第16話 酷い仕打ち
咲さんはクロを殺意ある目で睨んだ後、お仕事があるみたいで出ていった。
クロ? クロはまだガクガク震えているけど、まあ仕方ないだろこれは。
俺もお預けされたわけだし。しかしよく考えてみると、俺が思うムフフな展開と咲さんが考えてることはズレがあるはず。もしムフフが捕食だったら......
いや、さすがにそれはないだろう。ないよな。いや、不安になって来た。
「クロ」
「何でござるか? 拙者忍びたいでござる」
あかん、恐怖で口調までおかしくなってる。こら暫くダメだわ。
クロに聞くのを諦めた俺は、まあいいかと一度思ったが、気になりだすとおさまらなくなってきて悶々としてくる。
誰に聞こうか?
マリー? んー、彼女は子供っぽいし聞いてもなあ。正直聞くと襲ってきそうだからダメだ。
そんな訳で親父さんのいる厨房にやって来た!
親父さんはいつもの競馬新聞を読んでいた。この姿しか見てないけど、一応仕事してるんだよな。たぶん。今日も見事にオールバックが決まっていて渋い。
「ん? 求愛かね。勇人君もお年頃かね」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる親父さん。
「人間のことなら分かるんですけど、吸血鬼とか不死者のことはよく分からないんですよ」
「ほうほう、お、勇人君。うちのマリーが気に入ったのかね? てっきり咲さんだと思っておったんだが」
勝手に勘違いし始めたー! このバカ親父が!
「い、いえ。マリーとか咲さんとどうこうじゃなくてですね」
「まあまあ照れずともよいではないか。両手に花でもいいではないか」
ダンディさが台無しだぞ。親父さん。ただの親父になってる。
「吸血鬼は人間か同じ吸血鬼と一緒になることが殆どだな。かく言う私も妻も人間だ」
「親父さんの奥さんはどこに?」
「つ、妻は最後まで人間でいたいと! うっ!」
親父さんは奥さんのことを思い出したのか滂沱の涙を流し始めた。これはいかん。触れてはいけないところに触れちゃったようだ。
「あ、親父さん、そろそろ競馬始まるんじゃないですか?」
俺は備え付けられたテレビのスイッチを入れる。
<緊急速報。武装した男が逃走しております。警察が行方を追っております>
テレビでは競馬中継が中止され、男の写真と共に緊急速報が流されていた。
逃走した場所は、運の悪いことにここから近い。
「これだ! これだよ! 勇人君。この武装した男ってのを捕まえようじゃないか」
突然復活した親父さんが、俺の肩を掴んでガクンガクン揺らしながら興奮している。
「いや、捕まえるのは警察ですし」
「違うぞ! 勇人君! 私達がこやつを捕まえるだろ、そしてテレビに出る。犯人を捕まえた温泉宿。流行る!」
何だってー! いや待て無茶苦茶だって!
そもそも何処にいるかも分からないのにどうやって捜すんだよ!
落ち着け親父さん。
「いや、犯人が何処にいるかも分かりませんよね。どうするんです?」
「ははは。そんなことかね。犯人の顔はもう覚えた」
「いや、そらテレビに映ってましたからね」
「だから補足可能なのだよ。勇人君」
話が噛み合わないんだけど、顔は分かっても何処に居るか分からないから、警察が頑張って捜査してるんですよ。
「ふむ。見つかった。指示を出すから携帯を持って行きたまえ」
「え? 俺が行くんすか? って見つけたの?」
「もちろんだとも。顔が分かれば容易い」
「でも武装してるんですよね」
「たかが拳銃だよ。マリーも連れて行くといい」
たかが拳銃って。ああ、ダンジョンご出身でしたね。二階でもう拳銃さえ通用しないという。えーと、深層部でしたっけ。
こうなるとむしろこっちの異常性がバレないようにしなければ。だからマリーなのか? 咲さんの首取れたらシャレにならんものね。
「えー、行くのやっぱり俺なんですよね」
「うむ。勇人君が行かねば事が終わった後困るだろう?」
「あ、ああ。確かにそうですね」
犯人捕獲後、警察への対応とかこの人たちじゃ無理だ! 身元も怪しいし......
そんな訳で親父さんの無茶振りに、またしても振り回されることになった。
◇◇◇◇◇
マリーを連れて軽トラックに乗ったまでは良かったが、困ったことを思い出した。いや、俺の安全にはいいんだけど、咲さんの目だ。
万が一、銃で撃たれたとしよう。黒い膜に銃弾ははじかれるだろう。銃弾に当たって怪我するよりはマシだけど、見られるとマズイよな。
「ダンジョンの何かですー」って言っても良いけど、どのアイテムが銃弾をはじいたのと聞かれて、「目です」は言えない。
しかし、今更どうもこうも出来ない。ええい。為せば成るだ。
「ゆうちゃんーどうしたのー?」
マリーが不思議そうに聞いてくる。
何をするのか分かってるのか? いやたぶん余り分かってないだろうなー。
「いや、犯人は銃を持ってるんだが当たるとマズイなと」
「んー、当たってもへーきへーき」
「いや、平気なのがマズイんだよ! 人間は銃弾に当たると怪我するんだよ」
「あー、そういうことかー。ならなら撃つ前に始末しよー」
「始末も考えてやらないとダメだ。人間並みの動きでやらんといけない」
「えー、面倒だね」
「そう、面倒なんだよ」
行き当たりバッタリで行くしかないのが辛いところだよ。親父さんの思いつきで始まったことだし、お買い物感覚なんだろうなあ。
◇◇◇◇◇
えー、親父さんの案内で今市内のコンビニに来ております。軽トラック? 広い広いコンビニの駐車場に停めておりますよ。
親父さん曰く、犯人はここに来るそうだ。漫画でも立ち読みして待つことにしよう。
「ねー、ゆうちゃんはどの娘が好きー?」
そう言ってマリーが見せて来たのは未成年禁止のコーナーの雑誌。なんか全員高校の制服ぽい服を着ているが、高校生ではないムフフな雑誌だよ。
こんなところで堂々と見せられても困るんだけど!
「マリー、その雑誌はいかん!」
「えー、ゆうちゃんこういうの好きなんじゃないの?」
「いや、嫌いじゃないけど。そういう話をしてんじゃない! みんなの目があるところで見るものじゃないんだ」
「ふーん、コッソリ見るの?」
「......そうだな」
何言わせんだこいつは。真面目に答える俺も俺だよ。
で、犯人はいつ来るんだ?
「ゆうちゃんー、だったらレジ行こー」
俺の制止も聞かず、マリーはムフフ雑誌をいくつか手に取りレジに向かう。
レジでは若い女性店員がマリーに困った顔で、
「その雑誌は未成年のお客様には購入出来ません」
マリーの見た目は高校生くらいには見えそうだけど、身分証はたぶんないだろ。
「ううん、これはわたしのじゃなくて、ゆうちゃんにー」
こらー! 店員さん見てる! こっち見てるって!
マリーに引っ張られてレジにやって来る俺。店員さんの目が痛い。何で俺がこんな仕打ちを。
「一緒に見ようね!ゆうちゃんの好きなの教えてー。ゆうちゃん裸やだなんでしょー」
ぐおおお! そのセリフは色々やばい!
裸が嫌なんじゃなくて、服を着ろって言っただけだ!
店員さんがゴミを見るように俺を見てるじゃねえか!
しかし、たまたまなのかわざとなのか、制服物ばっかじゃないか! そして、隣にいるマリー。俺の趣味がそういうことって、この店員さんに思われてるぞ。
「4280円になります」
高え! 地味に高え!
俺が憤りながら、財布に手を伸ばした時だ。
「お前ら手をあげろ!」
なんかきた。
でもある意味この死にそうに恥ずかしい状況を打破出来るか。
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