第7話 あんぎゃー

 んー、何か必要なものってあるんだろうか。安全ヘルメットくらい持っていきたいところだけど、残念ながら何もないのだ。

 壊れやすいスマホは置いてくかあ。服だって旅行のつもりだったから、ショルダーバックには替えの下着くらいしか入ってねえ。

 ま、いいか。行こう行こう。

 

 俺は軽い気持ちで食堂に向かうと、既に咲さんとマリーは戻って来ていた。

 マリーはさっきと同じ格好なんだが……さ、咲さん?

 

「さ、咲さん、それは?」

「へ、変かな? こっちの制服の方が動きやすくて……」

「ま、まさか、温泉宿の制服と思って浴衣とそれを?」

「うん」

「な、なるほど……」


 ハッキリと口に出して訂正すべきか非常に迷う。

 だってさ、咲さんが着ているのは高校にあるようなブレザーの制服なんだよお。

 紺色のジャケットに白のブラウス、そして赤色のネクタイ。スカートは緑と紺色のチェックで……丈が短い。飛び跳ねたら……ゴクリ。

 ま、いいか。制服に罪は無いのだ。ははは。

 

「ゆうちゃんー、下を向いてどうしたのー?」

「ん、いや、スカートを……何でもない」

「変なのー、ゆうちゃん、行こうー」

「うん、どんなところか楽しみだよ」


 俺は咲さんとマリーに両手を引かれてキッチンに入っていく。

 キッチンには、コンロの傍でパイプ椅子に腰かけている親父さんが、競馬新聞を読んでいた。赤ペンを握りなにやら思案顔なんだけど、に、似合わねえ。

 

「おお、勇人君、お出かけかね?」

「はい。一度ダンジョンを見ておこうと」

「そうかねそうかね。しかし、勇人君、モテモテじゃないか!」


 親父さんは咲さんとマリーに握られた俺の手を見て、愉快そうに赤ペンをクルクルと回転させた。

 

「え、あ、いや、これは」

「いいではないか! 若いとはそういうことだよ! うむうむ。気を付けてくれたまえよ。ダンジョンは……人間にとって少々危険だからね」


 そういや、モンスターがと言っていたよなあ。

 ん、まさか、鶏とか小動物じゃなくてゲームで出てくるようなモンスターがいるってことなのか?

 俺はサーっと顔を青ざめ、咲さんとマリーを交互に見る。

 

「大丈夫だよー、ゆうちゃん。わたしがまもるからー」

「勇人くん、絶対に私から離れないでね。人間だとすぐ死んじゃうんだから!」

「そ、そんなに危険なの?」


 やっぱりヤバイのがいるんじゃねえかよお。やめとこうかな……ダンジョン。いや、無限食材をこの目で見ておきたいってのはあるんだよな。

 咲さんたちだと、食材を食材と思ってない可能性もある。例えばさ、大量のマツタケが自生していたとして、彼女らがマツタケを知らなかったとする。

 それを俺が直接見ることで、持って帰ってこれるようになるってわけだ。やっぱ行かねえとダメだ。

 不安そうな顔をする俺へマリーがコロコロと笑いながら、あっけらかんとのたまう。

 

「んー、ゆうちゃん、にわとりさんは一階だからー」

「てことは……二階より深いところもあるの?」

「うんー、百階まであるよー」


 ふ、深いな。

 

「勇人君、二階より深いところは人間だと危険になるだろう。銃弾も効かなくなるからね!」

「……どんだけ危険なんですかああああ!」

「なあに、心配ない。三階になれば戦車の大砲だって意味をなさなくなるものさ。ははは!」


 笑いごとじゃねえよ! 無理だよ。人間じゃああ。

 

「親父さん、勇人くんを怖がらせないで。大丈夫よ、勇人くん、私たちがいれば平気だから」

「あ、うん。お、オネガイシマス」


 あああ、オレオマエマルカジリの世紀末ワールドが広がっているのか。ダンジョン、ああ、ダンジョン……。

 真っ白になっている俺をマリーが引きずり、昇降機の前まで引っ張られた。

 ん、これって食器用の昇降機だよな。二階に食べ物を運ぶことってないと思うんだけど……しかし、やけにでかい。普通のエレベーターくらいのサイズがあるぞ。

 

「おーぷんー」


 マリーがボタンを押すと、昇降機が開いて俺は咲さんに支えられながらそこへ入る。

 

――チーン!


 なんだかレンジの「できあがりー」みたいな音が鳴ると、昇降機の動きが止まり扉が開く。

 外はなんと、岩を削ったような壁で四方を囲まれた道になっていた。天井はぼんやりと白い光を放ち、視界は全く問題ない。

 なんだろう、これ、ゲームに出てくるようなダンジョンと言えばいいんだろうか。

 

 マリーを先頭に、俺は咲さんと……

 

「さ、咲さん、そ、その腕を」

「手を握るより、こっちの方が近くにいれるよ?」


 い、いや。腕に腕を絡めて俺の肩へ寄りかかるのは大歓迎なんです。そうなんですけどお。

 

「あ、当たって……」

「ん? どうしたの? 勇人くん?」

「あ、いやなんでもないです」


 下手すりゃ大怪我をするというダンジョンで、不覚にも熱くなってしまう。あ、いやバトル的なあれじゃなくて、その、説明しなくても分かるよね?

 そんなニヤケた気持ちで一歩進んだ時……

 

 マリーのすぐ目の前にボトリと大きな何かが落ちてきた!

 あれは……トカゲかな? 見た目はトカゲそのものなんだけど、サイズが二メートルはあるうう。あれだとワニと変わらんぞ。

 だけど、地上のトカゲと違うものは大きさだけじゃあねえ。色が蛍光ピンクだった! なんじゃあれええ。

 

 驚く俺をよそに、マリーが平手でかるーくトカゲをペシッと払うと、奴は風船のように吹き飛び壁に鈍い音をたてて激突した。

 そのまま仰向けに倒れたトカゲは動かなくなる。

 

「……え?」


 思わず声が出てしまった俺……開いた口が塞がらない。なんちゅう膂力なんだよ……

 

「にわとりさんはー、すぐそこだよー」

「あ、うん」


 満面の笑みを浮かべて振り返り八重歯を見せるマリーに乾いた笑いしかでない俺であった……

 

 ◆◆◆

 

 五分ほどあるくと大広間に出て、あ、あれか、噂の鶏って奴は。

 た、確かに見た目は鶏そのもの。し、しかしだな。

 

「鶏ってサイズじゃねええぞおおお!」

 

 脚だけで俺の肩くらいまでの高さがある巨大な鶏がのっしのっしと歩いていた。地面からトサカの上まではおよそ五メートル。

 俺の叫び声に反応した巨大鶏はこちらに振り返ると……

 

「アンギャー!」


 と物凄い咆哮をあげやがった!

 

「その叫び声は鶏じゃねえええええ!」


 思わず突っ込みを入れてしまう俺だったが、あれ、体が動かねえぞ。


「さ、咲さん、体が……」

「勇人くん、ああ、勇人くんがあ!」


 咲さんは俺をギュッと抱きしめると、体を揺すってくれるけど体の感覚が無くなっていく。

 俺の目には巨大鶏に噛みついたマリーの姿が映っていたが次第に意識が……か、ゆ、う、ま……

 咲さんのおっぱいやわらけえ……最後に考えたのはそんなことだった。

 

 ◆◆◆

 

 ん、んん。俺は一体……意識が覚醒し目を開くが体が動かねえ。

 どうやら、咲さんたちが俺を運んでくれたみたいで布団に寝かされているみたいだ。

 手足に感覚がなく、首だけなら僅かに動くな。少し動かすだけでも、ものすごく力がいるが……

 

「ゆうちゃん殿、いま助けます故」


 猫耳少女形態になったクロの声が聞こえると、俺の体にピッタリと密着してきた。

 か、感覚が無いのがこれほど恨めしいと思ったことはこれまで生きてきた中で無い! ああああ、何してるんだろうう。

 見えない見えないいい。見せて―、味合わせて―。

 俺が必死で少しだけ動く首を起こすと、彼女のドアップになった顔と目が合う。

 

「ゆうちゃん殿、そ、その、目をつぶって欲しいでござる」


 ポッと顔を赤らめてクロがお願いしてきた。

 

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