第14話 クロ

 残された黒猫。じっと俺を見つめている......か、可愛いんだけど。マリーのところへ行く前に少しくらい遊んでもいいよな?

 ちょうどボールペンがあったので、黒猫の目に映るようにボールペンを左右に振ってみる。よおし、追いかけて来い。

 しかし、黒猫はボールペンに見向きもしなかった......うーん。もうちょっと頑張ってみたけど、猫はあくびを一つ。体をぐるりと巻いて寝そべり、興味なさそうにしている。


 ぐうう。気まぐれちゃんめ。

 仕方ないので、抱き上げてマリーのところに行くことにした。可愛げのない猫だなあ。



「マリー、骸骨くんから預かったんだけど。この猫」


 俺は抱いた黒猫をマリーに見せると、マリーはぷんぷんお怒りモードのようだ。


「ちょっと、シュレッティンガー! どこいってたのー」


「名前が長い、マリー。何とかしてくれ」


 シュレッティンガーの猫かよ。たぶん関係ないんだろうけど。シュレッティンガーの猫とは、猫を箱の中に入れて毒ガスが出るスイッチを作る。

 スイッチが押されるか押されないかはランダムとすると、猫が生きてるか死んでるかの確率はそれぞれ五割になる。俺たちは生きてることと死んでることは認識できるが、「重なり合った状態」を認識することができない。

 詳しく知らないけど、要は科学的な検証をした結果は、結果として認識できるが、このような「重なり合った状態」は分からないってことだ。恐らく認識が少し違っているが、特に問題ないからこれ以上追及はやめておく。


「んー。ゆうちゃんが好きに名前つけていいよー」


「ん。そうか、んじゃ黒猫だからクロな」


「あはは、単純ー」


「待てい、吾輩をなんだと心得る? 我こそはシュレッティンガー・フォン・クロイツェル。深部に住む偉大なる者ぞ」


 ね、猫がしゃべったー! 何だよ、やっぱ普通の猫じゃなかったんだ。骸骨くんが持ってきたから怪しいとは思ってたんだよなあ。


「あ、しゃべる猫はいらないかな」


「んー。返却してこようかー。すぐ居なくなるし探すの大変」


「ちょ、待て、待てい! く、クロで良いから、な?」


 クロが必死だけど、これ飼うの?


「マリー。この猫は何処から持って来たんだ?」


「ん。ゆうちゃんの護衛にと思って、ダンジョンから連れてきたんだけど。ゆうちゃんには咲さんの目があるし、もういらないかなあ」


「ミカン箱に入れて戻してきなさい」


 俺の言葉に焦るクロ。急にゴロゴロ言い始めた。いや、さっきしゃべってたじゃない。今更だよなあ。

 俺とマリーは冷たい目でクロを見ると、クロは自分の身の上を語り始めた。


 クロはダンジョン深部に住む伯爵に仕えていたんだけど、伯爵がある日娘を連れて地上に向かったため、屋敷に残されたそうだ。

 屋敷にはメイドや伯爵の親が住んでいたが、クロは伯爵について行きたかったそうだ。

 で、地上に出てきたらマリーにすぐ発見されこの旅館に連れてこられたそうだ。


「疑問点がいくつかある。一つ、そんな簡単にダンジョンから出れるの?」


「うんー。簡単だよー。ゆうちゃんもエレベーター乗ったでしょ。あれに乗ればすぐだよ」


 クロの代わりにマリーが俺の質問に答えてくれた。なるほど、エレベーターに乗ればすぐなのか。もし深部に帰還する時は楽々戻れるんだな。


「いや、マリー。咲さんに聞いたんだけど、ダンジョン入口まで来れたとして、普通は外に出れないんだろ?」


 そう、人間への敵意があれば外に出れないと咲さんが言っていた。


「吾輩は、人間へ敵意を持ってはおらぬゆえ。出ることは問題ない」


 仰々しい口調でクロが俺へ教えてくれる。こいつもマリーたちと同じで、人間への敵意が無いのか。

 まあ、そうじゃないと外に出て来れないって話だけど、こんなポンポン外にでる魔族がいるんだったら、地上は魔族で溢れてないか?


「なるほど。事情は分かった」


「おお、分かってくれたか」


 嬉しそうにクロはゴロゴロ喉を鳴らす。


「その旦那様か伯爵様かは知らんけど、ここにいるのか?」


「居ますとも。ここに居ますとも! お嬢様もここに」


 クロが見つめた先にはマリー。ほう。マリーが伯爵様のお嬢様か。なら、親父さんが伯爵様!

確かにダンディだけど、あれはなあ。


「マリー。こう言ってるけどどうするの?」


「クロは特に必要ないんだよなあ。何か役に立つの?」


「いや、俺に言われても困るって!」


「吾輩、ここに居たいのである。ゆうちゃん殿何とかならんか?」


 クロがそう言うも、何かできるかなーこの猫。お、そうだ。マスコットになってもらうか。旅館のマスコット的存在黒猫! おお。いけるかもしれんぞ。


「今思いついた。クロ、君を旅館のマスコット役に任命する。お客さんが来てる間は猫の振りをしろ」


「おお、ゆうちゃん殿。ありがとうございます」


「じゃあ、俺の部屋で猫の振りの練習だ! 行くぞクロ」


 俺はクロを抱きかかえたまま、自室に帰ることにした。クロに猫の振りを練習してもらわないと、俺の欲望に適う動きをしてくれよお。

 燃えてきたー!

 後ろからマリーが近づく音がしたが、俺は振り向かずにそのまま歩き出すのだった。



◇◇◇◇◇



――数時間後

 俺はクロに向かって小さなボールを投げると、クロはそれを追って行ってボールにじゃれつく。ボールが動くと猫パンチを繰り返しさらにボールへ乗りかかるクロ。


 いいぞー。いいぞー。癒される。これが猫だ。


 俺が感動していると、クロはボールを前足で挟み込んで、二足歩行でスタスタと戻ってきた......


「ち、違うぞクロ! 猫は二足歩行しないんだ」


「そうは言われても、吾輩、猫ではありませぬゆえ」


「普段から修行しないと、一人前の猫としてデビューできないぞ!」


「そ、そうですな。が、頑張りますゆえ」


「クロ、君の気持ちは分かった。休憩にしようか」


 俺とクロは食堂まで移動すると、適当に飲み物を取り椅子に腰かけた。猫が椅子に腰かけるとかシュール過ぎるが、まあ誰も見ていないからいいか。

 できれば、皿に入れた水でも飲んでくれると可愛いんだけど。


「クロはマリーの家の飼い猫だったのか?」


「違いますぞ。吾輩はマリー殿の教育係だったのですぞ」


「お、おう」


 猫が教育係だったのか、そらマリーは全裸にもなるわ。猫服着ないし。


「ちょっと疑問なんだけど、ダンジョンから外に出て来る魔族ってほとんどいないんだよな?」


「いかにも」


「この旅館見てると、そうは思えなくてさ」


「ダンジョン深部は全てのダンジョンが繋がっているのですぞ。そこには地上の人間と同じくらいの数の魔族が住んでいるのです」


「すんごい数だな」


「その中でも、地上まで出てくるのは一パーセント以下」


「それでも、それなりの数は地上に出てくるんだよなあ。目的って何なの?」


「伯爵様とマリー殿は人間と触れ合いたいのが一番かと思われるのだが、マリー殿の場合婿探しもあるのでしょうなあ」


 婿探しだって! また新事実発覚! しかし何でわざわざ地上にまで来て婿探しするんだろう。クロに聞いてみるか。

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