第17話 親父さんの奥さん

 いよいよ神社の祭りが今日の夕方に始まる。昨日からカップルの宿泊客が来てくれていて、ちょうど咲さんが宿泊客を送り出そうとしているところだ。

 そうそう、彼らは朧温泉宿を旅館の情報を集めたウェブサイトから知ったらしく、登録した効果がさっそく出てきてとても嬉しい!

 登録した内容は……大浴場の総檜風呂、外湯の岩風呂、客室、そして咲さんとマリーが二部式着物姿でにこやかに微笑むカウンター前の様子が朧温泉宿の紹介文と共に載せるようにしたんだ。

 人外ではあるが、彼女ら二人の見た目の麗しさは下手なアイドルなんて勝負にならないからな。施設だって素晴らしい。しかし、お値段は据え置きの四千二百八十円ときたものだ。値段が安すぎていぶかしむ人もいそうだけど、そこはただいまキャンペーン中と三か月限定の価格と表記した。

 正直言って、温泉宿のオーナーである親父さんは商売っ気がまるでなく、値段はいくらでもいいと言ってるからこんな格安になっているのだ。

 

 カップルを無事送り出し、外まで見送った咲さんがロビーに戻ってきた。

 

「咲さん、お疲れ様」

「うん、二組目よ! 勇人くん。この調子でたくさんのお客様が来てくれるといいね」

「きっと、もっと来るようになるさ」


 俺は咲さんに胸をドンと叩き、自信があるぞといった風に答える。


「あ、そういえば、咲さん、ここの温泉宿って親父さんが作ったのかな?」

「うん、ここは江戸時代? より昔から親父さんが持っていた土地みたいなの。もともと大きな洋館があったみたいなんだけど、改築したんだって」

「へえ、どんなきっかけがあったんだろうね」

「ええっと。親父さんの奥さんがどうとか聞いてるわよ。もし詳しく知りたかったら親父さんに聞いてみてね」

「うん、ありがとう!」


 へえ、親父さんの奥さんが関わっていたんだあ。どんな奥さんなんだろう。

 ちょうどこれから、屋台の資材や食材を運び出すところだから親父さんに聞けたら聞いてみようかな。

 

 キッチンに足を運ぶと、親父さんが指示を出して骸骨くんたちが軽トラックへ荷物をせっせと運び出していた。

 

「お、勇人君、客は帰ったのかね?」

「ええ、さきほどお帰ししました」

「勇人君、イカ焼きの準備は万全だ。あとはコンロで軽くあぶるだけでいい」

「ありがとうございます! 俺の方でも朧温泉宿の広告を作っておきました」

「おお! さすが勇人君だ!」


 親父さんは俺の肩を両手でポンポン叩き、再び骸骨くんへ指示を出し始めた。

 骸骨くんは人間の膂力とは比較するのも馬鹿らしくなるくらい力持ちで、ひょいひょいと軽々と荷物を抱えている。

 途中面倒になったのか、そっちのほうが効率がよかったのかわからないけど、手のひらで軽トラックを持ち上げて裏口の前まで運んできてた……。

 

「さ、終わったよ。勇人君、あとは任せたよ!」

「はい。あ、親父さん、差支え無ければ……親父さんの奥さんのことを少し教えてもらってもいいですか?」

「ほうほう。我が妻か。彼女は人間でね。マリーが産まれてその後、老衰で亡くなったのだよ……」

「そ、そうでしたか……そ、それは……何といっていいのか……」

「もう数十年も前のことだよ。勇人君。気にしないでくれたまえ」


 親父さんはそう言ったものの、いつくしむような優しい目で空を仰ぐ。きっと、素敵な奥さんだったんだろうな……そういえば、この前チラッと奥さんは人間とか言ってた気がする。

 なるほど、親父さんと奥さんが人間と吸血鬼の壁を越えて恋に落ち、温泉宿を建築した。その子供であるマリーは人間のことが好きなのも頷ける。

 そして、そんな温泉宿の集まった咲さんやクロ、骸骨くんも同じような気持ちってことかあ。

 

 最初に親父さんが言っていたパートナー探し……はリップサービスかもしれないけど、人間と交流したいってのはみんなの本音なんだろう。

 親父さんの話を聞いて、俺はより一層この温泉宿で頑張ろうって気になったよ。よおし、屋台も頑張るか!

 

 ◆◆◆

 

――神社

 神社の境内よくある形で、長い登り階段の両側は森になっていて、階段を登りきると真っ赤な鳥居が立っている。

 そこが入り口で、石畳の道が神社の本堂までまっすぐに続き、道の両側は砂利になっていた。

 

 俺たちが出店を出すのは、道の両側でここに骸骨くんを出しちゃうといろいろ不味いので、咲さんとマリーと俺の三人で屋台の設営を行う。

 しっかし、マリーも咲さんも力が強ぇえ。いや、マリーの力の強さは知っていたけど……だってあんな巨大なカニを投げ飛ばすくらいだもの。

 そんなわけで、屋台の設営は思ったより早く終わった。

 そうそう、屋台をやるってことで咲さんとマリーは浴衣姿に着替えてもらったんだ。俺は……ジャージだけど。

 

 ふむ、まだ始まるまで時間があるな……よおしここは、接客練習と行こうじゃないか。とても嫌な予感がするんだけど……

 

「俺がお客さん役をやるから、まずは咲さんから接客の練習をしてみよう。次にマリーね」

「うん」

「おー」


 咲さんとマリーが屋台の後ろに並んで立と、俺は咲さんへお金を渡し、彼女から焼き鳥を入れる器とお釣りを順に受け取った。


「咲さん、首さえ注意していれば問題なさそうだよ」

「分かったわ。ありがとう勇人くん」


 咲さんは緑の目を細め、笑顔を見せる。笑うとますます可愛いよなあ。

 いかんいかん。次はマリーだ。

 

 俺は先ほどと同じようにマリーにお金を手渡し……あ、目の色が赤色になった。そして、器とお釣りを受け取ると……目が光った……。

 

「ゆうちゃんー!」


 我慢できなくなったのか、マリーが華麗にジャンプすると俺の後ろに着地して首に腕を回してくる。

 

「待てー。マリーがお食事タイムになってどうするんだよお」

「あ、えへへー」


 うん、こうなるんじゃないかと思っていた。試してみて目が光らなければいいなあと思ってたけど……やはりダメだったか。

 ちょ、マリー。耳に息を吹きかけないでくれ。背伸びしても俺が立っていたら届かないはずだけど、首にかけた腕を支えに体を浮かしてるんだな……重みをほとんど感じないから気が付かなかったぞ。

 

「マリー、お食事タイムじゃないって!」

「えー、このままいけると思ったんだけどなー」


 言わなかったらちゅーするつもりだったのかよ。油断も隙も無い。ダンジョンの海で活躍してくれたから、彼女の好きなもの……ちゅーをお礼にでもいいんだけど、今はダメだ。

 ちゅーされると体力が急速に奪われてしまって寝てしまうから……

 ええと、何を考えていたのか飛んでしまったじゃないか。お、そうそう秘策だ。

 

「マリー、これをつけてからもう一度接客してみてくれ」

「んー」


 俺はマリーに白い軍手を手渡すと、受け取ったマリーはすぐに軍手をつけてくれた。

 直接触れなければ大丈夫なんじゃないかなあと思ったわけだよ。ふふふ。

 

 俺はさっきと同じようにお金をマリーに手渡し、器とおつりを受け取る。お、彼女の目は青色のままだな。

 よおし! これでいけそうだぞ。

 

「マリー、やったじゃないか!」

「おー! ゆうちゃんのお陰だよー」


 マリーは満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてくると、俺に目を向ける。

 ん、目が赤色になってるんだけど……

 

「マリー?」

「んー、ゆうちゃんに触れたらまたー」


 あ、手は確かに軍手で直接触れてないけど……浴衣から伸びた腕に俺が触れている!

 ぬああああ、俺の耳元にマリーの唇があ。

 つつつーってしたらダメだ。これから頑張らないといけないんだってえ。

 

「と、とりあえず、これで行こう。手が触れても大丈夫ってのは分かったからさ」


 俺はマリーを何とか引っぺがすと、練習の終わりをマリーと咲さんに告げた。

 

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