三人そろわば奇跡がおこる・・・・かも??

「ん、なッ・・・・・!」

「ね? 聞いてくれますか?」



目の前の藤堂さんは自然に笑顔を浮かべていて、自分がどれ程の

事を言っているのか、解らないといった様子だった。


その姿勢に怒りすら覚える。

自然で、普通で、感情の籠っていない微笑みが。



「何を仰っているんですか⁉」



立ち上がる私を見て藤堂さんが、「え?」と小首を傾げる。



「私、何か可笑しなこと言いましたか?」

「あ、あ・・・・・当たり前です! そんなこと―――」



藤堂さんを糾弾しようにも、正しいと自信の持てる言葉が出て来ない。

だって―――言う事を聞かないと死ぬとか、そんな事は、誰が、

彼女の様な幼い少女でさえ可笑しい事だと、簡単に理解出来るくらい、

常軌をいしていたから。きちんと説明せずとも誰もが理解できる。

しかし、



「それに、どうして雨ではなく、私に頼むのですか!

私は兎も角、雨は・・・・・、貴方のお友達でしょう⁉」



それに、藤堂さんは首を横に振った。悲しそうに俯き、力が抜けた様に

両腕を垂らしていた。



「―――宇崎さんは、友達じゃありません・・・・・」

「ぇえ・・・・?」



今日会ったばかりだが、初めてだったかも知れない。

彼女がこんな、悲しい顔をしているのは。

今、藤堂さんは私に、『悲しい』と言う感情を露わにしていた。



「どういう・・・・・・」

「宇崎さんは、私のお願い事を聞いてくれないんです。

他の友達はみんな聞いてくれるのに・・・・・・。

私は、宇崎さんと友達になりたいんです。だから・・・・・」



だから・・・・・―――そこで藤堂さんは黙り込んだ。

私は彼女に尋ねる。



「だから・・・・・・?」

「私がマギコさんの代わりになります。

マギコさんがいなくなったら、きっと宇崎さんは私の所に来てくれる。

きっと・・・・・・、です」



嬉しそうに、藤堂さんは笑っていた。

宵闇に浮かび上がる彼女のシルエットが小刻みに揺れ動く。

嬉しそうに笑い、肩を震わせている。



「ちがう!!!!」



急に怒鳴り声を挙げるから、驚き退く藤堂さん。

勝手に、すらすらと言葉が飛び出して来る。



「雨は私を、魔法少女だからと言う理由で私といるわけではありません!」

「でもマギコさん、魔法少女ですよね?」

「確かに私は、魔法少女“でした”。でも、今の私は違う。

いいえ、最初から私は・・・・・、魔法少女なんかじゃ無かった。

だから宝の持ち腐れみたいな力を奪われてニンゲン界に墜とされた。

そんな出来損ないの私を、雨は、マギコの居場所は此処だからいていいと

言ってくれました・・・・・・!

誰が何と言おうと、マギコが何と言おうと此処だと、言ってくれたんです!!!」

「そうなんですか?」

「はい! オムライスを食べながら!」

「オムライス?」

「ハイ!――いえ、あッ・・・・・、ちが・・・・ええと」



勢いで余計な部分まで叫んでしまった事に、心の底から赤面した。

それに追い打ちをかける様に、藤堂さんがくすくす笑って、



「仲良しですね」

「―――は、ハイ・・・・・、友達なので!」

「友達・・・・・ともだち・・・・・トモダチ・・・・・」



ぶつぶつ、まるで呪文を唱えるかのように藤堂さんが呟き続ける。

『友達』という、言葉を。そして、



「友達って、そういうことだったのかな・・・・・・・」



と、小さく囁いた。



「え・・・・・・?」

「私も欲しかったなぁ・・・・・、友達」

「―――――ッ‼」



私が息を呑んだ頃には、藤堂さんの身体は、夜の闇の中で

舞っていた。風に煽られ、服の袖がはためいていた。



「だめぇええええええええ!!!!」



今の私には魔法など使えない。いやそもそも私に彼女を救えるような

高等な魔法も呪文も知らない。

走って間に合うか。何とかして藤堂さんを―――。



頭の中をぐるぐると考えが廻りに廻る。

藤堂さんの白く細い踝(くるぶし)を視界に捉える。

飛び掛かる格好でその踝を摑む。



「やった・・・・・‼」



その瞬間、藤堂さん諸共、私は夜の闇に飲み込まれて行った。

視界を反転させながら落下してゆく私と藤堂さん。

咄嗟に眼を塞ぐ。衝撃に備えようと首に力が入る。

そんな努力は無駄だと――頭の何処かで理解して。







どのくらいの時間が経過したのだろうか。

何処までも暗い虚空が拡がっており、其処には何も点在していない。

天国とはこういう所なんだと、ぼんやりとした意識の中思った。


昔、お姉様達と、死んだら何処に行くのかで論争になったっけ・・・・・。

ニンゲンは亡くなったら天国へ行くと聞いていた。

とても穏やかで、幸福に満ち溢れた場所だそうだ。


なら、私たち魔法少女の『天国』は、どんな所なんだろう。訊くと、

アリカお姉様は「わからない」と首を横に振った。

エディお姉様は「わからない」と首を横に振った。


私は―――ずっと以前、恐らくお姉様達は憶えていないであろう疑問の答えを、

可笑しな話・・・・・、下界で、魔法少女を止めて理解出来た。



天国とは――何もない、虚無のセカイなのだと。

いや、あの時私は落下した。暗く、固い地に。

なら此処は、地獄なのかもしれない。



―――何もない、感じないセカイ。

藤堂さんを、雨を見捨てたのだから、これは、当然の報い・・・・なんだろう。



踝に違和感を感じ脚を動かした。

すると、柔らかい何かに触れた。


手だった。私の脚は、誰かに強く握られていた。

振り払おうともがいてみたが、その誰のものか判らない手は、

がっちりと私の脚を摑み、一向に放そうとしない。

そして気づいた。その手と同様――私も、誰かの脚を強く、握っていた。


瞬時の内に、情景が拡がってゆく。

私に脚を摑まれ、宙ぶらりんになった藤堂さんの姿が。

私は即座に空いた手で足を引っ掴み藤堂さんの身体を支えた。

魔法少女なら女の子の一人くらい、持ち上げるのなど造作もない。

でも生憎、今の私は唯のマギコ―――ニンゲンも同然だ。

藤堂さんの体重が一気にかかり、私の腕に激痛が走る。

もげそうな程に、だ。


私は辛く、痛いのだ。

ならば、そんな私と藤堂さんの二人を持ち上げている人は、

尋常でない苦痛に違いない。


私はそのままの姿勢で何とか振り返り、その人の顔を拝んだ。

意外な事に、その人は少女だった。

私や藤堂さんと、大して年数の変わらない、何処にでもいそうな

女の子。


でも私は、その少女の顔をよく知っていた。



「――――あ・・・・・雨⁉」



少女の名を叫ぶ私。

辛そうに顔を引きつらせており、それでも雨は必死に両手で私の脚を

摑み、落下してゆく私と藤堂さんを屋上に引き留めていた。



「あ・・・・雨、―――どうして・・・・・?」

「・・・・・・、マギコが・・・・なんでもないってッ・・・・・、

嘘ついてたから、――――心配になって・・・・!」



苦しそうに言葉を吐く雨の掌は、血で紅く滲んでいた。



「う、ウソなど・・・・・・」



確かに私は雨に嘘をつき、今此処にいる。

でも何とか平静を装って来たつもりだった。



「マギコ、噓つくとき・・・・・、どんな顔するか知ってます・・・・ッ?」



唇の角を釣り上げて雨は言った。



「えっと・・・・、どんな顔してるんです?」

「―――ッ、どんな顔、してると思います・・・・かッ!」



なんだ、雨には全部、解っていたのか。

嘘をつくのなど、最初から無駄な行いでしかなかった。


でも、だからこそ―――雨は今こうして私達を支えている。

死なせまいと、必死に私達を繋ぎ止めている。

安心したら力が抜けた。


が、直ぐに入れ直した。

藤堂さんの脚を摑んでいたのを思い出したから。

身体中からぶわっと冷や汗が噴き出る。



「――――ッぶな!!!」

「ッ⁉ なんですか⁉」

「雨、申し訳ありませんが・・・・・、早く引き上げてはくれませんか?」

「いま・・・・、やってるでしょ!!!!!」



上から雨の罵声が降って来た。

雨の掌の血のせいか、足に嫌なぬめりがする。

呻き声をあげながら、懸命に私と藤堂さんを屋上へと連れ戻そうと

する雨。



「もぉ・・・・・げん・・・・・かい・・・・!」

「雨、無茶は――――」



そう言いかけた瞬間、雨の手から、私の脚がすり抜けた。

「ああ‼」と涙声での雨の叫び声がしたが遠のいてゆき、

私達は地面に落ちてゆく。


私は落下中の刹那、マンションの側ら、まるで寄り添うかの様に

葉を付けた木が立っているのを視界に捉えた。

決死の覚悟で、私は身をよじった。

藤堂さんを抱き寄せて。


すると上手い事木の枝に呑まれる格好で、私達は落下出来た。

スピードが徐々に落ちてゆく。

そして私達は、殆ど無傷で地上に到達した。

地面に着地する際、周りに草は生えておらず、やむを得ず私は、

私自身を、藤堂さんのクッションとなった。

背中に鈍い痛みが走ったが、それは、下界に墜とされた時のそれと

大差なかった。



「マギコ、藤堂さん!!!!」



血相を変えた雨が、私と藤堂さんの下へ駆け寄って来た。

藤堂さんは、気絶している様だった。

私はホッと胸を撫で下ろし、



「いたた、ご心配お掛けして申し――――」



目の前の雨は、瞼に大粒の涙を浮かべ、泣いていた。



「まぎごぉ・・・・・どぉどぉさぁ~~ん・・・・・!」

「ああ雨⁉ 大丈夫ですから! 私も藤堂さんも大丈夫ですから!」



見ると雨はパジャマ姿で、掌も足の裏も、鮮やかな紅に染まっていた。

〈奉仕〉先の女の子を泣かせるなど・・・・・、私は、魔法少女失格です。

私は雨の冷たくなった掌を弱く握り、詫びた。



「ご心配をお掛けして、本当に申し訳ございませんでした」



雨は怒らなかった。その代わりとして、私に訊いた。



「もぉ・・・・・、だいじょーぶなん・・・・ですか・・・・?」



私はそれに対し、「はい」と、満面の笑顔で言って見せた。

すると、雨も笑った。ふっくらとした頬に涙の筋を浮かべて。





              ▽▽▽

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る