第27話 俺の魔法をくらうがいい

――翌朝

 ダンジョン産の酒はもう飲むまいと思いながら、顔を洗って食堂に顔を出す。すると俺を待っていたかのように親父さんが声をかけてきた。

 

「おはよう! 勇人君! さっそく作ってみたのだが食べてみてくれないかね?」

「はい。食べてみたいです」


 「うむうむ」と頷きながら、親父さんが奥に引っ込んで戻ってくるとお盆の上にシャーベットみたいなデザートが乗っかっていた。

 朝からデザート……と思ってしまったが、きっとこれは昨日採ってきたリンゴを使ったものに違いない。

 さっそく親父さんはデザートコンテストに出す料理を試作し始めたのか! 仕事が早い。

 

「では、さっそく、いただきます!」


 まずはじっくり見た目を楽しもうじゃないか。デザートというのは見た目も大事だからさ。

 ふむ。透明な三角形のグラス(底に行くほど狭くなる容器)から見える色は白と薄い黄色の二種類。上にはリンゴと桃の切ったものが乗っていて、周囲を生クリームが囲っている。

 ほうほう。いいじゃないか。見るからにおいしそうだ!

 

 フォークでリンゴを突き刺して食べてみる。

 ほうほう。これは……あまーーーい。それでいてしっかりした歯ごたえ。

 桃は洋ナシに近い味がするけど、洋ナシって独特の匂いがするんだけどこちらはそんな香りは一切せず桃の香りとおんなじだ。すっきりした甘さで舌を引き締めてくれるぞ。

 

 生クリームもダンジョン産の牛乳か。こいつも濃厚で牧場で食べる生クリームより味が濃い。

 お次は……グラス上部の黄色を食べてみよう。

 おお、これはリンゴのピュレだな。滑らかな舌触りがたまらんぞ。下側のはパンナコッタみたいだけど、これは生クリームだけじゃなく牛乳も入れてるのかな。

 ずっと甘かったからこれくらいがちょうどいい。バランスもちゃんと考えてるんだなあ。親父さんすげえや。


「親父さん、とても美味しかったです!」

「それは良かった! こいつを少し改良して出してみるよ」

「これならいいところいけるんじゃないですか!」

「ううむ。見栄えのするデザートではないからね。まあ宣伝だと思って出してみるとも」

「赤牛のシチューも絶品でしたし!」

「うむうむ。勇人君がそう言ってくれて私も自信になったよ! ありがとう。勇人君」

「物産展への手配は俺がやりますんで」

「分かった。頼むよ、勇人君!」


 朝からデザートってとか思っちゃったけど、これはテンションがあがるよ。こんなおいしいものを朝から食べられるなんて、いい一日になりそうだ。

 

 ◆◆◆

 

 そう思っていた俺がいました。

 えー。夕方になり、お客さんが一人やってまいったのです。

 今、俺がロビーで受け付けをしているんだが……

 

「そこに名前書いて」

「ふも?」

「だからここだってええ! そこは違う! 俺の指を置いたところだと言ってるだろうがあああ!」

「ふもふも」

「だあああ、ボールペンを渡しだだろ。なんでわざわざサインペンを出してきて書くんだああ!」


 そう、お客さんが来たのはとても嬉しいことなんだけど……こいつは問題だ。

 うん、ダンジョンで会ったあのバカ面をしたうっしーが、朧温泉宿を訪れたのだった。さ、最初からもう血管がプチッと行きそうだ……。

 

 ふう。ようやく名前が書けたみたいだな。どれどれ……

 

――飛騨うし


 とサインペンで書かれていた。

 …………。

 

「うっしー、この名前何?」

「名前書けって、勇人がいったふも?」

「いや、これ本名?」

「さっき考えたふも」

「……そうか……もともと名前はあったの? うっしー?」

「ふも? うっしーはうっしーふも」


 言葉が通じねえええええ。もういいや。

 頭を抱えた俺は、カウンターに手をつき「はあああ」とため息をついた。

 

 俺の声を聞きつけて心配してくれたのか、骸骨くんが二体揃ってカウンターまで来てくれる。

 ポンと俺の肩を叩いて慰めてくる骸骨くんにお礼を言って、奴を部屋まで案内しようと顔をあげたら……

 

 うっしーがホルスタインを左右にゆすりながらモジモジしている!

 き、きめええええ。

 

「ふんもおおおおおおお!」


 なんなんだよおお。一体! 急に叫ぶんじゃねええ。

 奴は叫びながら、骸骨くんの片方へ色目を使っている。お尻をプリプリと振りながら。


「が、骸骨くん、気にしないでくれ……」


 俺が骸骨くんへフォローを入れると、彼は首を左右に振りどこからかスケッチブックを取り出すと書き書きし始めた。

 そして、今にも骸骨くんへ飛び掛かってきそうなうっしーにスケッチブックを向ける。

 そこには……

 

『黙れ! このメガネブスが!』


 とサインペンで書かれていたのだ。

 が、骸骨くん。俺は君たちを尊敬してしまった。なんて適格な言葉なんだ!

 

「ふんもおおおおおおお!」


 それを見たうっしーは狂ったように叫び始め、変なよだれが口から出た。き、きたねえやつだなもう……。

 しかし、奴の反応は俺の予想を軽く裏切る。

 

 ひとしきり叫んだと思うと、急に耳まで真っ赤にして骸骨くんへ熱視線を送りはじめた。

 

「漢らしい物言い素敵ふもおおおおおおおおお! 結婚してふもおお!」


 だ、ダメだこいつ。何とかしないと。

 どうしたもんかと思った俺の肩を骸骨くんが叩く。

 ん、何々……。

 

『我が主、魔法をお願いしてもよろしいでしょうか?』


 俺のこと? と自身を指さすと、骸骨くんは首を縦に振ってカタカタと体を揺らした。

 よおし、骸骨くんの頼み事なら応えようじゃないか。あれからちゃんと呪文を考えたんだぞ。

 イメージはばっちりだ。見ていろ、うっしー!

 

 行くぜ! 刮目せよ。我が魔法を。

 俺は体中の魔力を目に集中させると、呪文を紡ぐ。

 

むしり、そして禿げ散らかせ!」


 力ある言葉と共に、カッと目を見開く。

 すると、俺の目から魔力が解放され、ビリビリという音が響き始める!

 

「ふんもおおお。もうお嫁にいけないふもおお」


 そう、奴のパーカーから変なボディコンスカートから全ての服が中央から縦に割れて、下着姿になってしまう。

 服を脱がすだけだった俺の魔法が、呪文を改良することで服を切り裂くまで進歩していた。すげえな、呪文。でも、実用性がないのは一緒だ。

 

 その後、骸骨くんによって、バスタオルで簀巻きにされたうっしーは、客室に担がれて行った。その時見せた奴の顔はまんざらでもなさそうで、少しイラっと来てしまう。

 まあ、あれは放っておいていいだろ。あ、きっちりお金は頂いたから問題ない。ははは!

 

 その晩、大浴場で汗を流していると突然浴室に続く扉がガラリと開く。

 だ、誰だあああ。

 

「ゆうちゃんー、やっほー」

「だあああ、マリー、服、服を着ろって」

「えー、お風呂は裸で入るんだよー」

「俺に何か用があったんじゃ?」

「んー、咲さんがうっしー? を放っておいていいのー? って」

「ああ、放置でいいんだ。骸骨くんが餌だけは与えておくと引き受けてくれた」

「ふーん、じゃあ、わたしも入るー」

「だあああ、待て待てえ!」


 マリーとお風呂に入るのが嫌なのかって? そんなわけないじゃないか。でもな、こういう時に限って邪魔が入るんだよ。

 あの変な鼻歌を歌ったあいつが入ってくる予感がする。俺が急いで脱衣場に行くと、ちょうど服を着終わったところでやつが入ってきた!

 

「ふもふも、勇人はもう出るも?」

「ここは、男湯だからな! ちゃんと見ろよ!」

 

 俺はうっしーを残し、そそくさと脱衣場から出るのだった。

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