第17話 4280円

 銃を持った覆面の男が俺たちを威嚇しているが、店員さんは俺の趣味にあきれかえったままで、マリーははやくムフフな本を俺と見たいとはしゃいでいる。

 あれ? ここは「キャー」とか言って怖がる場面ですよね。店員さん。


「聞いてるのか。お前ら!」


 ほらー。今にも発砲しそうですよこの男。店員さん! 俺へ蔑みの目線を送ってる場合じゃないですって。


「あ、お客様、ここで私たち撃たれたら、この本どうなるんでしょう?」


 ボソっと店員さんがのたまった。いや、本より銃ですよ? 銃見えないんですか? 


「本とかどうでもいいんだよ! この銃が見えねえのか!」


 頑張れ! 拳銃を所持した男。俺は必死で応援したが、店員さんの言葉が俺の心を抉りに来る。


「だって、このお客さん、制服モノの本大量に女子高生に買わせて、一緒に見るとか」


 うああああ。事実と違うが、客観的に見たらそうなるんだー! もうやめて。やめてくれよお。


「うるせえ! そいつの趣味なんぞ知ったこっちゃねえ!」


「余計なお世話だー!」


 思わず俺は男の元へダッシュし、アッパーカットを決めてしまった。あ、救世主拳銃の男が。


「あ、ゆうちゃん、この人が武装した男ってのじゃない?」


 マリーがポンと手を叩き納得している。


「警察呼んでください。店員さん」


 俺の願いに店員さんは、


「どっちを通報するんですか?」


 待てい! どっちって俺も入ってんのかよ!


「拳銃の男に決まってるじゃないですか!」


「そうですか。あ、4280円になります」


「わ、わかった、買うから、買うからもう許して......」


 結局4280円の出費をした俺は、完全な言いがかりのムフフな趣味が暴露するのを恐れ、逃げるようにコンビニを後にしたのだった。

 作戦は失敗だ。ちくしょう。


「よかったね。ゆうちゃん。本が買えて」


 マリー。まだ俺を抉って来るのか。俺は精神力が完全に無くなった状態で帰路につく。事故無く宿まで到着できたのは奇跡だ。



◇◇◇◇◇



 親父さんに失敗の報告を行い、自室で突っ伏していた俺をマリーが訪ねて来た。


「ゆうちゃんー、テレビつけて」


 マリーに言われるがままにテレビをつけると、緊急速報がやっていた......見たくないが確認しておかねば。


<さきほど、武装した男が市内のコンビニで逮捕されました。コンビニの店員によりますと、客の男性が男を気絶させて店を立ち去ったということです。では、店員への取材です>


<えと、犯人を気絶させてくれたのは、制服モノが大好きな若い男性でした。一緒に高校生くらいの女性を連れていました。4280円です。今頃本を楽しんでいると思います>


 待て! なんだこの悪意満載の取材は!

 あんまりな内容に、俺の気が遠くなっていった......



◇◇◇◇◇



「ゆうちゃん、起きて、起きてー」


 気が付くとマリーに揺さぶられていた。もうどうにでもしてくれ......


「ゆうちゃん、お客さんが来たんだよ! 女性客二人!」


「なんだって!」


 久しぶりの宿泊客に俺のテンションは一気に沸騰する。制服モノがなんだ。大丈夫だ。顔がテレビに映ったわけではない。あの女性店員以外俺たちの顔を知ってる人なんていないじゃないか。

 落ち着いて考えたらなんてことはない。それよりお客さんだ!


「行くぞ、マリー。出迎えよう」


 急ぎマリーを連れて宿のロビーまで移動すると、咲さんが宿泊の手続きをしているところだった。

 俺が来たのに気が付いた女性客のうち一人は、笑顔で俺に手を振る。


「やっほー」


 こ、こいつは! 忘れもしないあのコンビニの店員! 何だ。何しにやって来たんだ!


「い、いらっしゃいませ」


 何とか気持ちを抑えて、俺は応じる。


「やっぱり、この宿の人だったんですね」


「ご宿泊ありがとうございます」


「もうもう、軽トラックに宿の名前書いてあったからすぐ分かったんですよ」


「お部屋へご案内いたします」


「制服モノ」


「......」


「あ、女子高生も発見!」


 マリーを指さしのたまうコンビニ店員! やめてくれ、咲さんもいるのに。


「あー。コンビニのお姉さんだ。ご宿泊ですかー?」


 マリー、相手するのやめてくれ。ここは努めて事務的に行こうじゃないか。


「ええ。宿泊ですよー。拳銃をもった男から救ってもらいましたし、どんな宿なのか泊まってみようと思いまして」


 一応、助かったという気持ちはあったんだ。この人。あの時は、あの犯人に我慢ならずにアッパーカットなんてしてしまったけど。

 まあ、そう思ってくれてるなら悪い気はしないさ。結果的に宿泊客は誘致できたからこれで良しなのかな。ま、まあ良しとさせてくれ......


「では、お部屋にご案内します」


 俺はコンビニ店員と連れの人を部屋まで案内する。遠目で不思議そうな顔をしていた咲さんが確認できた。後で何か聞かれるかなあこれは。

 結局この時以外、コンビニ店員にいじられることもなく、翌日彼女たちは割に満足して帰っていただけたようだった。

 俺と言えば、夜中マリーに血を吸われたくらいで何事もなく接客することができた。


 問題はその日の夜に起こる。



◇◇◇◇◇



 無事お客さんを帰した安心感から俺は、ビールを飲んで早めに就寝したんだ。しかし、冷たさと重たさで目が覚めた。

 咲さんにもらった目のお陰でハッキリと俺の目には、至近距離に迫った二人の顔が見える。


「咲さん、マリー。一体何を?」


 掛け布団をガバッと剥ぐと二人の姿があらわになる。咲さんはブレザーの制服。マリーはセーラ服を着ていた。マリーは俺に乗っかっていたから俺が起き上がった勢いで倒れて、まともにパンツが見えていない。パンツはいていない。

 下着ははけよ!


「あ、ゆうちゃん」


 そのままの恰好で口だけ開くマリー。だから、足閉じろって。


「勇人くん、マリーから勇人くんがこの恰好が好きだってきいて」


 布団の上でペタン座りをした咲さんが、俺の顔色を窺うように聞いてきた。


「マリー! 咲さんに何いったんだよ!」


「ゆうちゃんが好きな本を見せてあげただけだよー」


 最悪のことをしてる! そして咲さんは勘違いしている!


「分かった。とりあえず、その本は全て没収だ。4280円分全て没収だ!」


「えええ。見るの?」


「......ああ」


 あ、しまった。ここは嘘でも見ないと答えるべきだった。気が付いたときに咲さんを見ると、彼女は笑顔で、


「やっぱり、勇人くん、こんな服が好きなんだね!」


 あちゃー。誤解解くの大変だぞこれは。


「あ、それで。こういうのが好きなんだよね」


 顔を赤らめて、咲さんはペタン座りしたまま、スカートの裾をたくし上げる......見えそう。いや違う! 待て俺!


「違います! 咲さん。スカートめくらないでください!」


「え、ゆうちゃん。あの本の写真のようなのが好きなんだよね。はいてなかったよ」


「待て! マリー! もういいから! その話はもういいからー!」


 ひらひらとスカートを捲るマリー。だから下着履けって!

 何なんだよ。この酷い流れは。コンビニから始まる悪夢。いつ悪夢は覚めるんでしょうか? 誰か教えてください。


 俺は全部見なかったことにして、掛け布団をかぶり寝ることにした。


※これはひどい。かつてないひどさ。

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