第24話 筋斗雲
元さんを見送りキッチンに戻ったら、親父さんがパイプ椅子に腰かけて新聞広告を眺めていた。
「お、勇人君、マリー。すまなかったね。所要で席を外していたのだよ」
「大丈夫だよー、ぱぱー」
「俺は見ていただけです」
親父さんは立ち上がり、俺たちへ手に持った広告を差し出してくる。
ん、なんだろう。どれどれ……
『デザートコンテスト』
朧温泉宿とコンテストの内容が結びつかないぞ。
訝しんで親父さんの顔を見ると、彼は顎に手をやりダンディに呟く。
「どうかね、勇人君。コンテストでいいところまでいけば、朧温泉宿の宣伝になると思うのだ」
俺は斜め上の提案をしてきた親父さんであったが、彼が真剣に考えていてくれたことに少し目頭が熱くなる。
それはそれとして……デザートはちょっと……
「親父さん、方向性はいいと思うんですが、デザートの有名店と温泉宿だと少しズレが」
「ううむ。そうかね」
親父さんは残念そうに肩を落とす。
んー、俺も親父さんと同じで、温泉宿の知名度をあげないければと思っているんだが……
おお?
「親父さん、新聞広告に飛騨高山の名産展って書いてますね」
「ふむ。確かにそう書いてある」
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「もちろんだとも!」
親父さんから新聞を受け取ると、該当箇所に目を通す。
『飛騨高山 物産展 出店店舗募集中 期間中にデザートコンテストも行います』
ほうほう。やっぱりデザートなのね……。それはともかく、地元の旅館や温泉宿、レストランが募集対象になっているから、地元の知名度を上げるにはよいか。
しかも、コンテストの模様は翌日の地方紙に出るらしい。地域振興策の一つなのかなあ。
「物産展に出店してみますか? 神社の出店より規模が大きいと思います」
「ほうほう。そいつはいいね! 赤牛のビーフシチューを出そうかね」
「そうですね! デザートコンテストがここでも開催されるみたいですけど……」
「ついでに出品するのはどうだい? 勇人君。ビーフシチューは出すわけだからね」
「そうですね。何かいいアイデアがあるのですか?」
「うむ。またダンジョンに行ってもらわねばならぬのだが、アンブロシアを採取してきてほしいのだよ」
なんかすごい名前が来たぞお!
アンブロシアってギリシャ神話で出てくる神々の食べ物だったっけ……確か。飲み物がネクタルだったかな。
説によってはアンブロシアは神々の飲み物って言われていることもあったような。
「親父さん、それって……」
「うむ。ありたいていに言えばリンゴだよ。勇人君。これでデザートを作る」
「なるほど……
「折を見てマリーや咲さんと協力して、採取しに行ってきてもらってもいいかね?」
「はい。分かりました!」
突然出てきた神話な名前がついた食べ物に、俺のテンションが一気にあがる。
一体どんなリンゴなのか、ぜひ一度食べてみたい。さぞかし……美味なんだろう……想像するだけで口内によだれが。
しかし、ダンジョンか。牧場みたいに穏やかなところだったらいいんだけど。
「ゆうちゃんー、すぐに行ってみるー?」
「え? そんなにお手軽なの?」
「みんなで行けば大丈夫だよー」
「ほうほう。みんなを誘ってみるかな」
「うんー。骸骨くんも行くってー」
おお、そういえば骸骨くんも一緒に元さんを見送ったんだった。
不意に俺の肩を叩かれ、振り返ると骸骨くんが親指を突き出しカタカタと体を揺らしている。
「ありがとう、骸骨くん」
行くのはいいんだけど、物産展は一か月後だぞ。リンゴが腐らないかな?
「親父さん、物産展は来月ですけど今から採りに行って大丈夫なんでしょうか?」
「問題ない。冷凍してシャーベットのようにして使うからね」
「なるほど。分かりました!」
マリーが咲さんへ声をかけてきてくれると言うので、俺は自室へ戻りクロがいないか見てくるとマリーに告げる。
――自室
自室に戻ると座布団の上に黒猫が丸まって寝息を立てていたが、俺の気配に気が付いたようでむくりと起き上がった。
「クロ、寝ていたのに起こしてしまってごめんな」
「いえ……」
何故かあたふたしだすクロの頭を撫でると、彼女は「にゃああ!」とすっとんきょうな声をあげる。
どんな夢を見ていたんだよ……なんとなく想像がつくのがやだ。
「クロ、
「もちろんですぞ! リンゴは『世界樹』になっているのです」
「ま、また、とんでもない名前が出てきたな……」
「世界樹はダンジョンの七十七階にあるのです。マリー殿と咲さん殿なら安全なところなのですが……」
「俺だと危険?」
「大丈夫です。吾輩が肩に乗ってゆうちゃん殿をお守りいたします故……」
ん、クロも安全じゃないってことなのかな? じゃあ、骸骨くんはどうなんだろう。
「安全の基準が分からないんだけど、どういうことなんだろ?」
「それは……
「ふむ……筋斗雲みたいなもんか。俺だとダメなんだろうか……」
「残念ですが確実に……。ゆうちゃん殿はえっちです故」
「クロもな……」
「はうう」
聞くんじゃなかった……確かにその基準だったらマリーはまず安全だろうよ。
きっと骸骨くんも問題ない……あ、俺とクロが行かなかったらいいんじゃないかな……
大人の階段を登ってしまった俺がいなければ、モンスターと戦わずに
俺が頭を抱えて、迷っていると外から声がした。
「勇人くん、マリーから話を聞いたよ。一緒に行こうね」
咲さんだ。俺は君と違って純粋じゃないのだよ。はああ。
俺は扉を開けて、咲さんへクロから聞いた事情を話すことにした。
「――というわけなんだよ」
「そんなことを気にしてたの? 勇人くん。君を襲うモンスターなんて私が凍らせちゃうんだから!」
咲さんは俺の手を握りしめて、真剣な目で見つめてくる。
「あ、でも」
「いいの! 勇人くんと一緒にいると私が楽しいの。一緒に行こ、勇人くん!」
「さ、咲さん!」
思わず咲さんを抱きしめてしまい慌てて離れようとしたんだけど、俺の動きとは逆に彼女は俺の背中に腕をまわしギュッと抱きしめてきた。
マシュマロだあ。咲さんのマシュマロだあ。
とか不謹慎なことをつい考えてしまう俺は、絶対に筋斗雲には乗られない……
「ゆうちゃん殿……」
俺の肩に乗り、察したように前脚を振るクロ。
いつもは斜め上の発想なのに、こんな時だけ察しがいいから困る。
お、俺はこの発情猫と同類なんかじゃあ、決して、決して違うんだ!
◆◆◆
みんなでダンジョンに入り、うるさいエレベーターに乗って七十七階へ到着する。
「ゆうちゃんー、先に骸骨くんとわたしが外に出るねー」
「うん、頼む。ありがとう!」
マリーと骸骨くんたちが扉を開けて外の様子を見に行ってくれた。
「勇人くん、私は君と一緒に出るからね」
「ありがとう、咲さん、密着し過ぎじゃないかな……むにゅぬが……」
「確かに、動き辛いかも。手を握るだけにしておくね」
そ、そんな問題じゃないんだけど。ダンジョンでお色気に気をとられていると酷い目に会うことは俺だって分かっている。
集中しないと……むにゅにゅんとか言ってる場合じゃないのだ!
「ゆうちゃんー、出てきても大丈夫そうだよー」
おっと、扉の向こうからマリーの声が聞こえてきたぞ。
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