや左に位置するこの都市は、言うまでもなくアトリオンの心臓部である。

 この都市に国の総人口の約半数が暮らしていることからその規模を窺い知ることができる。

 中央にアトリオン城があり、城を囲むように様々な店や施設が並ぶ。


「やっと着きましたね! 適正審査以来だなぁ」


 アリスは感慨深げに言う。

 それ程、王都アトリオンにはあまり立ち寄っていないという事だ。

 アリスが思い出したように尋ねる。


「あ、バーンさんの適正ってまだ聞いてませんでしたけど、やっぱり……」


「ああ、騎士だよ」


「ですよね! 黒い騎士ですもんね!」


「なんかそう呼ばれてたみたいだな……」


「そりゃ全身真っ黒の人、なかなかいませんもん」


「……馬鹿にしてる?」


 騎士は攻撃的な職業で、主に槍や剣を得意とする。また、馬の扱いに長けるため体幹が強く、馬上での戦闘も得意とする。

 同じような職業に戦士があるが、戦士に比べて俊敏に動けることも特徴である。


 戦士は斧や槌を得意とし、非常に頑丈な職業と言われている。盾の扱いや、無手の戦闘も得意としており、様々な状況に対応できるのが特徴である。


 二人はアトリオン城を目指して大通りを歩く。

 正面に見える純白の城が少しずつ大きくなっていく。

 石畳の道はきれいに整備され、その上を歩くと、コツコツと良い音がした。

 様々な店からは活気溢れる呼び込みの声が聞こえ、道行く人々もどの店にしようかと目を輝かせていた。

 ちなみにアリスもそんな人々の一人である。


「ふぁー! どのお店でごはん食べますか! どこも美味しそうです!」


 キラキラと目を輝かせるアリスにバーンが釘をさす。


「謁見が終わってからな? 先に済ませた方が気が楽だろ?」


「うー! 食べたいー! あ、あの豚肉のロースト美味しそう! あ、あっちは海鮮料理って書いてます!」


 アリスは次々に目に入る料理に目を奪われている。

 欲望がとどまるところを知らない。

 優しく言っても駄目だと思い、半ば強引に引きずる。


「わかった、わかった! 終わったら好きなもん食おう! さぁいくぞ!」


「私の牛ステーキ〜〜〜!」


 まだ諦めないアリスを連れて、バーンは城へと向かうのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 城門に着き、衛兵にギルドから渡された認可状を見せる。

 衛兵はそれを確認し、二人を城内へと通した。


「ふぁー……広いですねぇ……」


「ああ、すげーな」


 二人は上を見上げる。

 高すぎて距離感がよく掴めない。

 天井近くの壁には、一定の間隔を開けてステンドグラスが埋め込んである。

 日差しがそれを照らし、キラキラとまばゆい輝きを放つ。


「きれい……」


「こっちだ、ついて参れ」


「あ、はい!」


 衛兵の後に続き、城の中を進む。

 暫く歩くと大きな扉に辿り着いた。


「武器はここで預からせてもらう。終了次第ここで返却する」


 頷くと、バーンは背中から二本の巨剣を抜く。

 あまりの巨大さに衛兵はたじろいだ。


「う、うおっ!?」


「気を付けてくれ、百五十キロくらいあるから」


「ひゃくごじゅっ!?」


 そんな馬鹿なと目を丸くしている。

 衛兵より、アリスの方が驚いていた。


「え、謁見の間は、この扉の先にある階段を上った先にある扉の中だ。失礼のないように」


 なんとか平静を取り戻した衛兵が扉を開ける。

 赤い絨毯が一面に貼られ、大理石でできた壁や階段には、黄金の装飾が施されている。

 二人は中に入り階段を上がる。


「き、緊張しますね……」


「そうか? 適当でいいんだよ」


「は、はい。適当……適当……」


 階段を登り、巨大な扉の前に立つ。

 衛兵が二人で扉を開けるために両側につき、グッと力を込める。

 ギギィ……という音と共に、荘厳な扉は二人の視界を遮ることをやめた。

 二人は中に入り、王の台座から少し離れたところで片膝をつき、頭を下げる。


「これより、アトリオン王の謁見の儀を始める!」


 この国の宰相、マベラスが高らかに声をあげた。

 右手の扉が開き、アトリオン王がゆっくりと現れる。


 赤いマントを羽織り、頭には控えめな王冠が輝いている。

 白く長い髭に、細く鋭い眉。

 細身の体ながら、そのオーラは見るものを圧倒する。


(……ごくり)


 アリスから唾を飲み込む音が聞こえた。

 あまりの音の大きさにバーンは笑いを堪える。

 アトリオン王が台座に座り、二人に声をかける。


「顔を上げてくれ、二人の勇者よ」


 低く、深い。

 古来より王の声には特別な力があると言われている。

 迷信めいたこの言葉を今だけは信じてしまいそうだった。


「また勇者が旅立つことを嬉しく思うぞ。まずは声を聞かせて欲しい。名を教えてくれ」


「バーンと申します。お会いできて光栄です、陛下」


「ア、アリスと申します! お願いします!」


 何をお願いする気だ。

 と、バーンは心の中で突っ込む。


「はっはっはっ!緊張せずともよい。所詮わしは多少着飾った老人だ。さて、まずはバーンよ。この短期間でこれだけの実績を上げるとは大したものだ」


 バーンは再び頭を下げ、賛辞に対し礼節で答えた。

 アリスはバーンの所作を真似ようと、横目でチラチラ見ている。

 それを見て再び笑いがこみ上げる。


「そなたなら、他国に行っても問題ないだろう。これからも精進するように」


「はい、これからも精進致します」


 なんとか笑わずに済んだ。

 次に王はアリスに声を掛ける。

 何故だかその声は必要以上に優しく聞こえた。


「次に、アリス」


「は、はいぃっ!」


 バーンの表情筋が悲鳴をあげていた。

 何に怯えているのか分からないが、ガタガタ震えている。


「知らせを聞いて驚いたぞ。そなたの父は十年前の調査団のリーダー、ジャバだな?」


「……はい、その通りです」


 アリスは急に落ち着き、王を見つめる。

 先程までの震えは収まっていた。

 王はその瞳にかつてのジャバを見る。


「月日が経つのは早い……そなたとそなたの母には詫びをしてもしきれん。だが、謝らせてくれ」


 王は台座から腰を上げる。

 王がすることを察し、宰相マベラスが止める。


 「陛下! いけません!」


「止めるでないマベラス。わしにはこの頭を下げることしかできぬのだ」


 王は王冠を外し、深々と頭を下げる。

 アリスの目は既に涙で潤んでいた。

 アリスも深々と頭を下げる。


「そなたの父は素晴らしい冒険者だった。今はまだ見えずとも、いつか必ずその背中に辿り着けるはずだ。精進するように」


 そう言って王はにっと笑う。


「はいっ!」


 アリスは胸を張り、大きな声と笑顔で応えた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



(バーンと言ったか……あの者……どこかで……)


 ふと気にかかり、暫くの間思案する。


(ハーフエルフ……まさか……いや、ありえん)


 脳裏によぎった想像を妄想と断ずる。


(まぁ、いい。仮にそうだとしても変わりはない。変えることもできない)


 男は静かにほくそ笑む。

 その表情は暗く、冷たく、そして、ただひたすらに悪であった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 バーンとアリスは謁見を終え、城の外にでた。

 すっかり気の抜けたアリスがよろよろ歩く姿を見て、バーンが吹き出す。


「大丈夫かアリス……ぶふっ」


「もー! すっごい緊張したんですよ! 笑わないでください!」


 アリスのおかげで笑いを堪えるのが大変だったとは言わないでおく。


「それにしても王様は旅立つ冒険者全てにこれをやってるんですか?」


「ああ、みたいだな。一日数組らしいけどな、フルールから聞いた」


「ふえー……立派ですねぇ」


 時刻は昼の三時になろうとしていた。

 アリスはリズムを刻みながらステップしている。


「さっ! ごはんですよ! ごはん!」


「わかったわかった……何食うかなー」


「牛ステーキと豚のローストと! あとは! あとは! 羊もいいですね!」


「肉ばっかだな……太るぞ」


 アリスが立ち止まり目を細めてバーンを睨みつける。


「あー、今バーンさん言ってはならないことを言いました。あーあ」


「なんだそりゃ」


 二人の船出はもう間近に迫っていた。

 遠くに海が見える。

 大陸での冒険の日々が始まろうとしていた。



 ぐぅ〜〜〜〜〜〜!



 アリスの腹の音に、バーンの表情筋が限界を迎えた。

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