第34話 うっしー
唐突だが、お客さんがやって来た。いや、ここは温泉宿。お客さんがやって来て当然なんだけど、普段が普段だけにふらっとお客さんがやって来るとビックリする。
あ、俺、そう言えば宿を立て直す為にここに来たんだった!
今となっては咲さんの首取れ対策も、マリーの目が光る対策も問題ないから、お客さんが多数来て物理的に人手が足りないこと以外は大丈夫になっている。
先ほどふらりと訪れたのは、珍しい女性一人客だ。
女性の一人客って言われると、テレビでよくやってるサスペンス物みたいでドキドキして来る。「温泉宿殺人事件」とかありそうだよね? サスペンスで。
おっと噂をすれば先ほどの女性客だ。服装がエキセントリック!
ホルスタイン柄のパーカーに、黒の短いヒラヒラしたスカート。太ももの上ほどまである白のニットソックス。いやこれは、サイハイソックスという名前だ。俺は先週あの下着屋さんで名前を教えてもらったんだ。
赤い縁取りのメガネに長い黒髪、身長は咲さんくらいだけど、何よりパーカーの上からでも分かる、彼女のおっぱいは、
――ホルスタインだった。
そんな彼女は鼻歌を歌いながら俺のいる通路へと歩いて来る。
「ふんふんふんもー」
うわあ。濃いよ、この人! 余りに濃いと人間じゃなく魔族かと疑ってしまう。
「ごゆっくりおくつろぎ下さい」
俺は彼女に挨拶をすると、彼女も「こちらこそ」と返してくれた。どうやらこれから温泉に入るそうだ。
大丈夫。マリーの場所は把握している。決してお客さんを襲撃させないぞ。
しかし俺は彼女の風変わりさが気になり、宿泊名簿から彼女の名前を見てみる。
<飛騨うし>
と彼女の名前はやっつけ感満載のものだった......
確かに飛騨牛はここ飛騨高山の主力商品だろう。勝手に名乗って商標大丈夫か心配になって来たが、彼女は牛じゃなく、うしだならいいのか?
ただ、俺の魔族じゃないかという疑いが跳ね上がったことは確かだ。偽名という線も捨てきれないけど。
事件は夕食前に起こった......
「ふんもおおおお!」
客室からエキセントリックな叫び声が聞こえたのだ!
何事だ! 予想される事態は一つ。布団を敷いている骸骨くんが発見されたに違いない。
これは俺のミスだ。骸骨くんたちはしっかりしてるから大丈夫と油断して、彼らの位置どりを把握してなかった。
急ぎ客室まで走る俺。
俺は客室の前まで来るとノックして、扉越しに叫ぶ。
「どうされました?お客様ー!」
すぐに扉が開き、ホルスタインのような胸の飛騨うしさんが顔を出す。
「うっしー、運命の人を見つけた......」
何か電波発信してて、夢見心地の表情をしている彼女に話かけたくなかったけど、仕方ない......お客さんだからなあ。
「一体何があったんです?」
「さっき、素敵な方を見かけた......うっしーもう一度会いたい。ふんもおお!」
「落ち着いて下さいお客様。どんな方なんですか?」
「ふんふんもー。骨格がとても......」
あかんやつやこいつ! 全ておっぱいに喰われて脳みそに栄養行ってない。
呆れてきたが、悲鳴をあげた原因を探っとかないと。
「骨格ですか」
「うっしー、あんな素敵な骨格見たことない。肉も全て削ぎ落とし......ふんもおおお!」
「えっと、骨格標本見たいな」
「理科室の標本と一緒にじゃない! そんなものじゃないー。ああ、お会いしたい」
これは骸骨くんに恋い焦がれてるのか、んー、魔族かな? このおっぱい?
「ひょっとして、魔族の方ですか?」
「うっしー、魔族」
聞く方もたいがいだけど、あっさりバラしたー! 仕方ない。骸骨くんを呼ぼうか。
俺は客室を出て骸骨くんを二人とも連れて戻って来た。
骸骨くんが目に入ると、ふんもおはダッシュで彼らの元へ。どちらか区別がついてるみたいで、一方の骸骨くんに色目を使っている。
「骸骨くん、どうしよこれ?」
カタカタと肩を竦める骸骨くんだけど、会話が出来ないからどうにも進まない。
「骸骨くん、会話出来るように変身出来たりする?」
二人の骸骨くんは俺の言葉に頷くと、体から白い煙を上げ始める。
クロみたいに変身出来るのか! クソ猫と違って不用意に変身はしないんだな。黙ってカタカタするとか男らしい。
煙が晴れると、
――三国志風武将装束を纏った男女が現れた!
男の方は精悍な顔付きの筋骨隆々な武将風。女は切れ長の目の美人で、長い黒髪を蝶を模した冠で頭頂部に留め、左右に長い髪が垂れている。
二人とも俺より頭一つ背が高く、威風堂々と言った感じだ。骸骨くんは武人だったのか。
驚き目を見開く俺の前で、彼らは膝をつき俺に向かって傅(かしず)くと、男が口を開く。
「我が主人(あるじ)、それがしは羅一族の羅一。ライチとお呼び下さい」
続いて美人が、
「我が君、わらわは羅一族の羅二。ラニとお呼び下さい」
そして二人揃って、
「我ら兄妹は、主君勇人殿に忠誠を誓う者である」
どえええ、何か重たいんだけど! いつの間に俺への忠誠度が上がっていたの? 俺何かした?
「カッコイイ! うっしー感動した。ふんもおおお!」
うっしーのこと忘れてた! 彼女が目をつけたのは骸骨くんの女――ラニだ。
しかし、ラニはうっしーに冷たい目を向け一蹴する。
「この、メガネブスが! 寄るな!」
ラ、ラニ。幾ら何でもそれは酷い!
言われたうっしーはヨロヨロと数歩後退し、目に涙を浮かべる。うわあ。どうしようこれ。一応お客さんなんだけどー。
「その罵り方......カッコイイ!ふんもおおお!」
何とうっしーは感動して涙を流していたのだ! もう嫌だ、こいつ......
ま、まあいいや、うっしーは放置で。
俺は何も見なかったことにして、その場を立ち去ることにした。
「待って、待って欲しいふもお!」
うっしーが何か言ってるが無視だ。無視。
「何で人間のこの人に仕えてるの?」
骸骨くんがどうして忠誠とか言ったのか、俺にも分かる訳がないだろ!
「いいか、うしよ。勇人殿は人の身でありながら、魔界の伯爵の信頼厚く、黒の霧の目を賜ったお方。我ら死後魔族になった者が何故仕えようと思ったのか、分からぬとは言わせぬ」
ラニが大仰な仕草で、うっしーに宣言する。何だこの斜め上の勘違いは!
「ふんもおおお! それは失礼したもお! 確かに勇人さん? の目から魔力を感じるふもおお!」
「うむ。流石我が主人、魔力も使いこなすのだ」
ライチが腕を組みうっしーに応じる。
「何と! 使ってみて欲しい! ふもお!」
ふもふもうるさい奴だな。ほんと。
「我が君、見せつけてやって下さい!」
ラニが跪き、俺に懇願してくる。大したこと出来ないし、思った動きをしてくれないんだけどなあ。
「ま、まあいいか。うっしー、泣くぞ。俺の魔法見ると」
「な、泣かないからやってみて欲しい! ふもお!」
仕方ねえなあ。俺の魔力が火を噴くぜ!
目を瞑り、集中、意識を目に。
魔力を目から外へ出すイメージ。
「行くぜ! 布団よ動け!」
――うっしーはすっぽんぽんになった。
「ふんもおおお! お嫁に行けないー!」
「さすが我が主人」
「我が君!」
ははははは。だから泣くと言っただろう。俺は歓喜の視線を浴びせてくるライチとラニから逃げるように、客室を立ち去ったのであった。
俺が本気を出せば、下着なぞ残さぬわ! うはははは。
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