第13話 決めポーズは恥ずかしい

 ヒャッハー! 咲さんにカッコいいって言われちゃったぜえ。俺はなんだか自分が本当にイケメンになった気がしてきて、自室にある洗面所の鏡の前に立ちクシなんか梳ったりしてしまっている。

 俺の髪型は、片目が隠れるほど前髪が長く、頭のてっぺんをアンテナのように少し尖らせた独特の髪型をしていた。これは、俺がリスペクトする鬼〇郎さんを意識したものだ。

 いやまあ、目が隠れているからと言って親父さんがいるわけじゃあないだけどね。一度冗談でこの髪型にしてもらったら、案外気に入ってしまってこれを維持しているんだけど、今更変えてしまうのもなあとズルズルとそのままにしているというのが本当のところだ。

 人から聞かれたらリスペクトの話をしているけどね!


 しかし、さっきから鏡に写り込む黒猫が邪魔で仕方ない。カッコよく決めた俺を見ようとしたら、奴が邪魔してくるのだ。

 

「クロ……俺の脚元にいてくれないか?」

「ゆうちゃん殿の決めポーズを見たいのです……」


 あ、ああああ。熱中していて忘れていたが、俺はクロにノリノリで「俺カッコいい」と自己陶酔する姿を見られてしまっていたのか……

 そのことに気が付いた俺は途端にテンションが地の底まで落ちてしまって、その場でガクリと膝を付く。

 

「どうしたでござるか? ゆうちゃん殿? もっと見せて欲しいです。ハアハア」

「い、いや……もういい……このことは忘れてくれ」

「吾輩、ゆうちゃん殿の雄姿にもう……はうう」


 そこで興奮するんじゃねえ。ますます俺の羞恥心が刺激されるじゃねえかよお。

 いかんな、どこで誰が見ているか分かったもんじゃねえ。浮かれるのはほどほどにしておかないと、こうなってしまうのか……穴に潜りたい。

 

「そういやクロ、ダンジョンには海があるんだっけ?」


 俺は話題を変えるため、先日のお買い物でマリーからチラッときいた話をクロに振ってみる。

 

「おお、ありますぞ! 行ってみたいのです?」

「ダンジョンのビーチがどんなのか興味はあるけど……ダンジョンはなあ……」


 俺は巨大鶏の「あんぎゃー」とかいうふざけた声を思い出し背筋が寒くなる。一階のモンスターでいきなり状態異常で動けなくなるんだもの、ダンジョン怖い、怖い。

 

「行くのでしたら、吾輩もついていきます故。ご安心を……」

「お、クロが来てくれたら回復魔法があるから、何かあっても大丈夫かな?」

「そうですぞ! 吾輩、ゆうちゃん殿を癒すです。グフフ」


 猫らしくないニヤけた表情はとにかく不気味だ。クロの魔法って顔をペロペロ舐めまわす印象しかないんだけど、あんなけしからん方法じゃなくてもいけそうな気がするんだけどなあ。

 ほら、呪文を唱えながら集中して、手から魔法を放つみたいな。

 

「ううむ。俺も魔法が使えたら面白そうなんだけどなあ」

「ゆうちゃん殿、魔法を使いたいのです?」

「あ、まあ、そこまでじゃないけど、こう手から炎を出したりとかカッコよくない?」

「ゆうちゃん殿の魔法……興奮してきたでござるうう!」


 あ、これは妄想が加速しているな。こうなると会話が通じなくなるので、俺は親父さんに今回の宿泊客の様子を報告しようと思い、自室を出ることにしたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 キッチンに行くと、親父さんがパイプ椅子に腰かけキセルを吹かせていた。手には競馬新聞と赤ペン……。どんだけ競馬が好きなんだよ。会いに行くといつもこの恰好だよな。

 

「お、勇人君、咲さんとマリーから聞いてるよ! 人外だと気が付かれずに客を無事帰したそうだね!」

「はい。なんとかなりましたが、もう少し慣れが必要かなあと思いました」

「ほう、そうかねそうかね。客は受け入れ可能そうかね?」

「たぶん大丈夫と思います」

「ほうほう! さすが勇人君だ。こんな短期間にやってのけるとは!」


 親父さんは感動したようにギュッと拳を握りしめる。

 彼には言えないけど、間一髪の場面が二度ほどあったんだけどね。

 

「ですので、次は少しでもお客さんを呼び込むため、宿の総合サイトに登録してみようと思ってます」

「おお! 私からも一つあるのだがいいかね?」

「はい」

「来週、近くの神社で祭りがあるのだよ! そこへ出店しないかね?」


 ほうほう。地元の祭りかあ。そこでお店を出すことで朧温泉宿のアピールをしようと言う事か。

 うん、悪く無い。地元の人に知ってもらって、例えば……食事や温泉だけでも楽しんでもらう。そうすることでいずれは宿泊にも結び付くだろう。

 

「いいと思います、準備とかはどうしますか?」

「準備は任せたまえ。屋台と調理の下準備はこちらで行おう。君にはイカとカニを獲ってきてもらいたい」

「それってダンジョンですか?」

「そうだとも! イカ焼きを出そうと思ってね。マリーたちと協力して行ってきてくれたまえ!」

「は、はい。では、カニは……?」

「カニは朧温泉宿の食事として出そうと思っているのだよ!」


 ううむ。屋台の準備を考えなくて済むのはよいのだが、ダンジョン産のイカかあ。

 たぶん、ダンジョンの海にいるんだよな。イカも。クロが再起動してたらいいんだけど、聞いてみるかな。

 カニは豪華な食材だし、これが食事で出てきたらきっとお客さんも大喜びだよな。親父さんもいろいろ考えてるんだなあと俺は少し感心してしまった。

 

 しかし……クロ、マリー、咲さんの三人はみんなダンジョンのモンスターを軽く倒せるほど強いんだろうけど、三人ともどこか抜けたところがあり不安だ……

 俺がモンスターを倒せるくらい力があればいいんだけど、人間じゃあ無理だと言うしなあ、何か言いてがあればいいんだが。

 

 とか考えながら自室に戻っていると、ちょうどマリーと出くわす。

 

「ゆうちゃんー、どうしたのー? 難しい顔をしてー」

「あ、うん。親父さんにイカとカニを獲ってきてほしいって言われてさ」

「えー、じゃあ、わたしも行きたいー」

「咲さんはどうかな?」

「咲さんはー、お買い物にいってるよー」

「そっかあ、イカってダンジョンの海にいるのかな?」

「そうだよー、十八階にいるよー」

「十八か……大丈夫かな……俺……」


 一階であんなだったのに、いきなり十八かよお、と肩を落とす俺だったが、背中をポンポンと堅い何かに叩かれた。

 振り返ると骸骨くんが自分を指さしてうんうん頷いているじゃないか。

 

「骸骨くんもついてきてくれるの?」


 俺が問いかけると、彼ら二体はそろってカタカタと体を揺らし、胸をどーんと叩いた。

 

「ありがとう、骸骨くん」


 これで俺を守る人数は四人となった。これだけいれば安心だぜ。

 ほっと胸を撫でおろす俺にマリーがその場でクルクルと回転しながら声を出す。

 

「ゆうちゃんー、海なら水着がいるからねー、たのしみー」

「み、水着かよ……呑気に泳げるようなところに思えないんだけど……」

「大丈夫だよー、じゃあ、後で食堂でねー」

「おう」

 

 なんだかピクニックにでも行くような気分に見えるマリーに俺は再び不安に駆られるのだった。

 

 自室に戻ると、黒猫が座布団の上で丸まっていたが、俺に気が付くとすぐに足元に頬をスリスリとしてくる。

 

「クロ、イカとカニを獲りにダンジョンの十八階? だっけに行くことになったんだ」

「吾輩も行くです!」

「ありがとう、クロ……ってえええ、いきなり人型になるなああ、服、服はどこですかあ」

「ゆうちゃん殿、この姿にならないと魔法が使えませぬ故……」

「あ、ああ、うん……」


 服を着てもらえば済むのだが、マリー曰く水着が必要とか言っていたから、クロに服を着させたとしてもまたお着換えかあ。

 んー、あ、そうだ!

 

「クロ、魔法は使えなくてもモンスターから俺を守ることってできる?」

「もちろんですとも! 吾輩の前脚の威力を思い知らせてやるですうう」

「あ、じゃあさ、俺の肩に乗っかってくれないか。その方が隣に立ってるより安心なんだ」

「お、おおお。素晴らしいアイデアですぞ! ゆうちゃん殿! ゆうちゃん殿の肩に……息がかかり……はううう」


 あ、なんかまた変なスイッチを押してしまったようだ。

 しかし、クロを猫のまま連れていけそうだから、よかったよかった。

 前は咲さんのクッションとかで浮かれていたらやられちゃったからな……俺の意識を集中させるためにも猫でいてくれ、クロ……。

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