第15話 吸血鬼

「クロ、マリーたちってみんな不死者なんだよな? 子孫どうやって残せるのだろ?」


 疑問だったんだよなあ。だって、不死者ってことは人間と違って成長もしないし、心臓? が動いていないゾンビのようなイメージだ。俺の本で読んだ知識だと吸血鬼は少し特殊で、吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になるってことだ。

 親父さんの娘のマリーもそんな感じなんだろうか?


「種族によっていろいろありますゆえ、一概には言えませぬ」


「じゃあ、吸血鬼の場合はどうなの?」


「一つは血を吸うこと。これは人間じゃなくてもよいのですが、血の吸い方は三種類あるのですぞ」


「ほうほう」


「一つはただ吸うだけです。ゆうちゃん殿はもう何度か吸われてると聞いてますぞ。とてもとても美味だとか」


「そ、そうか......」


「次は眷属にすることですぞ。吸った者の言いなりになるのです」


「ふむふむ。吸血鬼化するの?」


 ドラマとか吸血鬼ものは血を吸われた人間は吸血鬼になって、言いなりになるってものだ。


「ん、少し違いますが、その認識でまずはよいと思いますぞ」


 まあ、俺も細かいことまで知っておく必要はないかなと思う。もし必要ならまたクロに聞けばいいか。


「最後は伴侶とする場合ですぞ。血を吸うだけでなく、自らのエネルギーを対象に送り込むのです」


「ほうほう」


「その場合、対象は吸血鬼となり、伴侶に限り一度だけ子孫を残すことができるのですぞ」


「おおお。子孫だけ残すってのもできるの?」


「吾輩はやり方を知りませぬゆえ、詳しくは言えませぬが可能のようですぞ。伯爵様の元奥様は人間ゆえ」


「ほほう」


 なんだかとってもややこしいが、決めるのは吸血鬼側ってことか。朝起きたら吸血鬼になってましたーとかしゃれにならんなあ。


「じゃあ、咲さんはどうなの?」


「咲さん?」


「この宿に住んでる首が取れる人だよ」


「黒い霧の?」


「うん」


「ひえええええ。咲様! 吾輩が語るなぞ恐れ多い!」


 えええ、何、何なの? 咲さんって超お偉いさんなの? チューされたんだけど俺大丈夫だよな。 「咲さまをよくも!」とかって刺されたりしないよな。


「え、そんなお偉いさんなの?」


「黒い霧の一族は魔族の公爵ですぞ。八十億の魔族のうち、公爵家はたった三家」


「うはああ。何でそんなお偉いさんが地上に来てるんだよー」


「婿探しかと」


「事情は分からないけど、人間の婿が必要なのか?」


「恐らく、魔族でもいいかどうかは分かりませぬゆえ」


「じ、実はさ、咲さんから貰ったモノがあるんだけど、聞いてくれる?」


「な、なにをもらったのです?」


 俺は大きく息を吸い込み、吐く。三度繰り返してから、水を一口。もったいぶられたクロはソワソワしている。


「いいか、驚かずに聞いてくれよ。覚悟はいいか?」


「は、はい」


「この目だ。俺の右目、咲さんにもらったモノなんだ」


「ぎえええええええ!!」


 叫ぶな! って言っただろう! 誰か来たら嫌だから。言ったのに!


「ど、どうなの? 咲さんの目って?」


「と、とんでもないモノですぞ。黒き霧の瞳......黒き霧の一族が生涯ただ一人守りたいと思った者のみに与えることもあるという」


「お、重いよそれ!」


「目は二つですぞ!」


「そ、そうだよな。目は二つだから、一生のうち一度だよな。二つ渡しちゃうと見えないし」


「そ、それだけじゃないですぞ。黒き霧の一族は強大な力を保持しておりますゆえ、その一部でも自分の力になるのですぞ」


「お、俺、別に力は要らないかなあとか」


「なんと! 価値を知らずに受け取ったのでありますか?」


「い、いや。突然咲さんが」


「咲様自ら......何も言わずに......」


 クロにとってあまりにも衝撃的な事実だったらしく、気を失ってしまった。咲さんの目......俺が持ってていいものだろうか。怖くなってきたが、俺の目は戻せないというし、どうしたものかな。

 マリーと咲さんの目的の一つに婿探しがあるんだろうか。クロから聞いた情報だと、それが目的でもおかしくない。でも、わざわざ脆弱な人間を婿にする必要ってあるのかな?

 ダンジョン深層には魔族という知性のあるモンスターが人間の数くらいいるんだろう? なら、わざわざ人間ってのが理解できん。



「勇人くん、どうしたの。また叫び声あげて」


 考え事をしていると、叫び声を聞きつけた咲さんが部屋にやってきた。だから誰か来るって言ったじゃないか。クロ......


「あ、ああ咲さん。そこで伸びてる猫が叫んだんだよ」


 俺は情けなく仰向けにひっくりかえっていたクロを指さす。


「ん、あ、この猫。ケットシーね」


 また聞きなれない言葉が、しゃべるダンジョン猫はケットシー?


「ケットシー?」


「うん。ダンジョン深層にいる博識なモンスターよ」


「博識なの? こいつが」


 俺はあらためて、伸びてる猫を見るがあの姿から博識とか想像できないぞ。確かにしゃべり方はなんか、賢そうな気がした。


「ええ、長く生きてればね。ケットシーは知的好奇心が旺盛なの」


「なるほどね。この猫、ああ、クロというんだけど、マリーの教育係だったんだってさ」


「ふうん、マリーはここに来るとき連れてこなかったから、もう役目は終わってるんじゃない?」


「そうみたいだけど、何やら俺の護衛? にと思ったらしい」


「ああ、多少の護衛にはなるわよ。ケットシー」


「でも、俺はさ」


 ここで咲さんを見つめ、右目に指を置く。それだけで察してくれた咲さんは、笑顔で俺を抱きしめてくる。


「私があるから平気って言いたいんだよね。嬉しい」


 待って、「私の目」であって「私」ではないんだけど。


「でも、咲さんはいいの? この目生涯に一度しか渡せないって聞いたけど、俺から取り外せばまた使える?」


「できないよ。勇人くんが死んでも、元には戻せないの」


「ええ、いいのかよ?」


「いいの。勇人くんだから」


 咲さんが俺の胸に顔をスリスリしていたかと思うと、つま先立ちして顔が俺の顔に迫ってくる。何でこんな俺に目を渡してそんな笑顔で、いやもう目がトロンとしてきている。

 俺に目まで渡してくれても、俺が咲さんに出来ることって何があるんだろう。


「ねえ、勇人くん」


 気が付けばもう、唇が触れそうな距離まで咲さんの顔が! 咲さんは何故か俺によく迫って来るけど、これは人間と同じ気持ちで迫って来てるんだろうか。さっきから冷たいけど、柔らかい咲さんの感触が感じられて、俺の理性が飛びそうなんだけど。

 で、でもこういうことは両者の同意が必要なんだって! って、咲さん!


 咲さんの唇がそっと俺に重ねられ、離れた。咲さんの顔はまだ唇が触れそうな距離、潤んだ瞳に、背中に回された手。


「さ、咲さんこういうことは」


「いいの。勇人くん」


 たぶん咲さんの「いいの」ってのは俺の思ってることと違う気がするが、もう我慢しなくていいよね? 俺。

 俺は咲さんへ軽く口づけし、彼女を強く抱きしめる......


「ぎえええええ! 咲様!」


 あ、猫が起きた。

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