第25話 世界樹さん

 外に出ると……俺が想像していた風景と正反対だった。いやさ、世界樹があるって言うから緑に囲まれ、大木があったりとか……なんだか神秘的な感じを予想してたんだよ。

 でも、ここは乾燥してひび割れた大地に草一つなく、捻じれた葉っぱの無い木がまばらに生えている。ところどころに人骨とか転がっていてもおかしくない……そんな閑散とした地獄に繋がっているかのような景色だったんだよ。

 ええと、世界樹はどこだ……前方を見ると巨大な木らしきものが見えるんだけど霞がかかったように全貌を見ることはできなかった。

 

「フェルッカかよ、ここは!」

「どこのお話なの? 勇人くん」

「いや、何でもない」


 咲さんが不思議そうな顔で俺を見上げてきたけど、彼女がゲームの固有名詞とか知ってるわけはないからな。

 つい、ゲームで見た風景に近かったから言ってしまったのだ。

 

「クロ……なんか、俺がよこしまとかというより、ここが邪悪な感じがするんだけど」

「気のせいでござるよ……」


 クロは乾いた笑いをあげて首を振っているけど、絶対これ違うって。

 ほら、何か土から出てきた! 

 

「ゾンビじゃねえかああ!」


 土から出てきたのは、肉が腐り、ドロリと剥げ落ちたところからは白骨が見えるカンガルーと言えばいいのか、そんなモンスターだった!

 やつは、前方にいるマリーや骸骨くんには目もくれず、光の籠らない目で俺をしかと睨みつけているじゃねえかあ。


「クロ、やっぱり違うってあれ! 『命あるものは許さねえ!』って感じじゃねえか!」

「い、いずれにしましても、吾輩とゆうちゃん殿が狙いなことには変わりありませぬ」


 うん、温血動物は俺とクロだけだよな。結果的には同じだけど、こう妖精さんみたいなのが俺にダメーとかするだと思ってたんだよお。

 

 しかし、カンガルーゾンビに向けてマリーが勢いよく一歩踏み込む。

 

「えーい」


 マリーの右ストレートが炸裂し、カンガルーゾンビは冗談のように明後日の方向へと吹き飛ばされてしまった。

 すげええ、マリーのパワー。

 

「ゆうちゃん殿、まだ安心してはダメでござる」


 開いた口が塞がらない俺へ、クロが釘をさしてくる。


「あっちよ、勇人くん」


 咲さんが空を指さすので、見てみると……

 

 なんじゃあれはああああ!

 骨だけのプテラノドンみたいなのが、二十匹ほど向かってくるじゃあないか。

 

「大丈夫よ、勇人くん」


 咲さんは動揺する俺を横から抱きしめると、前を向き目を閉じた。

 集中する咲さんの足元から風が舞い上がり、咲さんの髪の毛だけじゃなく俺の髪の毛まで上へと撫でつけられた。

 

 ん、咲さん、スカートじゃないか。今日は。

 服装まで見てなかったけど、咲さんの服装は短い黒色のスカートに淡い青色のブラウス、首にはスカーフを巻いている。

 

「ほう。紫……」


 俺の髪の毛まで舞い上がるくらいなんだ。そら、ね。ゴチになりました! と不謹慎なことを考えている間にも咲さんの集中が終わり、彼女は力を開放する呪文を唱える。

 

冷凍氷結アイスコフィン


 キーンと高い澄んだ音が鳴り響くと、空が歪む!

 飛んできたプテラノドンたちは咲さんの放った冷気に捉えられ、全てが墜落していく。

 そのまま地面に激突した奴らは、音も立てずに粉々に飛び散ってしまった。

 

「咲さんの魔法はすげええええ!」


 はしゃぐ俺にクロが俺の肩から飛び降りると後脚で立ち上がり、ズボンを引っ張る。

 

「ゆうちゃん殿、吾輩のも見てほしいですう」

「ん、クロ、君は癒しの魔法を使うんじゃ?」

「そうですぞ! ゆうちゃん殿に何かあれば吾輩が!」

「それなら、俺の肩に乗っかっておいてくれれば……」

「それだと、吾輩にゆうちゃん殿がキュンキュンしてくれないです」


 あ、そういうことか。マリーと咲さんの活躍を見て、クロもいいところを見せたいってわけか。

 んん、はしゃぎすぎちゃったなあ。クロに悪いことをしてしまった。

 

「クロ、俺は君がいてくれて助かってるよ。大丈夫」


 俺はクロを抱き上げると、頭をなでなでして肩に乗せる。

 

「ゆうちゃん殿ぉ、優しいです! 吾輩、胸がどきどきですぞ! はううう」


 や、やばい。ここで妄想モードに入られたら困る! クロは俺の最終防衛ラインなのだ。機能してくれないと……

 

「クロ、これからモンスターがまだまだ出てくると思うけど、頼むぞ!」

「もちろんです!」


 よっし、引き戻せたぞ!

 

 ◆◆◆

 

 荒涼とした大地を歩くこと三十分ほど……入り口から見えたたぶん世界樹だろう巨木の下まで到着した。

 いやでも、これさ……枝が捻じれて、葉っぱも生えてないし……本当に世界樹?

 

「咲さん、これが世界樹?」

「そうよ。勇人くん。ここにアンブロシアが成ってるから」


 そう言って咲さんは上を見上げる。

 んん、見える範囲にはリンゴらしきものは見当たらないけど、もっと上の方に成ってるってことなのかなあ。

 

「ゆうちゃんー、骸骨くんと採ってくるよー」


 マリーは万歳した後に膝を屈めて伸び上がると、とんでもない高さまでジャンプした!

 骸骨くんたちも同じように飛び上がって見えなくなる。

 

 ほえええ。全てが規格外だ! 人外ってすげえええ。

 

 五分ほどで彼女らは腕にリンゴを抱えて戻ってきた。

 

「あれ、骸骨くん、それは?」


 二体いるうちの片方の骸骨くんはリンゴじゃなくてヤシの実を抱えていた。

 

「ゆうちゃん殿、それはお酒ですぞ。匂いが漂っております故」

「そ、そうなのか」


 俺は骸骨くんからヤシの実を受け取り顔に近づけると……おお、確かにこれは日本酒のような芳香がするぞ。

 戻ってから飲んでみたいな。

 

「骸骨くん、一つ試してみてもいいかな?」


 俺の問いに骸骨くんは首を縦に振ってカタカタと体を揺らす。


「じゃあ、戻ろうか!」

「うん!」

「うんー」

「了解です!」


 無事リンゴは採取できたし、おまけのお酒までゲットできたぞ。

 俺たちは元来た道を戻りエレベーターに乗り込むのだった。帰り道では何度もおどろおどろしいアンデッドなモンスターが襲い掛かってきたけど、全て咲さんらが瞬殺してくれたので俺は何事もなく帰り着くことができたんだ。

 

 んー、しかしあれだよな……伝説の世界樹とダンジョンにあった世界樹……「現実とは非情である」という名セリフが頭に浮かんだよ。

 生命の源と思っていた世界樹が、アンデッドが巣くうおどろおどろしい場所にあった捻じれた巨木だったなんてさ。

 

 朧温泉宿に戻り、親父さんにリンゴを手渡すと一個試しに食べてみてよいとのことだったから、ありがたくいただき自室へと戻った。

 荷物を置いて汗を流し再び自室へ戻ろうとした時に咲さんとすれ違って、一緒にお酒を飲むことになったのだ。

 

 いやあ、美女とお酒ってなんて贅沢なんだろう。ここに来てから一度もお酒を飲んでないし、彼女と飲めるなんて最高だ!

 

 リンゴを切って、おつまみを少々、グラスを二個、部屋に持ち込んで縁側のテーブルに腰かける。対面にはもちろん咲さん。

 ついでに、猫も俺の膝の上にいるが……

 

「乾杯ー。お疲れさまー」

「勇人くんもお疲れ様。いつもありがとう!」


 乾杯した後、クロのためにお皿にお酒を注ぐ。


「ゆうちゃん殿、ありがとうです!」


 じゃあ、飲むかあ。

 

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