第4話 寝かせないぞ

「お、そうだそうだ。勇人君、先に紹介しておこう」

「他の従業員さんですか?」

「うむうむ」


 ヴィクトールさんが手をパンパンとすると、キッチンの奥から人型模型が二体カタカタと音を立てながらやって来たじゃあないか!

 

「あ、あれはさっきのおお!」

「勇人くん、骸骨くんのこと知ってたんだ」


 咲さんが呑気にそう言ってくるけど、あんなんが突然出てきたらビックリするだろお。


「そ、そっか、骸骨くんって言うんだ、よろしくね」


 俺は乾いた笑い声をあげながら、右手を差し出すと骸骨くんは一体づつ俺と握手していく。

 うはあ、触った感じ、そのまんま骨ですがな。人骨ですがなあ!


「骸骨くんは雑事全般をやってくれてるのよ。力持ちだしずっと動き続けることができるの」

「さ、咲さん、どんだけブラックなんすかそれ!」


 アンデットだけに、二十四時間戦えるそうだ。

 しかし、骸骨くんは自慢気に肩を揺らして、親指をグッと突き出して来た……い、生きろ……骸骨くん……あ、生きてないか。


「あと、クロがいるのー。ここにはいないけどー」

「了解。館内にはいるのかな?」

「うんー」


 マリーがあと一人いると説明してくれたけど、ま、そのうち会えるだろ。

 俺のキャパ的にも骸骨くんのような姿がもう一体出てきたら、倒れるかもしれないから今じゃない方がいいかな。


「あ、ヴィクトールさん、さっき食べた鶏肉なんですが『獲って来る』と言ってませんでした?」

「おお、そのことかね。うむ。文字通り『獲って来る』のだよ。ええと、君たちの言葉で言えば……ダンジョンに行くのだよ」

「な、なんかゲームみたいですね……」


 突然ファンタジーな話が出てきてしまい戸惑う俺に、咲さんが補足してくれる。

 

「勇人くん、ダンジョンにはね、ええと……モンスターがいるの。鶏もそうなのよ」

「え、ええと、狩猟してくるのは分かったけど、すぐにいなくなっちゃうんじゃ?」

「ううん、モンスターは倒したらすぐにまた涌くのよ」

「り、リポップするのかよ! す、すげえな」


 待て、待てよ。何だその仕様は。ってことはだな、鶏を狩る、リポップ、鶏を狩る、リポップ、鶏を……無限食材じゃねえか!

 しかも、そこらの高級地鶏より美味しいと来た。こ、これは……この温泉宿にお客さんを呼ぶのにピッタリだ。

 俺が興味を示したと思ったのか、ヴィクトールさんがガッシと俺の肩を掴み口を開く。

 

「今日はもう遅い時間だから、明日の朝にでもダンジョンへ行くかね?」

「どこにあるんですか?」

「キッチンの奥に入口があるとも!」

「一度見ておきたいんですけど、先にお客さんを迎え入れても大丈夫にしときたいと思ってます」

「おお、さすが勇人君だ! 問題点は既に洗い出しているのかね」

「ま、まあ……多少ですが……」

「そうかね、そうかね。なんでも言ってくれたまえ。そうだ。勇人君!」


 ヴィクトールさんが指をパチリと鳴らすと、骸骨くんがキッチンの奥に引っ込みジェラルミンケースを二つ抱えて戻ってくる。

 そして骸骨くんは、テーブルの上にそれをドーンと置いて中を開く。

 

「さ、札束が詰まってるじゃないですかああ!」

「自由に使ってくれて構わないよ。なあに、私たちにはそれほど必要なものじゃあない」


 き、金銭感覚がおかしい、何が人間とズレてて何が分かっているのはまるで不明だよ。当たり前だと思っていたことがそうじゃなくて足元を掬われるかもしれないな。

 ともあれ……俺は札束から数枚、諭吉さんを抜き取るとポケットにしまう。これはすぐに使うつもりなんだ。


「で、では、必要な時にまたいただきに来ます。すぐに使いたいことがあるのでこちらだけいただきますね」

「君の給料も必要だろう。またおいおい相談させてくれ」

「分かりました」


 俺は怒涛のでき事に頭がパンクしそうになりながらも、客室へと戻る。ヴィクトールさんからは、ここを俺の私室として使ってくれと言ってくれている。

 あ、そうそう。ヴィクトールさんは名前で呼ばれるのが少し気恥ずかしいみたいなので、みんなが「親父さん」と呼ぶからそう呼んでくれって。

 紳士然としたヴィクトールさんに親父さんって呼び方は合ってない気がするけど、本人がそう言うのでこれからは、「親父さん」と呼ぶことにしようかな。

 

 ◆◆◆

 

 ふう、客室こと自室に戻ると座布団の上に黒猫がまるまっていたから、抱え上げて、縁側の椅子に腰かける。ふう。どうすっかなあ。

 俺は黒猫をモフモフしながら、明日からの事を考え始める。

 

「んー、まずは、何からするかなあ。接客と首からかなあ」

「……ハアハア、そ、そこはダメでござるう……」

「ん、んん? 尻尾か、尻尾がいいんだろお!」

「……も、もう、吾輩……限界です……」


 黒猫がヨロヨロと歩いていって大の字に倒れ伏す。

 あれ? つい調子にのって受けごたえしたけど、俺は誰としゃべっていたんだ?

 キョロキョロと左右を見渡すけど、猫しかいない。

 

「ん、まさか、猫?」

「吾輩、猫ではござらん。猫又のクロです!」

「どえええええ、猫がしゃべったあああ!」

「ですから、猫ではござらんと……」

「き、君がクロだったのか。俺は筒木勇人。よろしく」

「よろしくです。ゆうちゃん殿!」


 なんと最後の従業員はしゃべる猫だった。ビックリはしたけど、どこにでもいるような猫だし怖くは無いな。うん。

 鬼や朧火みたいなのが出てきたらどうしようかと思っていたから、よかったよかった。

 猫だったら、接客はしないだろうし……えっとさっきは何を考えていたのか忘れてしまったじゃないか。

 

 とりあえず、布団に入ってから考えるとするかあ。

 

「吾輩もご一緒してよいでござるか?」

「あ、うん」

「では、失礼して……」


 黒猫が俺の布団に入ってきたから、俺は彼女の喉をゴロゴロさせながら考え事をはじめる。

 しかし、すぐに眠たくなってしまって意識が遠くなって行った。

 

――暑い、なんだか、暑い。

 人肌より少し高いくらいの何かにしがみ付かれているようだ。こ、このムニムニながらもプルプルなのは太もも?

 いや、まさか、マリーが? いや、マリーなら冷たいはずなんだが……

 

 目を開けた。

 

 褐色肌の銀髪猫耳少女が俺に太ももを絡めてスヤスヤ寝息を立てていた……

 見た感じマリーと同じくらいに見えて、彼女も咲さんたちと同じように顔立ちがありえないくらい整っている!

 プルンとした唇に長い茶色のまつ毛、目を開けていないけど大きな猫のような目をしていると思う。小さ目の鼻が愛らしい。

 

 って観察している場合じゃねえ。

 

「あ、あのお」

「んんー、ゆうちゃん殿、眠れないのですか?」

「そ、その声は……クロ?」

「そうですが、どうしたのでござる?」

「い、いや、猫耳少女じゃねえかよお。猫じゃなかったのか!?」

「だから、猫又だと何度も……ま、まさかゆうちゃん殿『今夜は寝かせないぞ!』とか?」


 猫耳少女形態のクロは、何やら突然悶え始めて、ゴロゴロと転がると布団から出て行ってしまった。

 そのまま部屋の隅で、琥珀色の瞳をトロントさせながら、ハアハアと声をあげ……どんどん声が、そのお、いけない感じに。

 

「だああああ、元に戻れええ! そんなんじゃ眠れないわああ!」

「……あっ……ゆうちゃん殿……テクニシャン……」

「待てえええ、根も葉もないことを言うんじゃねえ!」


 俺は耳を塞ぎ、雑念を払うために念仏を唱え始める。だああ、落ち着かねえ。

 とか思っていたら、すぐにクロの声がしなくなって、スヤスヤと寝息を立て始めた。

 まったくもう。

 

 俺は押し入れに入っていた予備の布団を彼女にかけてやると、就寝する。

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