第6話 接客指導

 バイクを運転すること十分くらい。咲さんとの密着に頭がクラクラしてきた頃、土産物屋に到着した。バイクを停車させると、咲さんが俺の手を握りすごく上機嫌で入口を指さす。

 あ、ここからは人がいるから咲さんの首がズレるようなことがあればすぐに対処しないと。となると、彼女の近くにいないとだな。いやあ仕方ないなあ(棒)。

 よおし、ちょうど手を繋いでるし、このまま行こうー。あははは。

 

「行こう? 勇人くん」

「う、うん」


 咲さんはしゃがんで俺を見上げるように見つめてくる。その位置は、たゆんたゆんで作られたI字が見えとりますぞお。


「青……」

「え? どうしたの? 勇人くん」

「いや、なんでもないよ。行こう」

 

 俺は少しだけ顔を赤らめながら、頭をボリボリとかき、土産物屋に入った。

 

 土産物屋は地方の観光地によくある感じで駐車場が広く、建物も広々としていて名産品からご当地アイテム、扇子やスカーフといった小物まで取り揃えている。土産物屋は朝だからか人の姿はほとんどなく、俺達はゆっくりと店内を見て回ることができた。

 ええと、スカーフはどこだ……あ、あったあった。

 

「咲さん、どれがいい?」

「色が一杯あるのね。勇人くんが選んでくれないかな?」


 咲さんは俺に背を向けると、首を少し前に傾けて自身のつややかな黒の髪を手の甲でついっとあげる。

 彼女の身長は俺の肩くらいまでだから、スカーフを巻くのにも丁度いい高さだ。

 俺はこれまで女の子のうなじってのを舐めていた。さっき手ぬぐいを外した時もそうだったけど、結構ドキドキするもんだよな。

 

 ええと、咲さんの浴衣は茜色だけど……彼女の清涼な雰囲気は青系が似合うと思うんだよな。。

 俺は紺一色にミカン柄がワンポイントで入ったスカーフを手に取ると、彼女へスカーフを巻いてみる。

 

「咲さん、これでどう?」

「ありがとう! 勇人くん。ミカンの柄が入ってるんだね」

「うん」


 なんでミカン柄なんだろう。ここにあったスカーフはどれも大なり小なりミカンの柄が入っているのだ。


「勇人くん、あそこに冷凍ミカンが売っているんだね」

「なるほど。そういうことかあ」


 咲さんが指さす方向を見ると確かに「冷凍ミカン」と書いた広告が張り付けてある。なるほど、飛騨高山名産だったのか。

 「冷凍ミカン」のコーナーにはご当地アイドルだろうか? 二十代前半くらいのサイドテールの女の子が映ったポスターも一緒に飾られていた。 

 しっかし、今はどこにでもご当地アイドルっているんだな。感心するよ! みかんさんというらしい、この女の子の名前……まんまじゃねえか!

 

 俺が心の中で一人突っ込みを入れていると、咲さんがスカーフから手を離し、俺の手を握ってウキウキした様子でレジに向かう。

 

 買い物を終えて、バイクに乗ろうとした時、咲さんが喜びを露わに俺へ声をかけてきた。

 

「勇人くん、ありがとう、とてもとても嬉しいよ!」

「喜んでくれてよかったよ」

「うん、勇人くん……」


 咲さんは俺に密着すると、つま先立ちになって顔をよせてくる。


「え?」

「お礼……こんなことくらいしかできないけど。男の子へのお礼ってこうするんだって」


 ぽっと頬を赤らめる咲さんに俺はぼーっと見つめてしまう。

 そうだとも! ほっぺにチューされたのだよ。

 おおお、素敵だ。咲さん、何か間違ってるけど、それはそれでよい。これはいいものだ!

 俺は緩む顔を抑えきれず、帰路についたのだった。

 

 ◆◆◆

 

 朧温泉宿に戻ると、ちょうどマリーが掃除を終えたところだったみたいで……

 

「おー、ゆうちゃんー」

「マリー、服、服を着ろおお」


 なんかこの突っ込みにも慣れてきた気がするぞ。

 

「うんー、ちょっとまってねー」


 こらー、そのまま服を着ようとするな! 膝を立てるなあ!

 見えてる、見えてるから。

 

 あちゃーと思いつつ手を顔にやるが、しっかり僕は見ております。はい。なんまいだぶー。拝んどこう。もちろん心の中で……


「着替えたよー」

「よおし、マリー、掃除ってここのロビーを?」

「ううんー、全部だよー」

「ま、まだ二時間たってないんだけど……ロビーだけだと思ってた……」

「すごいー?」

「おお、すごいぞ!」

「わーい、褒めて―」


 褒めただろ! と突っ込もうと思ったんだけど、マリーが俺の腰に抱き―ってしてきた。

 そのまま彼女は、俺に頭を向ける。

 

 なるほど、そういうことか!

 俺はマリーの更紗のような金髪へ手を乗せると、ゆっくりと彼女を撫でる。

 

「んー、きもちいいー」


 マリーは「んんんー」と俺の腹へ頭を押し付けながら、ぐりぐりと左右に振った。

 おお、子供っぽい仕草だけど、これはこれで可愛いな。保護欲をかぎたてる。

 

「よおし、じゃあ、咲さん、マリー、接客の練習をしようじゃないか」

「おー」

「分かったわ」


 俺はそう宣言して、自分がお客さん役をやることを告げると一旦温泉宿の外へ出た。

 さて、やるかあ。接客指導を。俺は両頬を手で打って気合を入れてからロビーに入ると、二人は受付カウンターに揃って立っていた。俺が来た事に気が付いたマリーがトテトテと俺の元へやって来る。

 

「いらっしゃいませー」

「本日泊る予定の勇人です」

「勇人さまですねー。こちらが受付になりますのでどうぞー」


 マリーは俺の手を握ると、受付へ俺を案内しようとする。やっぱりそう来たかあ。

 ダメだ。お客さんの手を握るとかー。

 

「マリー……」

「んー」


 振り返ったマリーの目が赤い。赤いぞ。

 俺と目があったマリーの目は段階が進み光り出したあ。彼女はその勢いで俺に俺へ抱きついてきたあ。

 そしてそのまま俺の耳たぶに唇をはわせてくるう。お約束過ぎる動きだろお!

 

「ちょっと待てえ!」

「んん?」

「手を握って、抱きついた上に血を吸うとかお客さんに対する態度じゃねえだろお」

「んー? だって手を握ったら血を吸いたくなったんだもんー」

「じゃあ、手を握るんじゃない!」

「そうかーゆうちゃん頭いいー」

「やれやれ……もう一回やり直そう」

「はあい」


 最初から前途多難なんだけど、とにかく何とかなるまで指摘していくしかない。この際接客マナーとかはどうでもいいから、とにかく人外と分からないように振る舞えることを優先しよう。

 

「いらっしゃいませー」

「本日泊る予定の勇人です」

「こちらへどうぞー」


 マリーは俺の手を握らず、前方にある受付を指し示す。俺は受付カウンターまで歩くと、カウンターで待つ咲さんに礼をすると彼女は深々とお辞儀をするが……

 

――首がズレたー!


「さ、咲さん、さっき買ったスカーフを首に巻いて」

「あ、忘れてたわ……」


 ハアハア……進まねえ。そして二度のリテイクをした結果、なんとか受付まで問題が無くなった。

 客室まで行く途中に骸骨くんがカタカタしながらこちらに歩いて来た。お客さんがいるうちは目に入らないように頼むと、骸骨くんはカタカタと体を揺らしながら親指をグッと突き出して、了承してくれた。

 ええと、次は風呂なんだが……

 

「マリー、お客さんがいる間は入ってきたらダメだ―。あと、目が赤いぞ!」

「えー」

「咲さん、背中流すのはやめよう。家族連れのお父さんなんかに、それをしたら家庭崩壊するかもしれない」

「そ、そうなの……人間って難しい……」


――二時間経過

 ハアハア、なんとかこれで……最低限は大丈夫かな。

 お客さんが来たときは俺が二人をそれとなくサポートすれば行けると思う。たぶん。

 

「咲さん、マリー。ありがとう。お疲れ様」

「おー」

「ありがとう、勇人くん」


 俺は満足そうに首を振ってうんうん頷くと、次は何を行うか思案する。

 

「勇人くん、もう次を思いついたの?」

「次というか、どれから行こうかと思ってるんだよ」

「すごい! たくさんのアイデアが次から次へと」

「い、いやあ……。ダンジョンも見てみたいし、咲さんとマリーの制服も欲しいんだよな」

「ゆうちゃんー、じゃあ、先にダンジョンを見に行くー? もうすぐ夕方だしー」

「そうだなあ。買い物は朝から行きたいかな。よっし、じゃあ、ダンジョンを見に行くかー」


 俺が二人にそう告げると、咲さんは着替えて来るとのことだったんで、俺も一旦自室へ戻り動きやすい服装へ着替えることにした。

 

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