第七話:帰郷と旅立ち

 

 二人は馬車に乗り、一路アリスの故郷であるボーゲン村を目指す。

 アリスの旅立ちの報告を母親にするためである。

 ボーゲン村はショークシャと王都アトリオンの中間に位置し、リック村より少し王都寄りにある。


「なんであの時アデンホさんはバリカさんに回復魔法をかけなかったんですかね?」


 馬車に揺られながらふと思い出した疑問をアリスが口にする。


「自分じゃどうしようもなかったんだろうな。折れた骨が内臓を傷つけていたし。内臓を治すにはかなりの力が必要だ」


「え、でも私……」


 あの時はなんだか、できる気がしていた。

 以前のアリスだったらできなかったはずだ。

 それをバーンに伝えると、ふむ、と言葉を続ける。


「けど見事だった。魔法は精神に大きな影響を受けるから、助けたいという気持ちが魔法を強くしたのかもしれないな」


「うーん、そうなんですかね……」


(あれだけ酷いことをされたのに、相手を思いやることができる。アリスの魅力でもあるが、いつかそれが弱みにならなきゃいいが……)


バーンの不安を余所に、アリスは空を見て手を広げる。


「それにしても、いい天気ですねー! お日様が眩しいです!」


「そうだなー。あ、そういや俺も気になってたことがあるんだが、アリスは十八歳だったよな?」


 あまり掘り返したくはないが、気になってしまったものは仕方がない。

 バーンは申し訳なさそうに疑問を口にした。


「その……お父さんって……ヴァンデミオンは二十五年前にああなったから……」


「ああ! すいません! まだ言ってませんでした。お父さんはお母さん曰く優秀な冒険者だったらしいです。それで十年前、ヴァンデミオンの調査に同行して欲しいと依頼があったんですよ」


「ヴァンデミオンの調査?」


「ええ、優秀な人材を集めて、なんとかヴァンデミオンに入れないかの調査をしたらしいです」


 この二十五年の間に人類は何もしなかったわけではない。

 当初は各国が何度も軍を派遣し、ヴァンデミオンを救出しようと動いていた。

 しかし、強力な魔物がその周囲を囲み、各国の軍はその殆どが海の藻屑となっている。

 数年が経ち、魔王が現れないことから、下手に刺激を与えない方が良いのではないかという風潮になった。

 傍観を決め込む大国が増え、各国もそれに同調し救出活動は下火になっていったのである。


「殆どの国はもう無駄だと放置していたんですが、諦めない国もあったんです」


「なるほどな。その国って?」


「ここ、アトリオンです。アトリオンとヴァンデミオンは兄弟国家なんですよ」


「そうだったのか? 知らなかった」


「バーンさん世間知らなすぎです」


「うーん、ずっと修行してたからな……俺は最近冒険者になったんだよ。ずっと山奥で暮らしてたから、よくわからん。まぁ世界情勢とかはしってるけど、歴史とかはわからねーな」


「え、そうなんですか!?」


「ああ、一ヶ月前くらいかな? 出てきたのは」


「一ヶ月!? それでもう認可が下りたんですか!?」


「うん」


「私は半年で……まだ三分の一しかこなしてないのに……ぐすん」


 冒険者ギルドに登録した後、それぞれの国である程度実績をあげると他国への渡航が認められる。

 一般市民は旅行や仕事などで他国に行けるが、冒険者はある程度実力がついてからでないと他国ではクエストを受注できない。

 これは各国が自国の冒険者を育てるシステムの一環である。

 見知らぬ土地での冒険は初心者には高い危険が伴う。

 冒険者の命を守る観点から、こういった措置がとられている。

 また、パーティリーダーが認可を得ている場合はパーティメンバーの実績はある程度の配慮がなされる。


「というか、バーンさんっていくつなんですか?」


「ん? 二十六かな今年で」


「え? じゃあ……」


「両親の顔、知らないんだ」


 アリスが申し訳なさそうに謝るのを見て、バーンは首を横に振る。


「謝んなよ、気にしないって。で、話戻すけど親父さんは……」


「ああ、はい。その調査で行方不明に」


「え? それじゃあ……」


「私が冒険者になるって言った時にお母さんが色々話してくれたんです。当時まだ子供だったから……」


 アリスの父親を含む調査団は少数精鋭で、魔物を駆逐しつつ、なんとかヴァンデミオンを囲む巨大な岩まで辿り着くことに成功した。

 その調査団の中には優秀な空間魔法を操る魔法使いがいて、ヴァンデミオンの内部に進入することに成功したらしい。

 これはリンク石での報告により、アトリオン本国にも伝わっていた。


「成功したのか?」


「はい、ですが……」


 進入後、調査団との連絡は全くとれなくなり、そのまま行方不明となってしまったという。


「お母さんはそれを国のお偉いさんから説明されたそうです……」


 思い出させてしまい、申し訳なくなる。

 アリスはそんなバーンの表情を察して慌てて続ける。


「でも、お父さんはめちゃくちゃ強かったらしいですから! きっと生きてます!」


 逆に励まされてしまったことに気付き、バーンは笑顔を見せてアリスに感謝しながら答えた。


「ああ、きっと生きてるよ」


 バーンとアリスは顔を合わせて笑い合う。

 それにしても、と少し考えた後にバーンは続けた。


「よほど優秀な人達だったんだな。辿り着くことができたなんて」


「ええ、あとは船が凄かったらしいですよ? なんでもメルギドに協力してもらって、凄い船を造ったらしいです」


「メルギドか……なるほど」


 要塞国家メルギドは世界地図の左側にあるサレフィート大陸のほとんどを占める超大国である。

 軍事に優れ、大砲や軍船などの他国にはない強力な兵器を次々に開発している。


「その船があれば辿り着けるかもしれないってことか」


「あとは、空間魔法の使い手を探さなきゃいけませんね」


「僅かだが、可能性が見えてきたな」


「はい!」


「よし、仲間を探しながら世界を反時計回りに回ってメルギドを目指そう」


「了解です!」


 二人を乗せた馬車は、ボーゲンに向けて進む。

 もうすぐ日が暮れようとしていた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ただいまー!」


 ボーゲンに着いた頃にはすっかり夜になっていた。アリスは家に入り、大きな声で帰宅を知らせる。


「アリス!? おかえりなさい! どうしたの急に……あら? そちらの方は?」


「ただいま、お母さん! この人はね……」


 アリスは母にこれまでの経緯を語る。

 冒険者として今までやってきたこと、バーンに助けられたこと、そして、アトリオンを出るということを。


「そうだったの……バーンさんありがとうございました」


 アリスの母、クインはバーンに深々とお辞儀をする。

 アリスもつられて頭を下げた。

 慌ててバーンは答える。


「いえいえ、娘さんが無事でよかったです」


「ありがとうございます。それで、アトリオンを出るというのは……」


「はい、娘さん……アリスとパーティを組まさせて頂きました……一緒に旅に出ようと考えています」


 アリスの母、クインは肩を落とす。

 アリスによく似た美人は肩の落とし方もよく似ていた。

 無理もない。

 夫に続いて娘までいなくなれば、悲しみに耐えられないだろう。

 しかし、すぐに意外な返事が返ってきた。


「はい、分かりました。気をつけて行ってらっしゃい! 手紙書いてね、アリス!」


「お、お母さん! ありがとう!」


「あ、ありがとうございます」


 本当に意外だった。

 もっと止められるのではないかと思っていたのだ。

 クインは優しくアリスに語りかける。


「あなたが冒険者になりたいって言った日から、いつかこんな日が来るって分かってたから」


 アリスの目は既に潤み、耳まで赤くなっていた。

 しかし、ここで泣いたらいけないと、涙を堪えながら震えた声で精一杯強がる。


「必ず手紙書くよ……絶対大丈夫! バーンさんめちゃくちゃ強いんだよ!」


 そんな娘を見て、クインの目もまた潤む。

 娘に負けないよう、涙を堪えてアリスに頷く。


「あら、聞かせて頂戴? バーンさんってどんな人か!」


 親子の会話が始まる。

 自分の知らない親子の会話。

 バーンはそれを笑顔で見つめていた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夕食をご馳走になり、「今日はもう遅いから泊まっていきなさい」と言うクインの言葉に甘えて、出発は明日の朝にすることとなった。

 バーンは今は使われていない、アリスの父の部屋で武具の手入れをしていた。

 ふと、部屋の扉をノックされた。


「バーンさん、起きてますか?」


「あ、はい。どうぞ」


 ドアを開け、クインが中に入って来る。

 申し訳なさそうに、頭を下げていた。


「ごめんなさいね、手入れ中に」


「いえ、こちらこそすいません。お部屋をお借りさせて貰って」


 逆に恐縮してしまい、なんとなく視線を部屋に移した。

 余計な物のない、落ち着いた部屋だ。


「なにもないでしょ? あの人はいつも世界を回ってたから」


 本当にこの人は夫を愛していたんだなと、部屋を見て感じる。

 埃一つない、綺麗に掃除がされていた。


「冒険者の妻や母になるって事は、こういうことだって分かっているから……」


 バーンは真っ直ぐクインを見つめ、真剣に嘘偽りのない想いを伝える。


「お母さん、アリスは命に賭けて俺が守ります」


 クインはニコッと笑い、照れ始めた。


「ふふ、まるでプロポーズね!」


「そ、そんなんじゃないですよ!」


「娘を、アリスを……どうかよろしくお願いします」


 クインは正座をし、深々と頭を下げる。

 心なしか肩が震えているように見える。

 この人がどれだけの覚悟でこの言葉を言っているかが伝わってくるようだ。

 バーンは片膝を着き、右胸に拳を当てて応える。


「誓います。必ずアリスを連れて、またここに帰ってきます」


「ふふ、ありがとう」



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 夜が明け、明るい日差しがボーゲンの村に降り注ぐ。

 旅立ちにはぴったりの朝だ。

 朝食をとり、出発の準備が終わると、バーンとアリスは馬車に乗り込む。


「お母さん……行ってきます!」


「行ってきます。お母さん」


「行ってらっしゃい! あなたたちの無事を常に祈っています。気をつけて」


 バーンが馬車を走らせようとする。

 不意にクインに呼び止められた。

 クインが近寄り、バーンに耳打ちする。


「あなたなら、信じられる。アリス……初めてだろうから優しくしてあげてね?」


「お、お母さん!」


「ふふっ行ってらっしゃい!」


 ボーゲン村に別れを告げる。

 二人を乗せた馬車は心地よいリズムを刻みながら、王都アトリオンに向け歩を進める。


「お母さんなんて言ってたんですか?」


「……絶対言わねぇ」


「えー! なんでですか!」


「うっさい!」



 二人の声が冒険の始まりを告げていた。

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