第19話 名物飛騨牛偽

「筒木くん、朧温泉宿は飛騨高山でも高いレベルにあると思うよ!」


 町内会の会長さんが俺に太鼓判を押してくれた。

 神社で出店を出した翌週の週末に、町内会のみなさんが食事と入浴に来てくれたんだ。

 年配の方ばかり十五人ほどの団体だったから、今後団体客の接客をするいい練習にもなったし何より彼らは多くの温泉宿を訪れているから目も舌も肥えている。

 そんな彼らからお褒めの言葉をもらったとあって、嬉しいだけじゃなく「朧温泉宿」は飛騨高山という激戦区でも通用する宿であると自信にもなった。

 

「ありがとうございます。まだまだ発展途上なんですよ」


 俺が笑顔でビールを会長さんへ注ぐと、彼は上機嫌に言葉を返す。

 

「カニと鶏肉が特に素晴らしかったよ。いい素材を使っているんだねえ」

「その二品は当宿の一押しですよ」


 やはりダンジョン産の食材は町内会のみなさんをして唸らせるレベルにあるみたいだな。

 んー、どうせなら「飛騨高山」らしく、朧温泉宿のキラーアイテムになるような食材を獲ってきたいなあ。

 

「会長さん、飛騨高山といえば何があるでしょうか?」

「ん、そうだね。高級なものだったら『飛騨牛』とか。変わったところだと『冷凍ミカン』とか」

「なるほど、ありがとうございます!」


 咲さんと土産物屋に行ったとき、そこにはいろんな名物が置いていたよな……確か。

 他には味噌とかみたらし団子なんてのもある。

 狙うなら、牛だろう。鶏がいたんだから、牛もいるような気がする……

 

 ◆◆◆

 

 会長さんたちが帰った後、俺は咲さんに朧温泉宿の売りについて聞いてみることにした。

 

「この温泉宿でしか味わえないような個性的なものを……いやダンジョン産の鶏やイカも素晴らしいんだけど、こう……飛騨高山な感じのものが」

「あ、この前スカーフを見に行った時みたいな……えっと、冷凍ミカンだったっけ?」

「そうそう。それでさ、飛騨牛ってのが飛騨高山では有名みたいなんだよ。牛っているかな?」

「うん、いるよ。勇人くん」

「おおお。ダンジョン産の牛、おいしそうだ……」


 想像するだけで口内によだれが溢れてくるぜ。


「勇人くん、見に行ってみる?」

「おお、ありがとう咲さん!」

「じゃあ、着替えてくるから食堂で集まろうね」

「うん」


 どんな牛なのか楽しみだなあ。鶏やカニみたいにとんでもないサイズかもしれないけど……

 

 自室に戻ると、座布団の上に黒猫が丸まってあくびをくああとしているところだった。

 

「ゆうちゃん殿、何処か行くのです?」

「うん、牛を捕獲しにダンジョンへ行くつもりなんだよ。クロも来てくれるか?」

「もちろんですとも! ゆうちゃん殿と一緒なら何処にでも行くでござる。何かあればすぐに癒しの魔法を……ハアハア」

「助かるよ」


 クロは俺の肩に乗っかって「おー」と言わんばかりに右脚をあげる。久しぶりにお出かけでウキウキしてそうだな。

 

 食堂に行くと、咲さん、マリー共にセーラー服姿で俺を待っていた……、あれ、この流れまだ続くの?

 

「おー、ゆうちゃん、わたしも行くー」

「そ、その恰好は?」

「動きやすいのこの服。勇人くんはこれが好きなんだよね?」

「え、ま、まあ、嫌いじゃないけど……で、でも咲さん……」

「ん?」

「い、いや、何でもない」


 スカートの丈が短いのは今更だけど、革靴で滑ったりしないか心配なんだけど。

 なんかもう誤解を解くのはいいやと思ってきた。いや、決してスカートが短いからそのままにしておこうとか思ったわけじゃあないぜ。

 

「マリー! 座った時には、足を開くなあ!」

「んー。誰も見てないから大丈夫だよー」

「俺、俺がいる!」

「ゆうちゃんだったらいいよー」


 だまされるな、だまされるなよ俺。あれは、面倒だから言っているだけだ。

 「俺が」とか勘違いすると後で、痛い目(大量のちゅー)にあうかもしれないからな……

 ちなみに、今日は紫だ。

 

 煩悩に翻弄される俺の肩を固い何かが叩く。

 振り向くと骸骨くんが、自分を指し示して何か言いたそうだ。


「骸骨くん、どうしたの?」


 すると、骸骨くんは何かを持ち運ぶようなジェスチャーを行う。ついてきてくれるってことかな?

 

「骸骨くんも一緒に?」


 俺の言葉に骸骨くんはうんうんと頷き、カタカタを体を揺らした。

 おお、骸骨くんが来てくれるなら安心だな。今回は咲さんもいるし、安全な旅になりそうだ。

 

 ◆◆◆

 

 うるさいエレベーターに乗り込み二十五階に到着する。

 外に出ると……

 

――のどかな牧場が広がっていた。

 え、えええ。なんだこの牧歌的な風景は!

 見渡す限りの大草原。奥の方には柵で区切られた牧場らしき場所が見える。

 

「クロ……ここは危険なダンジョンだよな?」


 あっけにとられた俺は肩に乗っかる黒猫に問いかけると、彼女はウンウンと首を縦に振っている。

 

「そうですぞ。しかしです、ゆうちゃん殿。ダンジョンも階層によっては、襲い掛かって来るモンスターがいないところもあるのです」

「そ、そうか……まあ、安全な方がいいよな。うん」


 こんなことなら、ピクニック気分で来たらよかったな。寝転がればそのまま寝れそうなポカポカ陽気だし、みんなでバスケットを囲んでお昼とか楽しそうじゃないか。

 

「えーと、牛はあの柵の向こうにいるのかな。牧場ぽいし」

「勇人くん、あっちよ」


 俺の呟きに、咲さんが柵の向こうを指さす。おー、やはりそうなのか。

 俺たちはノンビリと歩き、柵を越えて牧場へ入っていく。遠くの方から「ふんもお」という鳴き声が聞こえてくるから、牛も近くにいるんだな。

 

 周囲を見渡しながら牧場を進んで行くと、探していた牛を発見した。

 思っていた通り、地上の牛とは少し見た目が違うな。俺が知っている牛より二回りほど大きな体躯なのはまだいいとして、色が赤色の下地に黒色のホルスタイン柄だ。

 

「色が赤いじゃないか」

「うん、ダンジョンの牛は赤色なのよ」

「ゆうちゃん殿、あのモンスターはレッドブルっていうのです」


 俺の突っ込みに咲さんとクロが口々に言葉を返してくれる。

 いやでも……

 

「クロ、その言葉は禁句だ」

「どの言葉です? レッド……」

「だあああ、それだ、もう言っちゃあダメだぞ。あれは赤牛、赤牛だからな!」

「いまいち理解できませぬが……ゆうちゃん殿の言うことです。了解でござる」


 レッド……じゃない、俺たちは赤牛の至近距離までにじりよったが、赤牛は「ふんもお」と鳴き声をあげるだけで、完全に無警戒だ。


「ゆうちゃんー、ミルクを絞るー?」

「え? 採れるの?」

「うんー、えーい」


 マリーは赤牛の乳をこちらに向けて絞ると、びゅーっと勢いよく牛乳がこっちに飛んでくる。

 うおお、エナジードリンクじゃなくて、牛乳が出るんだな!

 

 ってそんなことを考えている場合じゃねえ、俺はとっさに身を屈めると、牛乳は俺の頭を越えていく。

 

「きゃ! もう、マリー」


 ああ、咲さんに当たってしまったようだ……


「さ、咲さん、大丈夫!? うおお、その恰好!」

「濡れただけだから大丈夫だよ。べたべたになっちゃった」

「す、透けてる……タ、タオルはないかな……」


 真っ白な液体が咲さんの髪の毛を伝って顔へ、そのまま顎から液体が滴り落ちる。

 そして、胸の谷間もべっとりと……

 

「せっかくの牛乳なのにもったいないよね。勇人くん、なめてみる?」

「え?」

 

 咲さんの顔が俺へ肉薄してくるうう。

 ペロペロしていいんですか? そんなことをしたら、俺、止まりませんよ!

 俺が興奮しながら、口を寄せた時、しっかりものの骸骨くんが咲さんをバスタオルで覆ってしまった。

 

「あ……」


 咲さんは声をあげるけど、骸骨くんにお礼を言って全部拭いてしまう。

 少し、ほんとうに少しだけ残念な気持ちになりながらも、骸骨くんの世話スキルの高さに感心する俺なのであった。

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