第11話 4280円
――コンビニ店内
よっし、例の男が来るまで、漫画でも立ち読みして待つことにしよう。
「ねー、ゆうちゃんはどの娘が好きー?」
そう言ってマリーが見せて来たのは未成年禁止のコーナーの雑誌。なんか全員高校の制服ぽい服を着ているが、それは……高校生の制服を紹介する雑誌じゃなくムフフな雑誌なやつだよ。
こんなところでそんなものを堂々と見せられても困るんだけど!
「マリー、その雑誌はいかん!」
「えー、ゆうちゃんこういうの好きなんじゃないの?」
「いや、嫌いじゃないけど……ってそういう話をしてるんじゃない! みんなの目があるところで見るものじゃないんだ」
「ふーん、コッソリ見るの?」
「そうだな……って言わせるなあ!」
ちくしょう、つい乗せられて答えてしまったよ……
それで、犯人はいつ来るんだ?
うーん。俺がスマートフォンで時間を確認しようとした時、さっきまで隣にいたはずのマリーの姿がないぞ!
だああああ、レジに行っとるがな。何してんだよお。
マリーはムフフ雑誌をいくつか手に持って、レジの前まで歩いていってしまっていたのだ……
レジでは若い女性店員がマリーに困った顔で、
「その雑誌は未成年のお客様だと購入出来ません」
マリーの見た目は高校生くらいには見えそうだけど、身分証はたぶんないから「成人です」と証明はできないんだよなあ。
いや、問題はそこじゃあない!
「ううん、これはわたしのじゃなくて、ゆうちゃんにー」
こらあ! 店員さんが俺を見てる! こっち見てるって!
一方、店員さんにやんわりとたしなめられたマリーはあろうことか俺の手を引きレジの前へ。
店員さんの目が痛い……
どうして俺が、こんな仕打ちを受けねばならぬのだあああ
「ゆうちゃん、あとで一緒に見ようねー。ゆうちゃんはどれが好きなのー? 裸やだなんでしょー?」
ぐおおお! そのセリフは色々やばい! ワザと言ってんのかってくらい勘違いを誘発させる!
裸が嫌なんじゃなくて、服を着ろって言っただけだ! マリーがいちいち脱ぐからそう言ってるだけじゃないか。
ふと店員さんに目を向けると、彼女からゴミを見るような視線を送られているじゃねえか!
しかし、たまたまなのかわざとなのか、制服物ばっかじゃないか! そして、隣にいるマリー。俺の趣味がそういうことって、この店員さんに思われてるぞ。
「4280円になります」
店員さんが感情の籠ってない声でそう告げる。
高え! 地味に高え!
俺が憤りながら、とっとと購入してしまって難を逃れようと財布に手を伸ばした時だ。
「お前ら手をあげろ!」
なんかきたあ。
でもある意味この死にそうに恥ずかしい状況を打破出来るか。
コンビニに突然押し入ってきたのは、銃を持った覆面の男だった。
さきほどから俺たちを威嚇しているが、店員さんは俺の趣味にあきれかえったままで、マリーははやくムフフな本を俺と見たいとはしゃいでいる。
あれ? ここは「キャー」とか言って怖がる場面ですよね。店員さん。
「聞いてるのか。お前ら!」
ほらー。今にも発砲しそうですよこの男。店員さん! 俺へ蔑みの目線を送ってる場合じゃないですって。
「あ、お客様、ここで私たちが撃たれたら、この本はどうなるんでしょう?」
ボソっと店員さんがのたまった。いや、本より銃ですよ? 銃見えないんですか?
「本とかどうでもいいんだよ! この銃が見えねえのか!」
頑張れ! 拳銃を所持した男。俺は必死で応援したが、店員さんの言葉が俺の心を抉りに来る。
「だって、このお客様、制服モノの本を『大量に』女子高生に買わせて、一緒に見るとか」
うああああ。事実と違うが、客観的に見たらそうなるんだー! もうやめて。やめてくれよお。
「うるせえ! そいつの趣味なんぞ知ったこっちゃねえ!」
「余計なお世話だー!」
まるで話が繋がらないことに苛立った拳銃を所持した男が叫ぶが、もうこの状況に耐えられなくなり気が動転した俺は、男の元へダッシュしアッパーカットを綺麗に決めてしまった。
ああああ、救世主「拳銃の男」を自らやってしまった!
「あ、ゆうちゃん、この人がパパの言ってた『例の男』かなー?」
マリーがポンと手を叩き納得したように頷いている。
「警察呼んでください。店員さん」
俺の願いに店員さんは、
「どっちを通報するんですか?」
待てい! どっちって俺も入ってんのかよ!
「拳銃の男に決まってるじゃないですか! 店員さん!」
「そうですか。あ、4280円になります」
「わ、わかった、買うから、買うからもう許して......」
結局4280円の出費をした俺は、完全な言いがかりのムフフな趣味が暴露するのを恐れ、逃げるようにコンビニを後にしたのだった。
「よかったね。ゆうちゃん。本が買えて」
マリーよ、まだ俺を抉って来るのか……
もうどうにでもしてくれええ……俺は精神力が完全に無くなった状態で帰路につく。事故無く宿まで到着できたのは奇跡だと自分でも思うほどに俺は憔悴しきっていたのだった。
◆◆◆
親父さんに報告を行い、自室で突っ伏していた俺をマリーが訪ねて来た。
「ゆうちゃんー、テレビつけて」
マリーに言われるがままにテレビをつけると、緊急速報がやっていた......見たくないが確認しておかねば。
『さきほど、拳銃を持った男が市内のコンビニで逮捕されました。コンビニの店員によりますと、客の男性が男を気絶させて店を立ち去ったということです。では、店員への取材をどうぞ』
『えと、犯人を気絶させてくれたのは、制服モノが大好きな若い男性でした。一緒に高校生くらいの女性を連れていました。4280円です。今頃本を楽しんでいると思います』
待てえ! なんなんだよおお! この悪意満載の取材は!
あんまりな内容に、俺の意識が薄れて行った……
◆◆◆
む、むむ。気が付くと俺は布団に寝かされていた。枕元には黒猫がまるまってスヤスヤと寝息をたてている。
ううむ。あまりにショッキングな放送に意識を失ってしまった……さすがにあれは酷くねえかあ。取材者も編集しろよお。
まだ外が明るいので、寝ているのももったいないと思った俺は、自室からロビーへ向かう。
ロビーでちょうど咲さんと鉢合わせした俺はいきなり満面の笑みを浮かべた彼女に抱きつかれてしまった!
な、なになにー。何かしたっけ俺……だ、だが、この二つのクッションはよいものだ。ああ、よいものだとも。
「勇人くん、すごい! 親父さんから聞いたわ!」
「ん?」
「『拳銃を持った男』というのをやっつけて」
「あ、うん……」
「それで、助けてもらった店員さんから宿泊予約が入ったって!」
「え……」
「お友達も連れてきてくれるそうで、女性三名でのご宿泊なの! 勇人くんのおかげだよ!」
「あ、あはははは」
もう乾いた笑い声しかでねえよ。
あ、そうなのね、「あの」コンビニの定員さんかあ。非常に複雑だけど、俺が来てから初めて予約が入ったことは事実。
人間と接しても違和感のない新朧温泉宿を見せる機会がようやくやってきたってわけか。
「それで、予約はいつなんだろう?」
「明日の夕方から一泊よ」
「ありがとう、よおし、やるかー」
「うん!」
こうして、朧温泉宿に女性客三名がやって来ることになったのだった。
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