第29話 デザートも食べるのだ

 さて、座りが悪いポップな店内でパフェを頼んだのはいいのだが……クロと咲さんが選んだメニューは斜め上だったんだ。

 

「さ、咲さん、クロ、それ全部食べられるの?」

「もちろんですぞ!」

「うん、大丈夫よ」


 なんと、五十センチほど高さのあるグラスに入った巨大パフェを二人が注文していたんだよおお。


「お待たせしました」


 店員さんが、テーブルにゴトリと巨大パフェ二つとホットコーヒーを置いて礼をすると奥に戻っていく。

 一瞬だけ見せた店員さんの驚いた顔が印象的だった。

 

 手を合わせてから食べ始める二人を眺め、コーヒーを一口。咲さんは上品に食べ、クロは……なんかほっぺにいっぱいついてる。

 

「勇人くんも食べる?」


 俺の視線に気が付いた咲さんが、こちらに目を向けた。あ、いや、食べたいわけじゃなくて咲さんたちを見たかっただけなんだけど……可愛いからね!

 クロも黙ってたら美少女と言っても言い過ぎではないくらい整った愛らしい顔立ちをしているし。

 

「あ、うん」


 しかし、自分の考えていたことを悟られたくない俺は咲さんに返事を返す。

 

「じゃあ、勇人くん、あーんしてね!」

「あ、う、うん」


 口を開けると、咲さんがこれでもかとスプーンに生クリームやらを乗せてにこやかにほほ笑む。

 か、可愛いなあ。もう。

 なんて思っていたら口の中にスプーンが突っ込まれた! うおおお、入りきらねえ。

 

 ちょっとだけむせてしまったけど、なんとかもぐもぐできた。

 

「あ、勇人くん、口元についてるよ」

「え、さ、咲さん……えええ」


 ほっそりとした白磁のような指で俺の口元についた生クリームをすくいとる咲さん。

 そのまま、自分の口へ指を入れてちゅぱちゅぱと……。

 

「ゆうちゃん殿、吾輩もあーんしたいです」

「お、おう。ちょ、待てええ、クロ、多い多いって、すでに垂れてるじゃねえか」

「大丈夫です!」


 ぬああ、口にさえ入ってねえって。何してんだよお。

 ん、いつのまにかクロが俺の横に。

 

「ちょ、ちょおお、ペロペロしないでえ、ここ、外、外な」

「おいしいです」

「俺にあーんじゃねえのかよお」


 こ、このエロ猫がああ。

 俺はクロの唾液と生クリームの残骸でベトベトになった顔をおしぼりで拭う。ふう。どこにいても油断も隙もねえな。

 

 この後二人はきっちりと巨大パフェを完食して店を出たのだった。

 

 ◆◆◆

 

 温泉宿に戻り、骸骨くんにうっしーの服を手渡すとロビーのカウンター横にあるパソコンで予約が入っていないかチェックする。

 お、おお。来週と再来週に一件入ってるな。ウェブサイトの片隅に乗せているだけだけど、ぽつぽつと予約が来るのはありがたい。以前お泊りしたお客さんから感想も書き込まれているじゃないか。

 いいぞお。どれどれ。

 

『料理がおいしくて、温泉も外湯の岩風呂と内湯の檜風呂と豪華でした。この値段とは思えないほど素晴らしい温泉宿でした。サウナや他に楽しめる湯船なんてあれば、なんて思っちゃいましたが、4280円でそこまでは求め過ぎでしょうか。総合的に見て超オススメです!』


 おお。なるほどなあ。確かに、例えばジェットバスとか香草風呂、サウナなんかもあればより楽しめる温浴施設になる。現状週に一組程度だから、そこまでするのもなあ。

 

 しかし、事態は俺の予想以上に推移していく。

 二週間が過ぎるころ、週に三組の予約が入ったんだ。朧温泉宿の感想の投稿も増えていて、ビーフシチューが話題になっている。

 そうなんだ、キラーアイテムになれると思って投入したダンジョン産赤牛を使ったビーフシチューが口コミで広がっているみたいで、これから更に予約が増えてきそうな勢いなんだよ!

 もうすぐ物産展もあるし、ここでもビーフシチューを出す。これは期待大だな!

 

 ◆◆◆

 

――物産展当日

 物産展はこの前の神社のように俺たちが売り子をするわけではなく、物産展側が販売スペースを準備して売り子もやってくれる。だから、俺はビーフシチューを規定分提供しただけで、親父さんが料理する様子を後ろで眺めているだけだ。

 咲さんたちは朧温泉宿で留守番していて、この場には俺と親父さんしかいない。

 デザートコンテストの結果は、なんと銀賞をいただいた! コンテストに出品した作品は、金賞、銀賞が二品、銅賞が三品選ばれていた。コンテストに参加したデザートが百くらいあった中での快挙に俺は力一杯の拍手を送った。すげえよ、親父さん!

 ビーフシチューもお昼過ぎに全て売り切れたようで、これは最も早い売り切れだった。いやあ、大成功だな、うん。

 

 翌朝の地方紙には、親父さんの作ったダンジョン産のリンゴアンブロシアを使ったパフェとビーフシチューがセットで紹介されていて、でかでかと朧温泉宿の名前と電話番号が記載されていたんだ! これは、いい宣伝になるぞお。

 その日のうちに数件の予約が入って、また電話が鳴り響く。

 

「はい、朧温泉宿です。え? 本当ですか、それならぜひ! ええ、三日後ですね。了解いたしました」

 

 電話を切ると、キラキラした目で咲さんが俺を見つめてくる。

 

「どうしたの? 勇人くん?」

「すごいことになったよ。咲さん、取材が来るんだ!」

「んん、どういうことなの? 勇人くん?」

「ええと、地元のテレビ局がやってきて朧温泉宿を紹介してくれるんだよ。テレビに映るんだ、俺たち」

「すごいじゃない! 勇人くん!」

「うん!」


 地方の放送にとどまるといっても、テレビだぞ、テレビ。これはすごいぜ。

 取材に来る人も、ご当地アイドルだというのだから華があっていい。

 

「あー、こんなことなら、大浴場を改装しておいてもよかったなあ」


 俺の呟きに咲さんが興味津々といった様子で尋ねてきた。

 

「勇人くん、大浴場をどうしたいの?」

「え、ええと」


 俺は咲さんに先日考えた、サウナや薬草風呂のことを説明すると彼女は感動したように頷きながら俺に密着してきた!

 

「すごい、すごいよ、勇人くん、そんなにたくさんのお風呂を思いつくなんて!」

「でも、今回は三日後だしいずれできればいいかなあと思ってるんだ」

「せっかくだから、取材が来るまでにやらない? 勇人くん」

「え、三日後に来るから二日でとか無理だよ、咲さん」

「二日あれば大丈夫と思うよ。親父さんのところに行こ、勇人くん!」


 え、えええええええ。

 咲さんがウキウキと俺の手を引くが、待って、待ってくれ、サウナとジェットバスと薬草風呂を増設するんだぞ。大浴場の広さ自体変わる大工事なんだあああ。いくらなんでも無茶だってえ。二か月はみとかないと。


 しかし、親父さんの反応は俺の予想を軽く超えてきた。

 

「ほうほう、勇人君、それはおもしろいアイデアだね。やろうじゃないか!」


 うむうむと両手を組みながら頷く親父さんにあっけにとられた俺……

 

「で、でも親父さん、三日後に来るんですよ、取材が」

「なあに、一晩でやってしまおう。今晩やろうじゃないか」

「え?」

「骸骨くんと私、マリー、咲さんの四人でやってしまう」

「ま、待ってください。俺も参加していいですか?」

「もちろんだとも! 君がいてくれると助かる。だが、明日に差しさわりないようにしてくれたまえよ」

「明日はお客さんが来ませんし、徹夜でも平気です!」

「そうかね、では、夕飯の後、みんなが汗を流し終わったら始めようか」


 まじかよ。

 いや、人外の凄まじい能力は俺だって身をもって味わってきた。でも、一晩で二か月かかる工事を仕上げてしまうと言われたら……さすがに信じることができないよ。

 

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