第23話 ハチミツちょうだい

 その日の夕食にダンジョン牛のすき焼きを試食してみたが、とんでもなく旨かったんだよ! 残念ながらポーションのような効果はなかったけど、これなら飛騨牛と勝負しても充分戦えると思う。

 霜降りのような油脂たっぷりな肉じゃないけど、味の深みと噛んでも味が染み出てくる普通の牛にはない味の濃さが大きな強みだな。

 試食した後に親父さんと相談したところ、シチューとか煮込み料理にすると素材の良さを引き出せるんではないかと話しがまとまった。

 親父さんは、「明日シチューを作る」と嬉しそうに熱く語っていたので、食べるのがとても楽しみだ!

 

 ダンジョン牛は朧温泉宿の売りとなりそうで、テンションがあがってきた俺はワクワクしながら風呂に入って布団の上へあぐらをかく。

 俺は黒猫を膝の上に乗せてモフモフしながら、これから何をしたらいいのかを考えることにした。いろいろあり過ぎて整理しないと……あれもこれもって欲張ると焦るばかりになってしまうからなあ。

 

 せっかくの名産飛騨牛(偽)があっても朧温泉宿の知名度はまだまだ低い。このままだと知る人ぞ知る秘湯になってしまう。地元の町内会のみなさんには知ってもらったとはいえ、外部にアピールできているのは宿の総合サイトの片隅に掲載されているだけだ。

 もちろん、片隅といっても咲さんやマリーの可愛さと施設の素晴らしさをアピールして、格安の料金も記載している。見てくれたら、それなりに目をひけるように作ったつもりだけど……なかなかなあ。

 週一組程度とはいえ、宿泊客ゼロから始まったことを考えるとまあ……順調と言ってもいいとは思う。

 

「あ、ゆうちゃん殿……そ、そこは……はううう」


 うーん。外部へアピールかあ。何か知名度を爆上げできるようなイベントとかあればいいんだけど……この際美少女コンテストとかでも、新聞やテレビに掲載されるような何かがいいなあ。

 あ、旅行雑誌に広告を打ってみるのもいいかもしれない。仕事の経験上、割にお金がかかるのがネックなんだよなあ……親父さんに相談したら、たぶん「そうかね、そうかね! やろう!」って言うと思うんだけど、大金を使うのは気が引ける。

 

「し、尻尾は……あううう」


 温泉宿の繁盛が最優先事項だから、まずは何かイベントがないか探してみるか。

 よっし、このことについてはこれで考えるのはおしまいにするとして………他にも気になることがたくさんある。

 例えばそうだな……昨日見た咲さんの下着姿はムフフだった。いや、違う。それじゃあない!

 

「はううう……吾輩、もう……限界です!」


 あ、黒猫が大の字になって倒れ伏してしまった。俺のモフリングテクはなかなかの域に達しているようだな。ふふん。

 ええと、何を考えていたんだっけ……咲さんのおっぱいはDカップ。いや、だからそれじゃなくてだな……。

 

 そうだよ。朧温泉宿の収益構造と俺の魔法が気になっていたんだった。

 魔法はまあ、俺の修行次第でファイアができるようになったりしたら嬉しい……今だとただの脱衣魔法だからな! 使いどころがないって……。

 朧温泉宿のお金のことは、折を見て親父さんにそれとなく聞いてみるかなあ。

 

 ◆◆◆

 

――翌朝

 寝ぼけまなこで食堂に行き、コーヒーを飲みながら食パンを食べていたら……マリーが鼻歌を歌いながら大きな壺を抱えて顔を出す。

 

「おはよー、ゆうちゃん!」

「ん、マリー、その壺は……?」

「んー、これはー、げんさんにたのまれたのー」

「元さん?」

「うんー、もうすぐパパを訪ねてくるの」

「ほうほう。まさかマリー、朝からダンジョンに行ってきた?」

「そうだよー。舐める? ゆうちゃん?」


 よく見てみると、マリーは顔から腕からベトベトになっている。何をとってきたんだろう?


「じゃあ、ちょっとだけ味見してもいいかな?」

「うんー」

「え? 顔、顔を!?」

「ペロペロしていいよー」

「ほ、頬っぺたをペロリンしろと言うのかああ!」

「うんー、こっちもいいよー」

「こらあ、服をはだけさせるな! 見える、見えるって」

「おいしくペロペロしてね、ゆうちゃん!」


 そ、その勘違いさせるような発言はやめええろおう。

 頬を俺の唇に押し付けないでくれ! 


「お、これはハチミツか!」

「うんー、もっとペロペロしていいよー」

「ちょ、顔を押し付け、な、い、で……い、息が……」


 ハチミツは確かに唇に付着してるけど、力が強過ぎるうう。

 どうせ窒息するなら、ぺったんこじゃなくてもう少し幸せなクッションを味わいながらが……か、ゆ、うま……

 俺の意識が遠のいていきそうになった頃、ようやくマリーは手を放してくれた。

  

「ぜえぜえ……」

「おいしかったー? ゆうちゃんー?」

「う、うん。このハチミツは驚くほど癖がない。とても甘いんだけど、すうっと舌を抜けて行って後味が良い!」


 試しに食パンへ少しハチミツをたらしてみて食べてみる。おお、これは朝食に使うにとても良いと思う。

 あっさりしてるけど、普通のハチミツと同じように甘い。なんとも不思議な味わいだ。

 

「おお、マリー。もう戻ってきてたのかい?」

「うんー、元さん、ハチミツをとってきたよー」

「おお、感謝するぜ! 在庫がなくなっちまってな」


 キッチンの奥から姿を現しマリーに声をかけてきたのは、三十歳くらいの着流しを着た美丈夫だった。

 古風で雅さを感じさせる顔つきで、切れ長の目をしているが目から鼻にかけて深い傷跡がある。これは見る人によっては残念に思うかもしれないけど、俺は傷があったほうがより侍っぽい雰囲気が出てて素敵だと思う。

 だけど、長い楊枝を口に咥えていたり、しゃべり方といい、なんか癖のありそうな人だなあ……。

 

「ゆうちゃんー、この人が元さんだよー」


 マリーが着流しの美丈夫――元さんを紹介してくれたので、俺は頭を下げて挨拶をする。


「はじめまして、筒木勇人です」

「お、お前さんが勇人って奴かい。俺っちはトミー元ってんだ。よろしくな」


 着流しをバサリとはだけさせ、歌舞伎役者のような仕草で自己紹介をしてきたのだ。動きがいちいち大仰で、まるで舞台の上で演技をしているかのようだった……

 や、やはり……こ、濃い。濃ゆいぞこの人。 

 彼が握手を求めてきたので、俺は乾いた笑みを浮かべしかと彼の手を握りしめた。


「元さんはねー、いつも食材を買い取ってくれる人なんだよー」


 マリーの説明に、元さんはその場で一回転して、右手を突き出し首を斜めに傾けた姿勢で口を開く。


「おう。買い取りは任せてくんな」

「いつも買い取りに来てくれているんですか?」

「おうよ! 今日はマリーに頼んでおいたハチミツとカニをいただきに来たんだぜ」

「なるほど」


 マリーに手を引かれ、キッチンの奥まで行くと骸骨くんたちが大量の発砲スチロールでできた箱を外に運び出していた。

 ええええ! 骸骨くん!?

 動く人体模型を見て平気なのかな? 外で噂になったりしたらことだと思うんだけど。

 

「安心しな、勇人。俺っちも魔族だからな!」

「ええと、魔族というのは、咲さんたちと同じ『人外』ってことですか?」

「そうだぜえ! 俺っちたちは『人外』じゃあなく、『魔族』って言ってるがな。まあ、どっちでもいい。俺っちも同類ってわけさ」

「なるほど、そういうことなら、問題ないですね!」


 この濃い着流しも魔族だったのかあ。見た目は完全に人間なんだけど、クロみたいに変化している可能性もあるし、そうでないかもしれない。

 たまに買い取りに来てくれると言っていたし、この人の買い取りが朧温泉宿の資金源なのかなあ。朧温泉宿の資金源とは、リポップするダンジョン産の食材だったってわけか!

 いずれは宿泊客の収入で成り立つようになれば、いいなあ。

 

「じゃあな、勇人、マリー。親父さんによろしくな!」

「うんー、ありがとうー、元さん」

「お疲れさまでした」


 元さんは芝居がかった仕草で手を横に振ると、マリーにお金を手渡して帰っていった。

 

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