第33話 魔法

 一週間が経ち、ようやく元に戻ることができた。戻るまでトイレで猫耳クロにイタズラされたり、マリーに血を吸われたりしたが、猫クロが発情期になってる以外他の人の態度はいつもと変わらなかった。

 本当に俺の性別なんて彼らにとっては些細なものだったらしい。


 俺の姿がどうなろうとも、彼らの愛情は変わらないってのは嬉しくないと言ったら嘘になる。

 親父さんも含め、俺のような奴でも慕われてるんだなあと再確認できた事件であった。終わったから言える話だけどな。


 さて、ようやく戻れた俺は今自室にいるわけだが、この前咲さんに買ってもらったムフフ本でも読もうと思っている。

 この一週間、悶々とすることはもちろんあったがあれが無いのでどうしようも無かったのだ! だから、手に入れたムフフ本を読むのを我慢していたわけだ。


 ムフフ本を手に取り、さっそく開いて見るとバインバインの女の子が下着姿でオイデオイデしている。

 ほう。これは。なかなか。ムフフ。


 一旦本を置き、ティッシュ箱を手に取り、布団へ座る。

 おお。これは! けしからん、けしからんよ。


 ズボンに手を掛けた時だ。視線を感じる。上布団から光る猫の目が見えたのだ。


 何かデジャブを感じる。

 俺は無言で上布団を捲ると予想通り猫が出て来た!

 いつの間に潜んでたんだこいつはあ!


「どうしたでござるか?」


 目が泳いで誤魔化すかと思ったら、この猫動じてない。無駄な所で図太い奴だよほんと。


「入って来るなと言っただろう!」


「最初から此処に居たでござる」


「分かった、分かったから出て行くがよい」


「一人は不毛でござる。吾輩が!」


 猫のままクロが飛び掛かって来たので、手を払うと珍しく奴の顔にミラクルヒットした!

 ペシっといい音がして、奴は畳に突っ伏す。ざまあ。


「あ、そうだ。クロに聞きたいことが」


「子供欲しいです? ゆうちゃん殿となら吾輩よいですぞ」


「違うわ! 魔法だ、魔法」


「分裂して二人になりたいのです? そして、ゆうちゃん殿ー!」


「そっちから離れろ! 元に戻れー!」


 ハアハア。疲れる奴だ。俺にも魔法が使えるとか言ってたから聞こうと思ったが、もういいや。

 一応マリーの教育係なんだろこいつ。こんなんでよくやれたよな。


「魔法でござるか。吾輩でよければ教授するでござる」


「お、戻って来た。正直もういいやと思っていたぞ」


「吾輩、マリー殿にも魔法を教育したでござる。任せて」


「分かった。まず何をすればいい?」


「まず服を脱ぐでござる」


「待てこらあ!」


 俺が思わず猫クロに殴りかかろうとすると、「そういう意味じゃないでござるー」と言い訳して来た。


「俺が脱いだら、猫耳に変身していつものパターンじゃないだろうな?」


「......変身はするでござる。が、決してそのような」


「必要なら仕方ないが、服を着ろ。そこのタンスにあるだろ」


 タンスには先週俺が咲さんに買ってもらった下着を含めた服が入っている。マリーに渡そうと思っていたやつだ。

 いつもと違うなら着てみろー。


 すると意外なことに、猫耳になったクロは神妙な顔で服を手に取る。

 ブラを見つめて、固まる彼女は無言で俺の手を握り締めた。


「ゆうちゃん殿。どうしたらいいか分からないです」


 目に涙を溜めてそう言われると、俺も手伝う気持ちになってしまう。


「それは後でいいから、パンツ履け、な」


「履かせて欲しいでござる」


「甘えるんじゃねえ! ブラはともかくパンツくらい履けるようになれー!」


「分かったでござる!」


 ペタン座りをする猫耳クロはパンツを手に取り真剣な顔だ。が、その座り方だと、いけない部分が見えるだけで履けないって。わざとか? わざと俺に見せてんのか? 興奮しそうになった自分が憎い。

 猫耳クロを三角座りさせて、足からパンツを通すように指示を出す。


「履けたでござる!」


「よおし、いいぞー。じゃあ、こっち来い」


 俺は先日学んだブラのつけかたを如何なく発揮し、猫耳クロは無事ブラジャーを装着出来た。俺の時と同じく寄せて上げるモノはない。


「ゆうちゃん殿! おっぱいが出来たでござる!」


 鏡を見ながら猫耳クロが興奮しているのは、手に取るように分かる。

 そうだろう、そうだろう。パットは凄いんだ。


「満足してるなら、猫耳なるときは下着つけろよ」


「人間の技術力侮れないです」


 うんうんと拳を握り瞠目している猫耳クロの頭を撫でてやる。ちゃんと下着つけろよ。


「魔法はじめるでござるか?」


「ま、まあ裸じゃないからいいか。とでも言うと思ったかー!クロ、ズボンが難しいならこの前のワンピース着ろ」


「分かったでござる」


 やっとワンピース姿になった猫耳クロは、畳の上にペタン座りして、俺はあぐらをかいて彼女と向かい合わせに座る。


「先ずは目を閉じるでござる」


 言われた通りに目を閉じ、猫耳クロの言葉を待つ。


「咲殿の目から魔力が出ているので感じ取るでござる」


 咲さんの目に集中する。

 集中する。

 集中するううう!


 何も分からんわ!


「クロ、分からん」


「魔力を感じた事がないです?」


「ああ、唯の人間だからな」


「今、吾輩の魔力分かります?」


 猫耳クロをじーっと見つめるが、全く何も感じ取れない。さらにじーっと見ると、猫耳クロの顔が赤くなって来た。

 まだ足らないか。じーっと......


 猫耳クロが飛び込んで来たー! そのまま押し倒されてチューされる。

 まずい! また発情モードかよ。しきい値低すぎだろこいつ。

 うわあ。舌がー!


 やっと猫耳クロが俺から離れると、おや、彼女の周囲に薄いオーラのようなものが見える。これが魔力か?


「見えたです? 魔力?」


 口元のヨダレを拭いながら、猫耳クロが聞いてくる。


「お、おお。見える」


「魔力はゆうちゃん殿の目にも同じようにあるでござる。意識してみるです」


「おう」


 目を閉じ、咲さんの目に意識を集中するとグルグル畝るオーラのようなものが感じ取れた。


「魔力、感じました?」


「うん、何となくわかった!」


「魔法は、その魔力を外に出すイメージで」


「目からビームみたいなもんだな」


「言い方にセンスが無さすぎて、吾輩どう言えばいいか」


「......まあいい。クロがやってたみたいに何か叫べばいいのか?」


「イメージを強くするために、呪文を唱えるのです。ちゃんとイメージできるなら呪文は必要ないゆえ」


「イメージかあ」


 よし、やってみよう。床に置いてある布団を動かすイメージだ。


 行くぜ!


「動け布団!」


「酷い呪文でござる......」


 何故かげんなりしている猫耳クロはほっておいて、俺は目から怪光線を出すイメージで、布団に向けてオーラを飛ばす。


 すると、布団が......


――動かねえ。


「ちょっと、ゆうちゃん殿。服を着せたのはこういうことでござるか?」


 ん? 何か言ってる猫耳クロに目をやると、


――ワンピースが下から思いっきり捲れてた!


えーー! 布団じゃなく、クロのスカート捲りとかどうなってんだ?


「いや、この布団をだな」


「スカートめくって、布団でござるか! 新鮮で興奮するでござるうう!」


「待て! 違う! 布団を動かそうとしただけだ!」


 迫ってくる猫耳クロの頭を手で押して、抵抗しながら俺は今やろうとしたことを説明した。


「前途多難でござるね。練習あるのみです」


「うーん、仕方ないなあ」


 腕を組み、考え込む俺。


「勇人くん、ご飯よ」


 咲さんがご飯を告げに部屋にやって来た。


「どうしたの? 二人で難しい顔して」


「魔法の練習してたんだよ。咲さんの目の魔力使って」


「私を使って......勇人くん、情熱的!」


 こらあかん! 咲さんまで変になってしまった。


「ね、やってみて!」


「んじゃ、もう一回。やってみるよ」


 目からビームが出るように、オーラを布団に飛ばす!


「動け布団!」


「ゆ、勇人くん。こういうのは二人きりのときに、ね」


 咲さんの声。彼女を見ると、


――服が全部脱げてたー!


「ご、こめんなさいー! そんなつもりでは」


 俺は下着姿の咲さんに平謝りするのだった。

 魔法って難しい!

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