第16話 ご褒美の
『ゆうちゃん殿、大丈夫でござるか?』
クロの声がどこからともなく響く。咲さんにいけない事をしているところが見られたと思った俺は、慌てて彼女から飛びのく。
「勇人くん、どうしたの?」
咲さんは不思議そうな顔で俺を見るが、俺はクロの姿を探すのに必死で彼女の顔を見る余裕がない。いや、クロに見られていたと知って恥ずかしくて、咲さんと目を合わせられないというのが本音だ。
「クロ―、どこだ?」
『あ、ゆうちゃん殿、吾輩の声が聞こえるですか?』
俺の呼びかけにクロから返答が来る。
「ああ、聞こえてる」
『ゆうちゃん殿はイソギンチャクに捉われているんです』
「どういう事なんだ? ここは砂浜だけど」
『イソギンチャクはゆうちゃん殿が見たい夢を見させてくれるのですぞ。余り長い間、夢を見ていると戻りたくなくなる危険があります』
「ゆ、夢なのか……この砂浜……」
『きっとゆうちゃん殿のことですから、吾輩にしたようにエッチな夢を見ているんだと思いますが、イソギンチャクをゆうちゃん殿から引っぺがしていいでござるか?」
エッチな夢か……俺は
少しの迷いがあったが、確かに見たい夢を見続ければマズいってことは分かる。だが、本当にもったいない。もう辛抱たまらん直前まで来ていたからな!
仕方ない、仕方ない、ぬおお、あきらめきれないが……クロが見てるし、いずれにしろこれ以上むふふなことはできないだろうな……。
ならば! 俺は意を決して、クロに呼びかける。
「クロ、頼む。イソギンチャクをはがしてくれ」
『分かったでござる』
クロの了承の言葉があって間もなく、視界が揺らぎはじめ真っ暗になったかと思うと再び視界が元に戻る。
目の前に銀髪猫耳が心配そうな顔で……近い、近いって顔が。俺は少し自分の顔を後ろに反らすと口を開く。
「ありがとう、クロ」
「何ともないようで、よかったです!」
クロは俺の様子が無事だと分かると、勢いよく抱きついてきて俺の頬に頬ずりをしてきた。うん、やっぱりクロって猫だよな。
「骸骨くん、ありがとう! ずっとイカから守っていてくれて」
そうなのだ。骸骨くんたちは俺とクロが会話している間もずっとイカから俺達を守っていてくれていたんだ。
「なんでもないさ」とでも言いたい感じで骸骨くんは、親指をグッと突き出しカタカタと体を揺らす。
少し離れたところにさっき落ちてきた巨大なカニ、砂浜には大量のイカが突き刺さっているが、見える範囲のイカはまだ足をうねうねと動かしている。
ふう、なんとか一息つけたかな。俺が胸を撫でおろしクロへ声をかけようとした時――
砂浜に突き刺さっていたイカが一斉に飛び上がると、目にも止まらぬ速さで動き出す。
次の瞬間、鈍い音が響き渡り……マリーが俺の目の前に立っていた。
「ゆうちゃんー、イカさんがいっぱいー」
マリーは振り返って呑気に言ってくるけど、あの飛び上がったイカは全て俺へ向かってきていたのかよ!
その証拠にマリーの周囲には白く濁り始め動かなくなったイカが散乱していた。
「砂浜に埋まっていたイカは全部生きていたのか?」
「うんー、ちゃんとやっつけないとまたくるよー」
「やっつけたの?」
俺は恐る恐る、砂浜に転がったイカの様子を見やる。
「うんー、もう大丈夫だよー」
よかった。よかった。
この後も散発的にイカが海から飛んできたけど、そろそろ打ち止めらしく、飛んでくる数が極端に減ってきた。
骸骨くんたちに巨大カニを持ってもらって、俺達は砂浜で透明から白に色が変色しはじめたイカを全て回収して温泉宿に帰還する。
あ、俺、せっかくクロに海の中でも息ができる魔法をかけてもらったのに、海へ入らなかったな……ま、いいか、イカとカニは手に入ったし。
戻ってから気が付いたが、冷凍庫にイカはともかくカニは入らねえ。全長十五メートルもあるカニが入る冷凍庫……業務用のマグロ用冷凍庫くらいのサイズが必要だよなあ。
持って帰ってきたイカとカニを満足そうに眺めていた親父さんは、「大丈夫、心配ないとも!」といつもの調子で不安そうな顔をする俺を安心させるように、肩をポンと叩いてくれた。
その日の晩は親父さんが「カニを食べてみるかね? 勇人君」と言ってくれたので、カニすきを堪能する。巨大鶏もそうだったけど、ダンジョン産の食材は地球で採れる最高級のカニより味が濃厚で身がプリプリしていてそらもうおいしいってもんじゃねえ。
あの巨大さだったら、数十人分にはなるだろうし……しばらく獲りに行かなくても大丈夫そうだな。それにしても、美味しいぞ!
◆◆◆
本日は露天風呂を堪能し、自室へと戻る。珍しく風呂に入っている間誰も来なかったから、ゆっくりと入ることができて少しのぼせてしまったくらいだ。
自室の扉を開けると、何故誰も来なかったのかってことがすぐに分かったのだ!
「勇人くん、おかえりなさい」
「やあ、ゆうちゃんー」
咲さんとマリーが畳の上にペタン座りをして俺を待っていた。なるほど、なるほど。だから、見かけなかったのかあ。
し、しかしだな。なんだよお。二人の恰好は……
咲さんとマリーはセーラー服姿で、咲さんが紺色のスカート。マリーがグレーのスカートをはいていた。ちょ、ちょっと……そ、その、なんだろうこの展開。
「二人ともスカートが短い……」
「勇人くん、マリーから勇人くんがこういう服を好きだって聞いたの」
「う、うん」
「今朝からこれを買いに出かけていたんだよ」
「なるほど、それで咲さんはいなかったのかあ」
って、納得してどうする俺!
俺がこういうのが好きとかどこから来たんだ?
「マリー、どういうことなんだ!」
「んー、ゆうちゃんがコンビニでー」
「あ、あれかああああ。4280円さん!」
あ、あれは俺じゃなくて、マリーが選んだんだろおう! お、俺なら制服物じゃなくて、どうせコスプレ物を買うんだったらOLさんとかの方が良い。
パツンパツンのタイトスカートから出るムチムチの脚とかたまらんだろ。
い、いや、そういう問題じゃあない。
「勇人くんにお客様が来たとき助けてもらって、何かお礼ができないかなって考えたの」
咲さんが真剣な顔で俺を上目遣いで見つめてくる。う、うう、そんな顔をされると何も言えなくなってしまうじゃないか。
「そ、そうなんだ。それで、お買い物に?」
「うん、勇人くん、どうかな?」
「さ、咲さん、スカートの裾をあげないでえ。み、見えりゅう」
「え? そうするのがいいって……」
首をコテンと傾げる咲さんに、何を言っていいものか迷ってしまう。
見たい、見たくないわけがない。で、でも、それは違うと言わなければ……俺が悪魔と天使の間で葛藤していると、不意にマリーが立ち上がった。
「ゆうちゃんー」
「こらあああ、スカートをまくりあげるなああ! ってええ、何もはいてないじゃねえか!」
「ゆうちゃんの本の写真では、そうだったよー」
いつの間にかお、俺の本なのか……も、もうどうにでもしてくれえ。
俺はマリーと咲さんの姿を心のメモリーに焼き付けたのだった。
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