第3話 お手伝いします

 客室の扉の前までくると、何やら中からゴソゴソ音がしていた。あ、布団を敷きに来てくれているのかなーと思って扉を開ける。

 

「ありがとうございますー! って、うおおおおおお!」


 従業員の誰かが布団を準備しているという俺の予想は当たっていた。そうだったんだけど、

 布団を両側から持っていたのは――

 

――二体の人体模型だったのだ!


 何、何なんだああ。動揺する俺に、骸骨は指をギュッと突き出しカタカタと揺れた。


「ぎゃあああああああ! 骸骨がああ!」


 俺はあらんかぎりの叫び声をあげると、意識がすううっと遠くなっていく。

 俺の声を聞きつけた温泉宿の従業員たちが走る音が近くなってきたが……もう、限界だ。

 

 ◆◆◆

 

 う、うう。さっき何かとんでもない物を見た気が……ああ、気を失ってしまっていたのかあ。我ながら情けない。

 どうやら誰かが布団に寝かせてくれたみたいで、心地よい布団の暖かさが俺の身を包んでいるはずなんだけど、右半身が何故かひんやりする。

 ひんやりだけじゃなくて……こう、ムニムニっと。

 

 目を開ける。

 左右を見た。

 

 金髪のツインテールが目に入る。

 ん? 

 

 目を閉じて、もう一度目を開く。

 やはり金髪のツインテールが、俺の肩に乗っかってスヤスヤと寝息を立てているじゃないか。

 

 え? えええええ。


「マリー!?」

「んー、ゆうちゃんー、起きたのー?」

「あ、ああ。ちょ、服、服着ろよおお」

「えー、寝る時はいつもこうなんだもんー」

「だあああ、変なところ触るんじゃねえ。わ、笑いが抑えれ、ん!」

「あははー」


 起きたら「未成年の」金髪碧眼少女が俺に張り付いて眠っていた。あああ、まさか変な事してねえだろうな、俺ええ。

 ま、まだ俺は……捕まるわけにゃあいかねえんだあ。何も覚えてないのに、お縄なんて酷すぎる話だろお。

 

「どうしたの? 勇人くん」


 俺の声を聞きつけた咲さんが、急いで駆けつけてくれた。

 んだがあ。こ、この状況は……ま、マズい。

 

「さ、咲さん、あの、これはですねえ!」


 俺は慌ててマリ―を布団の中に押し込める。み、見えてない? 見えてないよね?

 一方で咲さんの表情は「心配してます!」といった不安そうな顔を見せていたけど、俺が元気そうな様子を確認したからか、ぱあっと明るい顔になって胸の前で両手を組んだ。


「勇人くん、元気になったのね! 私のキスで気絶しちゃったのかと思って……」

「いや、そんなことないよ」


 あはは。と寝ころんだまま頭をかく俺だったが、不意に布団がめくれる。

 

「ばー」


 ちょ、おま、出てくんじゃねええ。このまま誤魔化そうと思っていたのにい。


「さ、咲さん、あああのおお、これはああ」

「ちょっと、マリー。まさか、ちゅーしてないでしょうね?」


 あれ? マリーがとがめられてる? 俺は無罪? あれえ。

 

「してないもんー、ペロペロしただけだよー」


 マリーはコロコロと笑い声をあげてフルフル頭を振るが……何してたんだ……一体。

 

「咲さん、俺は見ての通り平気だから。大丈夫だよ」

「そう、よかった! 勇人くん」


 実は骸骨が動いていたから、気絶しちゃいましたー。とか言えない状況になってしまったぞ。

 どれくらい気絶していたのか気になって時計を見てみると、二時間も立ってないことが分かる。お、これならまだ食事時間に間に合いそうだ。


 俺は立ち上がると、首をゴキゴキとならして大きく伸びをする。

 その時、扉の前に白髪オールバックの紳士が姿を現した。紳士は上品な燕尾服に身を包み、歳の頃は五十歳くらい。少しだけ眼光が鋭いが、若い頃は美男子だったんだろうなあと想像がつく。


「大丈夫かね? 気絶したと咲さんから聞いたのだが?」

「はい、何ともありません。大丈夫です。あ、はじめまして、俺は筒木勇人です」

「おお、ご丁寧にどうも。私はヴィクトールという。本温泉宿でシェフをやっておる。勇人君、大事無くてよかった」


 紳士……ヴィクトールさんは襟首を正し、優雅な礼を行った。うわあ。様になってるなあ。カッコいいぜ。

 

「おお、料理人さんだったんですか!」

「そうだとも。一応、ここ『おぼろ温泉宿』のオーナーでもあるのだよ。勇人くん、夕飯は食べられそうかね?」

「はい。ぜひ」

「うむ。ではついてきたまえ」


 ヴィクトールさんは踵を返すと、廊下を歩いていく。俺は咲さんに手を繋がれて彼の後ろをついて……


「マリー、服、服着ろおお」

「えー、めんどくさーい」

「目のやり場に困るだろおが!」

「もうー」


 そのまま俺の後ろをついてきていたマリーに釘を刺すと、俺達は食堂へと向かう。

 

 ◆◆◆

 

「うんまーーーい! うまいぞおお! おいしいい!」


 うひょー。食事は客が俺一人だというのに、ゴージャスなバイキングが提供されていた。海の物、山の物を各種取り揃えた大満足な品揃えだったんだ。

 こんな料理を提供して、あの宿泊料金で元が取れるとはとても思えない。食事だけでも宿泊代の値段以上しそうなんだけど……

 

 それにしても、特に……鶏肉があり得ないほどおいしい。高級地鶏ってのを今まで数えるくらいしかないけど、食べたことはある。

 でも、この鶏肉は味の深みが全然違うのだ。噛んでも噛んでも、うまみが口の中いっぱいに広がっていく。

 

「喜んでくれてよかったわ」


 テーブルに肘をついて、両頬へ手を当てた咲さんは、ニコニコと俺を眺めながらそう言った。

 咲さんに見つめられていて最初は少し戸惑ったけど、食べ始めたら夢中になって気にならなくなる。それほど、料理はおいしかった!

 

「どうかね? 勇人君、朧温泉の食事は?」


 ヴィクトールさんが軽やかなステップを踏んで、俺の元までやってくる。

 

「いやあ、本当においしかったです! 特にこの鳥のから揚げとか」

「ほう、そうかねそうかね。君さえよければ、いくらでも『獲って』こようじゃないか! ははは」


 あ、俺、ここに泊まるの一泊なんですけどねえ。

 なんだか、否定するのも悪いから黙っとくかあ。

 

「これほどの設備と食事を兼ね備えた温泉宿はそうはありませんよ! ヴィクトールさん」

「しかしだな、勇人君、客が全然来ないのだよ」

「あ、まあ……」


 そらそうだよおお。でも、言えない。ヴィクトールさんも咲さんもマリーもいい人だしい。ハッキリ言えねえよお。


「ゆうちゃんー、どうしてか、わかるのー?」

「ぬあああ、突然後ろから抱きつくなああ、く、首をフーフーしないでえ!」


 俺はマリーをなんとか引き離したんだけど、目線を感じる。

 左右を見渡すと、咲さんとヴィクトールさんがじーっと俺の様子を伺っているではないか。

 

「勇人くん、なぜなのか分かっちゃったりするの?」

「あ、ああ。言いづらいんだけど……」


 咲さんがキラキラとした目で俺を覗き込んでくるものだから、俺は困ってしまい頭をガシガシと掻きむしった。

 

「勇人君、忌避ない意見を述べてくれないだろうか?」

「わ、分かりました。先ほど言った通り、施設や食事は最高です。安すぎるので倍以上の値段にしてもいいと思います」

「ほう。人間は安い値段を好むと聞いたのだがね」


 「人間は」ってヴィクトールさんも人間じゃねえのか。まあ、そうだろうな……人間だったらすぐに何が問題なのか分かるって!


「ええとですね、温泉宿の従業員の服装としていろいろおかしいとか、お風呂に女の子が裸でやってきたり……ちゅーしたり……もういろいろと……」

「そ、そうなの!? 勇人くん? 私たちなりにおもてなしを考えたんだけど!」

「さ、咲さん……」

「ふむ。ここには人間がいないのだよ。勇人くん、かく言う私も吸血鬼でね。温泉宿に客を呼び込むために君の協力を仰げないだろうか?」


 ヴィクトールさんはそう言って俺の両手をガッシと握りしめてくる。咲さんは両手を握りしめて上目遣いで見つめて来るし……

 

「ゆうちゃんーと、一緒にーいたいなー」

「うーん、でも、俺は旅館経営なんてやったことありませんよ。余り力になれそうにありませんが……」

「違うぞ! 勇人君! 君の持つ『人間の常識』は得難いものだ。それに……この宿のことを知っていた様子だと咲さんから聞いている。つまり君は宿の情報に聡いんじゃないか?」

「え、ええ。まあ。先月まで旅行代理店で働いてましたから……宿をおすすめする側としては詳しいと思います」

「おおおおお! 素晴らしいじゃないか! ぜひ、私たちを助けてくれないかね?」


 ぬうう。仕事をやめて、次の仕事はまだ決まっていない。ここで働いてもいいんだけど……咲さんもマリーも悪意は無さそうだし、何より……可愛いからな。

 ヴィクトールさんの食事もおいしいし……。

 しっかし、彼らの目的はなんだ? まさか、人を集めて……

 

「この温泉宿にお客さんを集める目的ってあるんですか? お金……では無さそうですし……」

「それはだね、勇人君。従業員のパートナー探しが一番の理由だよ。人間に害を成そうなんてこれっぽっちも考えちゃあいない」


 パートナー! お、俺にもチャンスがあるのか!? 咲さんもマリーも人ならざる者たちなのだからか、ありえないくらい顔立ちが整っているんだよな。

 彼女らとお近づきになれて……俺にも……ふふふ。悪く無い。悪く無いぞ!

 

「ゆうちゃんー、おねがいー」

「勇人くん、少しだけでもいいの、お手伝いしてくれないかな?」


 左右から肩にそっと手が添えられる。ち、近い、近いってば。

 俺は少しだけ顔を赤らめながら、ワザとらしい咳を一つついて口を開く。

 

「わ、分かりました! どれだけお役に立てるか分かりませんが、ご協力させていただきます!」

「感謝するよ! 勇人君!」

「やったー、ありがとうー、ゆうちゃんー」

「ありがとう! 勇人くん!」


 こうして俺は、宿泊した温泉宿――おぼろ温泉宿にたくさんのお客さんを呼び込むため、働くことになったのだった。

 

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