第28話 不本意ながら服を買いに
朝起きて朝食までの間に黒猫をモフモフさせていたら、着物姿の咲さんが俺の自室へとやって来た。
あ、お客さんがうっしーでも一応着替えるんだ。俺? 俺は昨日ジャージだったな。
「おはよう、勇人くん」
「おはよう、咲さん」
咲さんはこの時間だというのに、髪の毛はきっちりアップに整えていて、いつでも客先に出ていくことができる感じだった。
一方の俺は髪の毛ははねとび、寝間着姿と酷いもので……咲さんの朝の強さに改めて感嘆する。
「咲さん、ちゃんと寝てる?」
でも、毎朝日が出る前には身支度を整えている咲さんが大丈夫かと不安になってつい聞いてしまう。
「うん、三時間も寝ているの」
「だ、大丈夫なの? それ?」
「二時間くらい寝れば平気なんだけど……ついつい寝過ぎちゃうの」
「ひょっとして、マリーと親父さんもそれくらいなの?」
「マリーと親父さんは四時間くらい寝ていると思うよ」
なるほど、睡眠時間もそれぞれ違うのかあ。俺は六時間くらい寝るので、咲さんらがいつも起きているように見えちゃうってことかあ。
しかし、それにしてもこの猫……モフモフしながら、彼女に目をやる。
「どうしたです?」
「いや、何でもない」
クロは一日の半分くらい寝ているからな。猫だから用がないと寝そべるんだろうか。
四六時中、妄想でハアハアされるよりは寝ていた方が都合がいいけど。
「あ、咲さん、どうしたの?」
訪ねて来たってことは何かあるんだろうと思い、彼女に聞いてみると……
「勇人くん、ショッピングに行かない?」
「んん、うっしーが帰ってからなら……あれでも一応お客さんだし」
「それがね、勇人くん。うっしーさんの服がないみたいで、下着じゃ帰れないって言ってるみたいなの」
「……そ、そうなんだ……じゃ、じゃあ、買い物に行かないとだね……」
犯人は僕ですとは言えず、朝食を食べたらすぐに買い物に行くことにしよう。
「ゆうちゃん殿、吾輩も行ってもいいです?」
「あ、そうだな。ついでにクロの服も買っちゃおう」
「勇人くん、私も買っていいかな?」
「もちろんだよ、咲さん」
おー、楽しみになってきたあ。美女たちとお買い物。前回は……なんだかハラハラしたけど、今回咲さんがスカーフを巻いているしポロリする心配もないだろ。
ん、でも、待てよ……クロに服を買うなら彼女を人型にしないといけないじゃねえか。
そのことに気が付いた俺は急速に不安になってくる。人間の常識が一番欠落しているクロを連れて無事戻ってこれるんだろうか……。
◆◆◆
猫耳になってワンピースを着たクロと咲さんを軽トラックに乗せて、この前来た大型衣料量販店に足を運ぶ。咲さんと二人だったら遠出して……うふふ……少し洒落たショッピングモールとかで、デ、デートなんて考えてたけど、クロがいるなら無難なところがいい。
何が起こるか分かんないしなあ。突然脱いだりしなきゃいいんだけど……。
だだっ広い駐車場に車を駐車すると、隣に座るクロへ声をかける。
「クロ、その耳ってしまえるの?」
「耳でござるか?」
クロは自身の猫耳をピコピコさせながら、うーんうーんと何やら考え始めた。
しばらく様子を眺めていたら、頭からプスプスと煙が出てきそうだったんで彼女の猫耳をなでなでする。
「クロ、無理ならいいから」
「はいです」
「こんなこともあろうかと、ニット帽を持って来たんだ」
俺は先にボンボンのついた白いニット帽をリュックから出すとクロにかぶせる。
うん、大き目だから違和感なく猫耳が隠れるぜ。
「よっし、じゃあ行こうか!」
「はいです!」
「うん」
そんなこんなで、広い駐車場からお店の入り口に向かっているわけだが……
「普通に手をつなぐくらいにしてくれたら嬉しいなあ……」
「そ、そう? クロの真似をしてみたんだけど……嫌だった? 勇人くん?」
上目遣いで俺を見つめてくる咲さん。ぬうう。上目遣いは反則だああ。可愛いったらありゃしねえ。
し、しかしだな。左右から密着されるとだな。その、俺のきかんぼうが。
察してくれよ!
「ゆうちゃん殿、元気です」
クロおおおお。ぶっちゃけるんじゃねええ。
「うん、勇人くんの顔色は悪くないわ」
「何言ってんの、クロ」って感じに首をかしげる咲さんだったけど、通じてないからよかった。
このエロ猫がああ。
俺はクロの頭をぐわしっと掴むと、俺の肘にいけないところをスリスリしている体ごと引き離す。
「ゆうちゃん殿お、いけずでござる」
「このままだと歩けないって言ってるじゃないか!」
店内に入る前からこんなんで大丈夫か? やはり俺の予感は正しかったんだろうか。いや、大丈夫だ。人外だとばれたり、クロが痴女にならなきゃ……。
――衣料量販店 店内
ええと、まずはあの牛の服を見繕わないと。しかし、サイズが全く分からん。適当にフリーサイズで誤魔化すか。
「勇人くん、うっしーさんのどれにしよう?」
「んー、何着てたっけ……記憶が……」
「うーん、私もあまり覚えてないや」
咲さんと俺がうんうん唸っていると、クロが何かに目をつけたようだ。
「ゆうちゃん殿、あれ、あれがいいです!」
「お、クロの好みのがあった?」
「はいです! あれです!」
クロが俺の肩をたたきながら指をさす方向へ目を向けると……あれは。
「クロおお、あれはパフェの写真だあ!」
「ダメです?」
「だ、ダメじゃないけど、後で食べようか」
「やったです!」
目を輝かせるクロへ微笑ましい気持ちになり、彼女の頭をなでなでするとニット帽越しだというのに彼女は気持ちよさそうに目を細めた。
さてと、ここでうだうだ悩んでいても仕方ない。服を探すか―!
――三分後
「咲さん、これでいいんじゃない?」
「勇人くんが選んだものなら何でもいいと思うの」
俺が咲さんに見せた服はというと、長そでのフリースにひざ下くらいまでのスカートだ。後は黒色のタイツとクリーム色のニット。こんなんでいいだろ。
万が一、ニットが着れなくても、このフリースは大き目だからこれだけ着て帰ればいい。スカートも微妙な長さにしておいたから、短くなっても長くなっても大丈夫。
ただし、見た目のダサさは保証する。何しろ、俺が適当に選んだものだからな!
お次はクロのを探そうか。
――三十分後
「咲さん、クロ、これどうかな?」
「可愛い、肉球マークがお尻に入ってるんだ」
「吾輩、何でもいいです!」
俺が手に持っていたのは、濃紺のデニム生地を使ったホットパンツだった。
咲さんの言うように、猫の肉球マークが入ってて、クロっぽいからいいかなあと思ったんだ。
上は咲さんが選んでくれた着やすそうな黒色のノースリーブにした。このノースリーブはキャミソールみたいに胸から上が開いていて、その両端から伸びた紐が中央で交差している。
これなら頭を通しやすいし、クロでも着ることができるだろう。胸の中央には白でハートマークが描かれていてとても可愛い服なんだ。
「じゃあ、レジに行ってからパフェを食べにいくかあ」
「やったですうう!」
子供っぽくはしゃぐクロの様子を見た俺と咲さんは目を合わせ、お互いに笑顔になる。
いつもこんな感じならクロも可愛いのになあ。
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