第五話:光と怒り

 

 平原に作られた道を、馬に乗った騎士が駆ける。

 道の両側には低い草がびっしりと生えており、それが見渡す限り広がってまるで緑色の絨毯の上を走っているようだった。


 奴らが出発したのが二時間前なのは馬車の貸し出しで分かっている。

 馬車や馬にを借りる際は最初に保証金を渡し、身分を証明できるものを提示する。

 貸し出しの馬車や馬は組合で管理しており、大きな町には大体貸し出し所と返却所がある。

 確認には〝リンク石〟というものを使用する。

 魔力が込められた魔石に情報を詰めることで、離れていても連絡をとることができるという代物だ。

 大きなものであれば遠く離れた国とも交信が可能となる。

 奴らはギルドの認定書を提示していたからすぐに分かった。

 バーンも馬を借り、急ぎ後を追いかけていた。

 馬がバテてしまわない程度に速度を出す。


(暗くなる前になんとかしねーと。道もわからなくなるし、何より奴らはその気だろうからな)


 バーンはアリスの事を想う。

 簡単にではあるがフルールから彼女の事を聞いた。

 彼女は必死だったはずだ。

 何とかパーティの役に立とうと、努力していたとフルールから聞いた。

 何度パーティをクビになっても諦めたくない何か訳があるんだろう。

 絶対に諦めたくない何かが。

 それを、その想いを踏みにじろうとしている奴らがいる。


(許せねえ……)


 手綱を握る手に力が入る。

 バーンは馬を少し早めた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ここにはいない!?」

「え、ええ、クルズさん達は山の麓の小屋でゴブリンを退治すると……」


 リック村に着いたのは辺りが暗くなる頃だった。

 奴らを乗せた馬車より馬単体の方が早い。

 本来ならもう少し早く着いたのだが、バーンの装備が重いこともあり奴らより一時間程遅れてしまった。


「くそっ! それはどこに!?」

「ここから北に向けて三キロ程森を抜けた先にありますが……」


バーンは礼を言い、馬に跨る。

村長が森を今抜けるのは危険だと言うが、先を急ぐバーンは優しく強く言う。


「行かなきゃならないんだ」


 北の森に向け馬を走らせたが、森の中は暗く馬が暗闇を恐れて入りたがらない。

 だが、こんな所で足踏みしている場合ではなかった。


「走った方が早いな……」


 バーンは馬を降りて森を駆け抜ける事にした。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 しばらく走ると森が薄くなり、小高い丘のような草原に出た。


「くそっ! どっちだ!?」


 視界が広く、自分の位置が掴みにくい。

 山の麓だと言うが、いくつかある山の何処にあるかが分からなかった。

 バーンが焦りを感じていたその時、右手の方角から緑色の光が見える。


「あれか!?」


 バーンは直感で光に向け全力で駆け出した。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「誰だてめぇは!」


「通りすがりの冒険者だバカヤロウ」


 突然現れた黒い騎士に、クルズ達は驚いていた。

 月明かりが顔を照らすとクルズが驚きの声を上げる。


「てめぇ、バーンか!?」

「さすがに切り抜きした相手は覚えてたみたいだな」

「あんなもんはやられた方が間抜けなんだよ!」

「ああ、かもな。けどそんなこと、今はどうでもいい。だがな……お前らが今やろうとしてることは絶対に許さねえ!」


 バーンはちらりとアリスを見る。

 縛られてるアリスを見て、怒りが込み上げる。


(すまん……もう少し早く着いてりゃ怖い思いをさせずに済んだのに……)


 怒りで全身が震えだす。

 いつも以上に全身に力が入る。


「ファレン!」


 ゴルドミの声と共に火球がバーンに向けて放たれたが、握り締めた怒りの拳を振り抜く。


 パァン!


 破裂音と共に火球が空中で霧散する。

 暗闇のなか降り注ぐ火の粉は、床に落ちる前に消えた。

 怯むゴルドミを睨みつけながら、怒りを込めて言葉をぶつける。


「なんだ今のは? 修行不足だな……安心しろ、時間はたっぷりある……檻の中でなぁっ!」


 言うや否やバーンは全力で床を蹴った。

 まず狙うのはアリスに近いバリカ。

 床を叩く音と共に猛烈な勢いで近づいてくるバーンに、バリカは戦慄する。

 咄嗟に近くにあった斧を手に取り、バーンに向けて振り下ろした。

 が、それを瞬時に右に避け、アリスが横になるベッドを守るような形を取りつつバリカの脇腹に渾身の力で拳を叩きこんだ。


「オラァッ!」

「ゲボォッ!?」


 呻き声というより、内臓が口から出るような音を上げ、バリカは吹き飛ぶ。

 たまたま近くにいたアデンホを巻き込み、二人は窓から外に文字通り叩き出された。


 ガシャーンッ!


 窓が割れガラスが飛び散るのを見たクルズは、バーンに向けて振り返り、恨み言を言おうとする。


「てめ……うごおっ!?」


 言い切る前にクルズの腹に拳が刺さる。

 悶絶は後回しにしろと言わんばかりに、突き刺した拳にクルズを乗せ、窓から再び叩き出した。


「ひっひぃぃぃ!」


 情けない声をあげて座り込むゴルドミにゆっくり近くと、脇と股間に手を入れ持ち上げる。

 手足をバタバタされても全く揺らがないその力で窓から三度叩き出した。


 全員を窓から叩き出した所でアリスに近づく。

 見えている柔肌を見えないようにバーンは自分のマントをかけ、ロープを切った。

 ロープまで捲し上げられたローブが床に落ちる。

 突然の状況に混乱したアリスだったが、助けに来た黒い騎士の紳士的な行動に安堵し、わずかに声を絞り出した。


「あ……」


 混乱している彼女を安心させるため、優しく、静かに声をかける。


「すまん、遅くなっちまった……怖かったろ? もう大丈夫だ」


 その優しく力強い声に、アリスが抑えていた恐怖の感情が溢れ出す。


「うっ……あああぁぁぁぁ!」

「大丈夫……もう、大丈夫だ」


 何度も優しく声をかけ、バーンはアリスの頭を撫でる。

 そして、この可憐な少女を穢そうとしたあの男達を今一度懲らしめるために立ち上がる。

 離れた気配にアリスは顔をあげ、そこにあるバーンの背中に目がいった。



 巨大な剣が二本、そこにはあった。

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