第18話 神社の出店
よっし、何とかなりそうだと俺が思う頃には、屋台の開店時間となっていた。
並び順は俺を真ん中にレジ前に咲さん、反対側にマリー、そして忘れていたが、足元に黒猫状態のクロがいる。
しっかし……クロが不満そうにニャーニャーと鳴き声をあげてウロウロと俺の足元を動き回るものだから、邪魔で仕方ない……連れて来ないほうがよかったかなあ。
出かけるときに、「お邪魔はしません故……連れて行ってほしいです」とお願いされたので、連れてきたんだけど……。
「クロ、ウロウロしていたら引っかかりそうだから、俺の肩にでも乗ってくれ」
そう言ったものの、本当の所はクロが暇で仕方なくなって、俺に向けてしゃべり出すんじゃないかと思ったからなんだけどな。
俺の提案に対し、クロは嬉しそうに「ニャン」と鳴くと、一息で俺の肩の上に乗っかった。
俺たちがそうしている間にもお客さんが次々とやって来て、咲さんが順調にレジをこなし、マリーがイカ焼きをお客さんに手渡している。
よおしいい感じだ。このまま頑張るぞお。
俺とマリーがイカを焼いたそばからすぐにイカ焼きが売れていく。このまま行けば、売り切れそうだぞ!
お客さんの中には、わざわざ戻ってきて「こんなおいしいイカを食べたことがない」とまで言ってくれる人もいたほどだ。やはり、ダンジョン産の食材は素晴らしい!
あ、あああああ。試食するの忘れてた……カニがあれほどおいしかったから、イカもさぞおいしいんだろうなあ。
そう思うと、コンロの上でよい匂いを出し始めたイカ焼きが無性に気になってくる……
「勇人くん、焼けたかな?」
「あ、うん。どうぞ」
しかし、すぐにお客さんから注文が入り、透明パッケージに包んでイカ焼きをお客さんに手渡した。
「ねーねー、ゆうちゃんー」
マリーが背伸びして俺の肩をポンポン叩く。
「ん?」
「ゆうちゃんー、ちょっと気持ちが悪くなってきちゃったー」
「体調が悪いのか?」
「んー、そんな感じかも?」
それはマズいな。人の多さに気分が悪くなっちゃたかなあ。俺も満員電車とかに乗るとたまに気分が悪くなる。
どうすっか、俺はマリーの額に手を当てて体温を……冷たい。ああ、マリーの体温をはかっても人間と体温が違い過ぎてまるで分らん!
そもそも、マリーが人間のように体調が悪くなって熱が出るのかも不明だし……とりあえず俺に分かることは「冷たい」ってことだけだ。
「ゆうちゃんー」
「ん?」
うおお。マリーの目が赤く光っているじゃねえか。俺は慌ててマリ―に覆いかぶさり、小声で彼女に囁く。
「マリー、目が光ってる……」
「んー、やっぱりこうじゃなくちゃー、気持ち悪いよー」
「どういうことなんだろ?」
「んっとね、軍手をつけて、お客さんに触るじゃないー。布越しだから何も感じなくて、触れてるのにー、何もだからー」
「ええと……触れたら興奮するはずなのに、何も感じないから気持ち悪くなってきたと?」
「そうそうーそんな感じ―」
こ、これは……どうしろって言うんだよ! 手袋をつけないと目が光る。しかし、つけっぱなしで触れ合うと気分が優れなくなる。
う、ううん。あ、これならどうだ。
「マリー、少しだけ、俺の体調が変わらない程度に少しだけ……そうだな二百ミリくらいなら……で、我慢できそうか?」
「え! やったー! うんうんーもちろんだよー、ゆうちゃんー。大好きー」
マリーが嬉しそうに俺に抱きついて来る。屋台の裏側に回ってマリーに血を吸わせてこの場を凌ごう。少しだけでも大丈夫って言ってるし……たぶん、大丈夫。
俺は咲さんに五分ほど席を外すことを伝えて……って咲さん、首に巻いたスカーフが外れそうだ。
「マリー、少しだけ待ってくれよ。咲さん、スカーフを締めなおそう」
「ありがとう! 勇人くん」
俺は咲さんの悩ましいうなじを見ながら、スカーフをギュッと締めると、ウキウキしているマリーを連れて屋台の裏へと移動する。
移動したらすぐに待ちきれない様子のマリーは、俺の耳に息を吹きかけると耳へ唇をはわしながらギュッと抱きついて来る。つつつつーっと舌があ。うおうおう。
マリーの吸血行為は心地いいんだよなあ。密着した体、柔らかい唇が耳から首筋に……そして荒い息遣い……い、いかんいかん。
そんなことを考えているうちにマリーの牙が俺の首に突き立てられた。やはり、吸われているのは分かるけど、全く痛みを感じない。不思議な感覚だけど、俺にとってはありがたいことだよな。
抑えてくれと頼んだから、クラクラしないし何ともない。マリーはちゃんと約束を守ってちゅーを二百ミリまでで留めておいてくれたんだな。
彼女から聞く話だと、吸血行為はおいしい料理と性的興奮を同時に感じるものらしいから、我慢するのは大変だと思う。ちゃんと我慢できたマリーを褒めてあげよ……いやいやいや。
そんなことしたら、嬉々として何度もちゅーされるって……
「ありがとー、ゆうちゃん」
「もう大丈夫そうか?」
「うんー、ゆうちゃんの血だから、がんばれるー」
う、無意識なのか意識してなのか分からないけど、グッとくることを言ってくれるじゃないか。
俺は思わずマリーの金色の髪の毛を撫でると、彼女をそっと抱きしめすぐに体を離す。
「よし、もうひと踏ん張り頑張ろう」
「うんー、ゆうちゃんは優しいし、わたしが人間と触れ合えるようにしてくれたし、大好き―」
うわあ。この「大好き」はどういう意味なんだろう。そんな無邪気に言われると、子供が言う「大好き」と同じに聞こえてしまう。
でも、言われたら嬉しい気持ちになってしまうのが男の辛いところ……俺は首をブンブン振ると、マリーと一緒に咲さんらのところに戻る。
戻ると客足がようやく途切れたようだったけど、咲さんがイカをどんどん焼いていっている。
はて?
「咲さん、ありがとう。俺とマリーで焼くからレジを頼むよ」
「うん。勇人くん、大量注文が入ったの」
「おお、なるほど。だからこんなに焼こうとしていたんだね」
前を見ると、どこかで見たことのある若い女性がじーっとこちらの様子を伺っていた。
「あ、コンビニの店員さん?」
俺の問いかけに若い女性はニコリと微笑み、
「そうですよお。一日ぶりです。イカ焼きがおいしいと評判になってますよ。ですので、お友達みんなへお土産にと思いまして」
「おお、そうでしたか。もうすぐ焼けますので」
俺は焼けたイカから透明パックに入れていき、咲さんに手渡していく。
「お客様、お待たせしました。全部でちょうど4280円になります!」
「ありがとうございます」
……何か悪意でもあるのだろうか……なぜその値段なんだよおおおお。
だいたい、イカ焼き一個の値段は百五十円だ。
「あ、勇人くん。三十個買ってくださるので、値引きしたの。ちょうど宿代と同じになるから」
「そ、そうだったんだ……」
ふむ、コンビニの店員さんが絡んだことじゃあなかったのか。邪推してすまん。
いや、待てえ、彼女の顔を見ているとそれを狙ったとしか思えなくなってきた……なんだよお、ニヤニヤしやがってええ。
「ゆうちゃんー、これでもうイカさんがなくなったよー」
「おお、売り切れかあ」
マリーの言葉に在庫を確認してみたら、持ってきた広告もイカも全て無くなっていた。
イカ焼きも好調なようだし、町内会の会長さんも挨拶に来てくれて交流を持つこともできたし……屋台は大成功と言っていいんじゃないだろうか。
売る商品がない状態でお店を開けていても仕方がないので、俺たちは撤収の準備をし始めたのだった。
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