第2話 は、恥ずかしいよお

「ぶはあ!」

「大丈夫? 勇人くん」


 ん? 咲さん、どこから声が。彼女は手を湯船のふちにつけている。しかし、前ではなく右側から声が?

 右?

 

 そーっと右を振り向く俺……そこには……

 

――首から上だけの咲さんの頭がコロンと転がっているじゃねえかあ!


「うああああああ!」


 なんじゃこらあ。俺は余りの出来事に気が遠くなりかけるがグッとこらえ、首から上だけになった咲さんの顔を見やる。

 な、なんか、こう、裸やむにゅんむにゅんを鷲掴みにしても恥ずかしがる様子を見せなかった彼女の頬に朱がさしているじゃないか……ど、どういうことだ?

 非現実的な生首を見たことで、恐怖に駆られていた俺だったけど……そっちの方が気になり怖さがどこかへ吹き飛んでしまう。

 

「こ、怖くないの?」

「す、少しだけ。それより君の顔の方が気になって……」

「あ、あまりみ、見ないで……は、恥ずかしい……だ、だからさっきダメ―って言ったのにい!」

「そ、その頭……咲さんの首まで運ぼうか?」

「え、ああ、う、うん……」


 咲さんが超動揺してる。ま、まあ。このままだと、俺の精神衛生上余りよろしくないので、咲さんの頭を体へ装着しよう。

 俺はそっと咲さんの頭を胸に抱えると、彼女から艶やかな吐息が俺の胸にかかるう。

 

「んっ、んんっ」


 咲さんはキュっと目をつぶり長いまつげを震わせ、口元が僅かに震えていた。さらに、耳まで真っ赤にしながら。

 特に首を頭につける瞬間なんか、もう熱い吐息が出ていたぞ……俺は不覚にも咲さんのそんな様子に体が熱くなってしまう。

 生首を持っている状況なのに、興奮してしまうとは……俺もくるところまで来てしまったようだな……ふふふ。

 

「あ、ありがとう、勇人くん」

「い、いやでも、咲さんこそ大丈夫?」

「うん、勇人くんがつけてくれたから」


 ポッと頬をそめ、いやんいやんする咲さん。か、可愛い。


「勇人くん……わ、私……」

「え?」


 咲さんの顔がドアップに! 潤んだ瞳で俺を見つめてきているじゃないか。

 彼女のぷるるんとした唇が目に入る。ゴクリと生唾を飲み込む俺。

 

「だめー」

「ちょ!」


 そこへマリーが割り込んできた。

 

「ゆうちゃんはー、わたしとちゅーするのー」

「ぬおお、後ろから抱きつくなあ。く、首に、い、息を吹きかけないでくれえ!」


 咲さんから顔を離し、振り返るとマリーの赤い目が輝きを放っているじゃないか!


「な、何が何だか。だから、待て、待てマリー!」

「ちょっと、マリー、勇人くんが『いい』って言わないとダメなんだからね」


 咲さんが文字通り目を輝かせたマリーを引っぺがしてくれる。

 

「ど、どういうことなのか、説明してくれると嬉しいんだけど……」

「んー、ゆうちゃん、わたしねー、人間じゃないのー」


 うん、それはそうだと分かっていた。口元から牙のような八重歯、そして目が……あ、赤色から青色に変わったな。

 

「じゃ、じゃあ、どんな種族? なんだろ」

「わたしは吸血鬼なのー」

「ってことは『ちゅー』って言うのは……」

「うんー、ゆうちゃんの血を吸いたいのー、だってーおいしそうなんだもんー、ね、ちょっとだけ、ちょっとだけー」

「だー、待て待てええ」


 また迫ってこようとしたマリーの頭を押して、咲さんの方を見やると彼女は何か思いつめたように目を伏せていた。

 

「咲さん、どうしたの?」

「勇人くん、私もマリーと同じで人じゃないの」

「うん、それは……そうだろうなあ……」


 人間は首が取れません!

 

「私ね、デュラハンとか首なしと言われている人外なの、怖いよね……」

「い、いや。咲さんもマリーも可愛いし、確かに少し怖かったけど……今はそうでもないよ!」

「そう! ありがとう! 勇人くん!」

「い、いやあ、お礼を言われるようなことじゃあ」


 咲さんに抱きつかれて、彼女の少し大きめのムニュムニュが俺の胸に当たり……悪く無い、悪く無いですとも。

 ん、咲さんがぽーっとした顔で俺を見つめて来る。なんだなんだ……そんな目で見つめられるとドキドキしてしまうじゃないか。


「どうしたの? 咲さん」

「ん……大丈夫。わ、私はちゃんと我慢できるから……」


 な、何をしようとしたんですかー! いいですとも、構いませんとも。

 俺の思いとは裏腹に、咲さんの唇がすっと俺から離れる。

 

「咲さんもちゅーしたいんでしょー、だってえ、ゆうちゃんーとってもおいそそうなんだものー」

「さ、咲さんも血を吸うの?」

「咲さんはねー」


 言いかけたマリーを制して、咲さんは自ら口を開く。

 

「勇人くん、あのね、わ、私ね。く、首をつけてもらって、そ、その、君を吸いたくなっちゃったの」


 お、俺も君に吸いつきたいです!

 

「え、ええと、それって……」


 俺は心の内の欲望を必死で封じ込め、冷静を装い咲さんに尋ねる。

 

「え、ええと、人間の言葉で言うと……気力? MP? と言えばいいのかな」

「なるほど、それを吸われても俺は平気なんだろうか?」

「た、たぶん?」


 俺と咲さんの会話を遮って、天真爛漫なマリーがのんびりした声で割り込んできた。

 

「じゃあー、すこしだけー試してみたらいいじゃないー、わたしもー」


 この様子だと、二人ともよっぽど俺のMPやら血を吸いたくて仕方がないみたいだ。このまま我慢させておいて、我慢不可能になり思いっきり吸われたら……

 下手したら倒れるな……仕方ない。ここは。

 

「じゃ、じゃあ、少しだけな。本当に少しだけだぞ!」

「わーい、ゆうちゃんー」


 マリーは後ろから俺に抱きつくと、首筋につつつーっと舌を這わしてくる。あああ、なんだか気持ちよいい。

 ガブッと首筋に牙を立てられた感触はあるが、全く痛みを感じなかった。むしろ、マリーの甘い吐息と陶酔したようなくぐもった声が、たまらんのだが。

 すぐに、マリーの牙は外れ、彼女は「よいしょっ」と言って俺から体を離した。

 

「お、何ともないな」

「うんー、ちょっとだけーだから」


 ま、これなら、吸わせてあげてもいいかもしれない。

 お次は咲さんか。

 俺は咲さんの方へ振り向くと、彼女へ声をかけた。

 

「咲さん、どうすればいいんだろ?」

「勇人くん、キスしてくれないかな……」


 頬を赤く染めておねだりしてくる咲さん。いいの? 俺がちゅーしていいの?

 仕方ないな―(棒)、じゃあ……

 

 俺は彼女へ顔を寄せると、唇を合わせる。うああ。本当にキスしちゃったぞ。会ってその日のうちに、こんな可愛い女の子に!

 唇を離そうと思った時、咲さんは俺の首に腕を回し唇を押し付けてきた。そのまま、彼女の舌が!

 さ、咲さん、目の前にマリーという未成年がいるのに、こ、これは、マズくないですかあ。

 

 あれ、なんだか急速に俺の興奮が収まっていく……

 

「咲さん、なんだか急に頭がスッキリしてきたよ。今なら何だって出来そうだ!」

「私もとても……おいしかったよ。勇人くん、ありがとう」


 マリーも咲さんも一糸まとわぬ姿だというのに、俺は全く気にすることなく大浴場から出る。

 すぐに夕飯が食べられるというから、客室に荷物を置いてから食堂に向かうかなあ。俺はこの時までそう呑気に考えていた……

 

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