第六話:贖罪と仲間

 

「ゲホッゲホッ……ぢぐしょう……あの野郎!」


 クルズは嘔吐しながらも、なんとか立ち上がろうとする。

 殴られた腹部をさする。

 いや、さすることができてしまった。

 殴られた部分にぽっかり穴が開いている。


「はぁっはあっ……鎧が……バケモンか」


「に、逃げようぜ! もう無理だって! 勝てっこねぇ!」

 

 ゴルドミの悲痛な願いも、頭に血が上ったクルズには届かない。


「ふざけんな、不意を突かれただけだ! バリカとアデンホを起こせ!」


 クルズに命じられ、ゴルドミが渋々二人を起こしに行く。

 アデンホはすぐ起きたが、バリカは起きられる状態ではなかった。

 気がはやり、鎧を脱いでいたため直接食らってしまったようだ。


「駄目だ! バリカは起きねぇ! というか……このままじゃ死んじまうぞ!」


「ちっ! じゃあ捨てとけ!」


「 そろそろいいか?」


 バーンの声にクルズは前を向く。

 あと少しで貪れたあの身体を奪い取った張本人に殺意が湧き上がる。


「てめぇ……やってくれたなぁ!」


「そりゃあ……俺のセリフだ」


 互いに相手を嫌悪する。

 一方は己が欲望のため。

 もう一方はか弱き少女のために。


「自分のした事が分かってんのか? どれだけ酷い事をしたのか」


「うるせぇー! 騙される奴が悪いんだよ! くそっくそっくそっ!」


「クズに何いっても無駄か……」


 バーンはクルズに剣を投げつける。

 小屋に転がっていたそれは、特筆する事はないただの鉄の剣。

 クルズは不意に投げられた剣をなんとか受け止め、それが自分のものである事を確認すると、自分が何をされたか察する。


「抜きな、丸腰は斬れねぇ」


 クルズがワナワナと震え出す。

 この男は……完全に自分を舐めている。

 剣を持ってようがいまいが関係ない。

 『お前は俺の遥か下だ』と言われたようなものだ


「てめぇは……どこまで……俺をコケに……」


「さっさとしろ……もうお前とは話しても無駄だ」


 クルズは剣を抜き、バーンに向かって駆け出す。

 腹部の痛みは怒りでかき消えていた。


「あああぁぁぁぁああ!」


 怒りで視界が赤くなる。

 この男だけは殺す……なんとしても殺してやるとクルズは剣を振りかぶった。


(えっ!?)


 時間が遅く感じ、動きが緩慢になる。

 その中で眼前の男だけが素早く動く。

 背中から抜かれた巨剣は見たこともない大きさだ。

 それが、一瞬で頭に落ちてきた。


 何かが潰れるような轟音と共に、巨剣の腹で地面に叩きつけられたクルズはピクリとも動かない。

 殺す事は簡単だった。

 だが、死は決して罪を消さない。

 

「罪を償え、クズ野郎」


 バーンはそう吐き捨てると呆然とする二人に声をかける。

 怯えて抱き合っている二人は見られただけでガタガタ震えだした。


「おい、お前ら」


「「は、はいっ!」」


「逃げたら、潰す」


 まさに今眼前で目撃したあの一撃が、自分に向けられたら……。

 二人は黙ってそこに座り込んだ。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 四人を縛り上げたバーンは小屋に入り、ランプに火を灯す。

 ベッドの上では、アリスがバーンのマントを纏い、窓から外を眺めていた。

 気を保っているか、声を掛ける。


「大丈夫か?」


「はっ! あ、はい! 大丈夫です……」


 声に反応した彼女は思いの外元気に答えた。

 少し安心したバーンは怪我などないか尋ねる。


「あ、はい……どこも痛くないです」


 幸い外傷は無かったが、居た堪れない気持ちになる。

 バーンは床に落ちていたローブを拾い、アリスに渡して背中を向ける。


「あ、あの……着ました」


「おう」


 バーンがこちらを向く。

 アリスはまじまじとバーンを見た。

 銀髪に少し黒い肌。

 背は高く、百八十センチ以上はありそうだ。

 精悍な顔立ちに、力強い金色の目。

 そして……耳が尖っていた。


「な、なんだよ?」


「あ、いえ! すいません……」


(ああ、この耳か……)


 アリスの視線と表情から、自分の耳を気にしているのだと察する。

 

「母親譲りらしい、俺はハーフエルフなんだよ」


「そうなんですか! 通りで……」


 綺麗な顔だった。

 それに、すごく温かい気持ちになる。

 先程まで窓から見えていた表情とはまるで違う。

 見ているだけで何故だかアリスは安心した。


「あ、お礼を言うのを忘れてました! 助けて頂き本当にありがとうございました!」


「ああ、無事でよかったよ。フルールも心配してたしな」


「あっ……フルールさんに心配かけちゃいました……」


 アリスは肩を落としてしまう。

 バーンは背中越しに親指で四人を指差し答える。


「お前は悪くない、悪いのはあいつらさ。もう顔も見たくないだろうから、とりあえずあいつらを村に運んでくるよ。ここで待っていられるか? ちょっとやらなきゃならないこともあるから少し遅れるが」


 バーンがそう話していた時、アデンホが騒ぎだした。

 どうやらバリカがかなり危険な状態になっているようだ。


「いかん、やり過ぎたか……加減できなかったからな……」


 頭に血が上り、必要以上に力が入ってしまった。

 バリカを見るとかなり顔色が悪く、このままだと王都までは持たないだろう。


「あの……」


 アリスがバーンの後ろに立っていた。

 その表情は怒っているような、憐れんでいるかのようで、複雑な心境を物語っていた。


「私が回復魔法をかけます」


「なっ!?」


 今、彼女が助かったのは偶然が重なった幸運だ。

 今縛られている男達が改心した訳でもなんでもない。


「バーンさんが言いたいことは分かります。でも……死ぬかも知れない人を放ってはおけません」


 そう言ってアリスはバリカに手をかざす。

 アリスの手から温かい光が溢れ出す。


「ライフリー!」


 アリスは傷を治すことに集中する。

 段々とバリカの顔色が良くなり、苦悶の表情から安らいだ顔へと変わっていった。


「あ、ありがとう! すまねぇ! 本当にすまねぇ!」


 その様子を見たアデンホが、何度もアリスに礼を言う。

 その顔をしっかりと見据え、アリスははっきりと言った。


「私はあなたたちを許しません」


 その一言にアデンホは黙ってしまう。

 当然だ、バーンが来なければ陵辱の限りを尽くしていたであろうその男を許せるわけがない。


「罪を償い、真っ当に生きて下さい。その時私はあなたたちを許します」


 そう言ってアリスは笑った。

 バーンは驚愕すると同時に感嘆する。

 そして、アリスに興味が湧いた。


(すごい奴だ……普通は笑えない。それだけのことをされた筈だ……)


 馬車に四人を乗せ、村に向けて出発する。

 アリスもバーンの隣に座り景色を眺めていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 リック村のリンク石を使い、王都から衛兵を要請した後、バーンとアリスはバーンが借りてきた馬に乗りショークシャへと戻ってきた。

 二人はすぐに冒険者ギルドに向かう。

 ギルド内に入るとフルールがこちらを見つけ、駆け寄ってくる。


「アリス!」


「フルールさん!」


 フルールはアリスを抱きしめる。

 自分を責めていた受付嬢は目を瞑り、唇を噛みしめる。


「ごめんね……あたしらがもっとよく見ていればこんな事にはならなかったのに……本当にごめんね!」


「フルールさん……心配をかけてごめんなさい。フルールさん達は悪くないです。私が甘かったんです」


 二人はしばらく私が、あたしがと言い合っていたが、バーンに気付いたフルールがバーンの手を取る。


「バーン、ありがとう。あんたのおかげだよ」


「ギリギリだったけどな。まぁよかったよ。あ、これついでにクエスト完了な」


 そう言ってバーンはゴブリンの証拠素材を出す。

 フルールは唖然としていたが、急に笑い出す。


「たいした男だね……あんたは」


 フルールはバーンにも何度も謝罪とお礼を繰り返した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 バーンはアリスと一緒にギルドを後にする。

 アリスがせめてものお礼に食事を奢りたいときかなかったからだ。


「あ、あの! 今日は本当にありがとうございました! バーンさんが来てくれなかったら、私は……」


「考えるのはやめとけ。ギリギリ間に合った、それでいいだろ?」


 アリスの言葉を遮り、無事だった事を強調する。

 また嫌な思いをする必要はない。


「はいっ! そう言えばいつの間にゴブリンを?」


「ああ、森を駆け抜けようとした時に出くわしたんだ……見過ごしたら村が危なかったからな。すまん」


 もっと早く着いていれば、縛られる前に助けられたかもしれないとバーンは後悔していた。

 頭を下げるバーンに、アリスは手を横にぶんぶんと振り、慌てた様子で答える。


「いえいえ! もう謝らないで下さい!」


「ん、分かった……それで、アリスはこの後どうするんだ? 冒険者……続けんのか?」


 沈黙の中、二人は歩く。

 無理のないことだ。

 一生のトラウマになってもおかしくない。


「……正直迷ってます」


(だよな……)


 しかし、この時バーンはある想いがあり、どうしても確認しておかなければならない事があった。


「アリスは……なんで冒険者になったんだ?」


「私は……お父さんを助けるために冒険者になりました」


「親父さんを?」


「はい、お父さんは……ヴァンデミオンに居るんです」


「……ヴァンデミオンか」


 今は亡きヴァンデミオン。

 それはつまり、かなり難しいということだ。

 だが、バーンはすぐさま答えた。


「だったら続けるべきだ。そのために今まで頑張ってきたんだろ?」


 アリスは下を向いて俯いてしまう。

 折れかけていた心が今日砕かれようとしていた。


「でも……もう……」


 その言葉には二つの意味が込められている。

もう人を信じられるか不安だという事と、もうアリスの父親は……。


「生きてるよ、きっと」


 バーンは事も無げに言う。

 あっさりと言われたことで、アリスは戸惑いを隠せない。


「……え?」


「きっと、生きてる」


 アリスの瞳から涙が溢れる。

 あまりにも当たり前のように言われ、そんな慰めに腹が立った。


「な、なんでわかるんですかっ! バーンさんでも適当な事言ったら怒りますよ!?」


「俺の両親も、ヴァンデミオンに居るんだ」


 アリスは驚き、後悔する。

 当事者は自分だけではない。


「ごめんなさい……私……」


「いや、アリスが怒るのも無理ないさ。俺こそ悪かった」


 二人はショークシャの大通りを歩く。

 もうすぐ正午になろうとしているショークシャの町は多くの人で賑わっていた。

バーンはアリスに優しく語る。


「アリスだって信じてるんだろ? だって、お父さんはヴァンデミオンに〝居るんです〟って言ったじゃないか」


「あ……」


「〝居た〟じゃなく〝居る〟んだよ。俺もそう信じてる」


 アリスは瞳から溢れる涙を抑えられなかった。

 同じ気持ちの人がいた。

 それが嬉しかった。


「なぁアリス」


「はい……」


 バーンは足を止め、アリスと向き合う。


「俺と……パーティを組まないか?」



 ショークシャの町に正午を知らせる鐘が再び鳴り響いた。

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