第12話 初めての宿泊客

――翌日

 夕方からあまり会いたくない例のコンビニ店員が宿泊しに来るので、咲さんとマリーにさっそく二部式着物を着てもらうことにしたのだ。

 俺がロビーで着替えに行った二人を待っていると……

 

 まず咲さんがやって来た。お、おおおお。いいね、いいよ。

 アシンメトリーの長い方へつけられたフロストローズのかんざしがワンポイントになって、いい味を出している。青を基調にした矢絣柄の着物も彼女にとてもよく似合っているじゃないか。

 

「どうかな?」

 

 はにかむ咲さんに、俺は両手を振って褒めたたえる。

 

「よい感じだと思う! 温泉宿の雰囲気にバッチリだよ!」

「ありがとう。勇人くん」


 うんうん、と俺が満足して頷いていると……今度はマリーがやって来た。

 が……


「マリー、ちょ、上、上。完全にはだけてる! あと下着はちゃんと着てくれええ!」

「えー、だってー、紐がいっぱいでよくわからないんだものー」

「下着は関係ないだろおおお」

「んー、着物の下は何も着ないって咲さんがー」


 前を思いっきりはだけさせたマリーが咲さんに目をやると、彼女は不思議そうな顔でコテンと首をかしげた。

 

「下に何か着るの? 勇人くん」

「あ、うん。咲さんも着てないの?」

「うん、ほら」


 咲さんは俺の手をとり、自分の胸へ……


「ああああ、や、やらけええ」

「ね? 勇人くん」


 ああああ、「このままどこか二人で旅に出ませんか? 咲さん」と言いかけて、違ぅうと自分で突っ込みを入れる。


「さ、咲さん、いきなり男に胸を触らせるのはダメだよ」

「ん、でも、勇人くんだから……いいよ……?」


 ぐああああ。どこでそんな殺し文句を覚えたんだよお。咲さん。人間のことに対する知識がなんか偏っている。

 だ、ダメだ。咲さんに萌えてしまって倒れそうになって来た。

 

「ゆうちゃん、なんだかおもしろーい」

「だあああ、まず下着つけてこおいい。その後咲さんに紐をつけてもらってくれえ」


 頭をかかえながら、ブンブン振り乱していた俺へマリーがコロコロと笑い声をあげていたが、動くと見える、見えるんだからな。

 だ、ダメだ。全く落ち着かねえ。着替えるだけでこうも俺が取り乱すとは……恐るべしだな、人外の常識。

 

「さ、咲さん、キ、キスしてくれないかな……」

「え? いいの!」

「咲さんさえよければ……」


 俺のお願いに咲さんは喜色を浮かべて、待ちきれないのか俺の首に腕を回すとすぐに口づけしてきた。

 はあああああ、咲さんの唇はプルンプルンでえ。し、舌がああ。


「咲さん、ありがとう。とても頭が冴えて来たよ。今なら何だってできそうだ!」


 咲さんのおかげで冷静さを取り戻すことができたぞ。これでいけそうだな。

 

 ◆◆◆

 

 もうすぐ例のコンビニ店員の来る時刻になる。ロビーには二部式着物を着たマリーと咲さん。そして、俺も地味な茶色の作務衣さむえに着替えを済ませた。

 入口の扉が開く音がして、若い女性が姿を現した。彼女に続き、二人の同じ歳くらいの女性も続いてロビーへ入って来た。

 

「いらっしゃいませ!」


 俺はコンビニ店員さんに挨拶すると、彼女は軽い調子で俺に挨拶を返してくる。

 

「やっほー」

「ようこそおいでくださいました!」

「軽トラックに『朧温泉宿』って書いてたんで、ここの方かなあと思って。間違ってなくてよかったあ」

「本日はご宿泊の予約をしていただき、ありがとうございます!」

「制服モノ」


 くそおお、突っ込んできやがるなあ。彼女が連れて来てくれた女性客二名も笑っているじゃねえか。し、しかし、ここは努めて事務的に行こう。

 そう誓う俺に、コンビニ店員さんは攻め込んできた。

 

「あ、じょしこーせー発見ー」

「あー、コンビニのお姉さんだー、来てくれてありがとうー」

「かわいいー。頭なでなでしてもいいかな?」

「うんー」

「ふわふわだー」


 コンビニの店員さんは、膝を少し屈めてマリーの頭をナデナデしている。

 大丈夫か? マリー……目は青色だ。まだセーフセーフ。

 しかし、このままだと、マズいな……そのうち目が輝きだすぞ!

 

「お部屋にご案内しますので、まずはあちらのカウンターへどうぞ」


 俺はコンビニの店員さんたちを部屋に案内することで、マリーから彼女達を離すことに成功した。

 

 カウンターでは咲さんが対応して、そのまま彼女達をお部屋へ案内してくれた。

 ふう、とりあえず第一関門はクリアかな。

 胸を撫でおろす俺の肩をポンポンとマリーが叩く。

 

「ん、どうした? マリー……ってええええ!」


 目が赤く光ってるううう。

 

「我慢したんだよおー、でももう限界ー」


 やっぱり触られて欲求が高まってしまったかああ。

 ま、待て、俺の首筋に舌をつつつーっとしないでええ。あ、甘い吐息を耳に吹きかけたら……力が抜ける。

 

「ゆうちゃんー、ちょっとだけー、ちゅー」

「わ、分かった。このまま目が光ったままだとマズいからな……」

「やったー」


 俺はマリーにちゅーされていたが……骸骨くんが廊下を歩く姿を目にしてしまう。

 ちょうど、宿泊客の後ろを歩く感じでだ。ものすごくドキドキなシチュエーションだったけど、彼女達はそのまま部屋へ入ってくれた。

 ふう、よかった。あ、マリー、まだ、ちゅーしてるの……? ちょっとだけって言ったよね。あれ……なんだかクラクラして……


 ◆◆◆

 

 フラフラになりながらも、夕食タイムにはキッチンからマリーと咲さんが頑張る様子を眺め、この日を無事に乗り越えることができた。

 そして、あっという間に翌日になり、コンビニ店員さんたちを送り出す時間となる。

 

 階段から降りてくるコンビニ店員さんらの足音がしたので、階段を登ろうとしていた俺と咲さんは階下で彼女たちが通り過ぎるのを待つ。

 

「きゃ!」

 

 その時、コンビニ店員さんが足を滑らせ階段を転げ落ちそうになってしまう。

 心配した咲さんが階段を駆け上がろうとして、二段目に足をかけた時、つるんと後ろ向きに倒れ込んでしまった!

 

 コンビニ店員さんはひやりとしただけで無事なことを確認した俺は、とっさに咲さんを体で受け止めるとそのままクルリと体勢を反転させた。

 結果、俺が咲さんに覆いかぶさるような感じになる。もちろん、これには理由がある。

 

 咲さんの首が外れてるからだ!

 見えてない、見えてないよな? 俺の体が目隠しになって、コンビニ店員さんたちには咲さんのコロンした首を見られたら一大事だからな!


「咲さん、すぐに」

「ありがとう、勇人くん、で、でも恥ずかしい……」


 急ぎ咲さんの首を元に戻し、ふうと大きく息を吐く俺……。と、そこへ、コンビニ店員さんが。

 

「朝からこんな美人に『恥ずかしい』と言わせるなんて、隅に置けないですね!」

「あ、いや……」


 そっちかよお。だ、だけど、そんなからかうような言葉が出るってことは、咲さんの首を見られていないってことだな。

 

「じょしこーせーと美人とは……あなどれませんね」


 コンビニ店員さんは、ボソリとそう呟き、くんずほぐれつの俺と咲さんをワザとらしく迂回してスタスタとロビーに向かって歩いて行った。

 残された俺と咲さんはゆっくりと立ち上がると、彼女を後ろから追いかけ、カウンターで清算を行い、彼女ら宿泊客を見送ったのだった。

 

 ふう、何とか人外だとバレずにお客さんを帰すことができた……いろいろハプニングはあったけど。


「勇人くん、お疲れ様。やったね!」

「うん、何も起こらずに済んでよかったよ」

「お客様は親父さんのお食事にも『おいしー』って何度も言っていたよ!」

「うんうん。見てた見てた」

「それから勇人くん……さっき、覆いかぶさってくれた時……」

「ん?」

「守ってくれてありがとう。カッコ良かったよ!」

「え!」


 咲さんはポッと頬をそめて、踵を返しカウンターの方へと戻って行く。

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